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    maboyoshino

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    maboyoshino

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    アルゲラとアブゲラ
    まほケットの話2

    ウィザーディングワールドが俺にもっと輝けと囁いている ダームストラングを炎上させて、ここに来た。ほとほと疲れてしまったのだ。アンチと信奉者の煽り合いが、相討ち寸前になるのを結局己の手で止めて、さらば、わかるならば追ってみろと三つの秘宝の印を壁に刻み付けてきた。
     煽りアングルで杖を構えながらお願いしますと乞われてポーズをとれば、跪いて靴の先にキスしてきた教師も、執拗にトレパク疑惑をぶつけてくる生徒も、あれが理解できるとは思わない。
     大おばのいる英国の鄙びた谷間に足を踏み入れた時、かすかに棘を感じた。けれどすぐに風の通る静けさにすがすがしさを感じた。でも退屈だ。ここは魔法族の電波が入らないから、今期追っていたアニメも観られない。蔵書は豊富なのが救いだ。バチルダは長年歴史ジャンルでまほケットに参加している。歴史資料の質は図書館並だ。
     そこから探しているものの手がかりを調べるべく、読み込んでいる。そこにはマグルの本もあった。
    マグルの本、特に人知の及ばぬ偉業の伝説や神話には常に魔法族の影がある。記憶を消した残滓はこのように魔法を使えない者たちの意識の上に現れるのだ。時折、それがなんの魔法道具によって起こされたものか、魔法族の誰が起こしたものかを探るのも面白い。揺れる波間からたまに除く浮きのように、記述には手がかりが閃いている。
     読み進めていた本の続きが無く、本棚にその隙間が空いているのに気づいた時、大おばの家に訪問者があった。
     アルバスだった。
     借りていたその本と共に、通されて、書庫にやって来た。
     その時から、退屈は革表紙に挟んで、書棚に押し込んだ。きっと今ごろ干からびている。
     写実的な描写を得意とするアルバスは、理知的で隙がない作風だったが、独特なユーモアもある。
    「こういう服を着て、私が指定するポーズをとってほしい」
     いつも指定は細かかった。だが俺もコスプレの経験は一通りある男だ。ウィザーディング・ワールドが俺にもっと輝けと囁いているので、アルバスの期待に応えてポーズモデルになってやるのも最初はやぶさかではなかった。コスチューム・プレイは変身術も含んでいるので、アルバスも俺もその分野の腕は短期間でめきめきと上がった。
    「あぁ、ゲラート、世界一かわいいよ❤」

     うれしそうなアルバスを見ると、もっとその声に応えたくなってしまう。求められてる。強く感じて、いつもだったら、他の誰にも、なにも自分をやりたくなんてなかったのに、アルバス。アルバスにだけは。どうしてだろう。
     ずっと話を聞いていても飽きない。少しだけアルバスの方が年上だ。あまりそうは思えないが、眼鏡を外すと童顔だ。そのわりに描写は堅実でありながらハードだった。
     なんでも持っているとおもっていた。でも、持っていないものがあったのだ。アルバス。自分にないものをアルバスは持っている。
     ふたりならばきっと変えることができる。なにもかもを。流行ジャンルを。覇権、王道、魔法族のおたくは隠れなけれないけない、そんな不条理なこの世界ルールさえも。


     一緒にまほケットに出よう、と会って一日で誘った。
     ぱっとアルバスは顔を輝かせたのに、すぐに、だめなんだ、と力なく笑った。
    どうして?と聞いた。つい問い詰めるように言ってしまったかもしれない。らしくもなく焦れてしまっていた。
    「ここから出られない。この谷から」
    「どうして」
    「ごめん、言えない」
     俺たちの間に秘密だなんて、と出会って一日目だったが憤慨した。魔法族のおたくは気が合えば秒で親友なのだ。マグルのおたくがどうかは知らない。つい必死になった。
    「なんでもするから教えろよ」
    「家族の世話があるから。ところでなんでもするって、ポーズモデルしてもらっていいよね」
    「そんなことくらいわけない。なあ、家族の世話って一緒に連れていけばいいじゃないか。そうだ!妹もコスプレすればいい!かわいい服作ったらきっとご機嫌だ」
    「アリアナは、極度の脅え症で人前に出られない」
    「よし、ならば着ぐるみだ。絶対気に入る。その気にさせるから紹介してくれ」
    「……君のそういうところ好きだよ」
     アルバスの微笑は寂しかった。眩しいものを見るように目を細めて、それから、うなだれる。諦めることを覚えてしまった人間特有の鈍く息を吐く音。似合わない、と思った。アルバスの才気に、似つかわしくない。
     それは急にせりあがってきて、涙腺をたまらなくさせた。その鉛でできた鈍色の錘を解いてやりたい。アルバスと一緒にまほケットに出たい。アルバスを助けてやることになるはずだ。
     手を伸ばしてアルバスの肩を抱いた。ぎゅっと強く抱きしめて、背中を叩いたあとで、腕の中のアルバスと向き直る。
     どうしたの、泣いて。とアルバスの指が頬の上を撫でる。泣き顔も綺麗だね、君のこと描きたいな。というから、描けよ、合作しようと言ったら、それは素敵だ、と返事が来たので、ほっとした。
    「さっきの話の続きだけど、まずはポーズモデルしてほしいな。君に着てもらいたい今期のアニメ、一目見た時から選んでるけど追いつかない。全部行こうね」
    「え」
    「ね、家においでよ」
    「急に妹と会っても大丈夫なのか」
    「ポーズモデルしてから妹に会わせる」
     アルバスが背中に手を回してきた。ぎゅぎゅっと抱きしめられた。すごい力だった。逃げられないくらいに。
     思わず息を呑みこむと、しゅるりと互いの身体が空気の中に滑り込んだ。
     着地したのは背中からで、転がった。アルバスの部屋。ベッドの上掛けの上だった。仰向けになって視界を広げると、天井と周囲の壁面には書棚から溢れる本が積まれている。埃っぽい部屋だった。窓が閉じられている。
     そう考えたらすぐに起き上がって、窓に向かい、カーテンを両手で一息に左右に寄せて、自分の手で窓を全開に跳ね上げた。
     そうして、杖を振るう間も惜しくて、杖無しで風を起こすと、一気に空気を入れ替えた。最後の埃が窓の外に吸い込まれていくのを窓枠に腰かけて見送った。爽快さがあった。
     アルバスがじっと見ていた。勝手にやったことに弁解も謝りも必要を感じなかったが、別に気を悪くしたわけではない。
    「ゲラートは鳥みたいだね。飛んでいってしまいそうだ」
     とだけ、アルバスは言った。

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