俺の兄貴がこんなクソオタクなわけがないがクソオタクだった件 ホグワーツ始まって以来の秀才と誉れ高い兄だが、弟のアバ―フォースにとっては、外面はいいが自分のことしかろくにしようとしない、ただのクソオタクだった。
そう、オタク趣味。
まったく理解ができない。目の前の生き物に向き合わず、己自身と身の回りの世話もろくにできないだめなやつら。それがアバ―フォースにとってのクソオタク、クソアニキという見解だ。
春の終わり、彼らの母が亡くなった。
アリアナの世話は、ホグワーツを辞めて俺がすると言ったアバ―フォースの言葉にアルバスは静かにかぶりを振った。そして、キングス・クロス駅で弟が列車に乗るまでしっかりと見届けた。弟は窓から頭を出して、遠ざかるたび小さくなるアルバスを無言で睨んだ。「お前がどこか行きたかったんだろう」と叫び出したかったのを堪えた。アルバスは優しい曇り空のような眼差しをしていた。まったく、らしくない目だった。
アリアナの世話ができるのか。アリアナはアルバスを好いてはいるが、どこかでアルバスを兄だとは思っていないふしがある。年も離れて、ほとんど家におらずホグワーツにいた兄だ。戻ってきて、ひとりですぐ幼い子どものより手がかかる妹の世話が満足にできるとは思えない。人一倍器用な兄であることはわかっている。
心配だった。
夏休みに入ることをこれほど待ち焦がれたことはない、とアバ―フォースは一目散に帰りの列車に飛び乗った。
家へとひた走る。箒は禁じられている。
「アリアナ、アルバス!」
蔦の絡まった門の奥の小さな煉瓦の家。三つのベッドしかもうない家だ。
玄関で抱えていたドラムバッグを放り出して、奥にあるアルバスの部屋へ向かったアバーフォースは、初めて家族以外の誰かがこの家の中にいるのを見た。
それは金髪巻き毛で碧眼の青年の姿をしていた。恰好は魔法で伸ばした蔦に手首を締め上げられて、頭の上に固定させられ、肘のあたりがうっすらと桃色を帯びて、あとは抜けるような色の白さが、突然入ってきた視界に眩しさを感じた。あとはなんか変なひらひらした服?のようななにかを着ている。とにかく普通じゃない服だ。
「あ、アルバス……俺もう……」
「待って、まだもうちょっと、綺麗だよゲラート、世界一可愛いよ❤」
甘い猫撫で声。久しぶりの兄の背中。一心不乱に杖を筆にして滑らせている。
気が付くとアバ―フォースはその背中に蹴りを入れていた。
生理的に許せなかったのだ。
うぐっと潰れた声を上げた兄だがアバ―フォースの渾身の一撃でも倒れはしなかった。これにも弟はかなりむかついた。
「おや?……おかえりアバ―フォース……すごく早かったね」
「おう、すっ飛んで帰ってきたからなっ、申し開きはあるかバカ兄貴……アリアナはどうした?なにやってんだ、このクソオタク……」
「痛っやめなさい、うわ、線滑った!」
「知るかボケェェ」
さらに一撃を加えようと踵を上げたその直後、アバ―フォースは壁に背中からめり込んでいた。
なにが起こったのかわからず、目を瞬かせた彼の前に、先ほどの金髪の青年が立ち塞がった。斜に構えて、腕を組んだその右手に杖を持っている。親指と中指で持ち、人差し指を神経質そうに叩いて添えている。
「なんだ、お前。アルバスのなに?」
いぶかし気に眉を寄せたその顔は不機嫌さを隠さずにいるのと同じくらいに美しさが隠れていなかった。おかしな恰好で太ももも隠れていなかった。アバ―フォースの語彙力はなかったが、なにかはちゃめちゃに美しい男だということはわかった。いらいらしているのにきらきらしている。
「は~ゲラート、はちゃめちゃかっこぃぃょ……」
「……。」
弟は無言でこの兄と似た感想を持っていることに激しく血の繋がりを感じ、嫌悪した。
だが、物怖じする彼ではない。人間の形をした美しさにさしてそそられる興味はなかった。すぐに威嚇に出た。
「ああん?お前こそトンチキな恰好しやがって、何様だよ」
「ゲラート・グリンデルバルド様だ、このクソガキ」
「ゲラート、この子は私の弟だよ、人の話を聞いてないなあ、そこが私にはいいところでもあるんだけど。アバーフォース、この人はバグショットさんの甥御さんでね、友達になったんだ」
「その恰好は?なにしてた?アリアナは?」
「ゆえあって今期の推しのコスプレをしてもらっている。彼をモデルにして鋭意執筆中だ。アリアナは着ぐるみを着て台所にいる。ケーキを焼くところをみているよ」
「なんだって?」
アリアナをひとりにして火の気があるところにいさせているのかと怖気だったアバーフォースはバカアニキと言い捨てるのも惜しんで台所へ走った。
「アリアナ!」
飛び込むと、そこには見知ったストロベリーブロンドの幼い姿をした妹はいなかった。代わりに大きな白い猫が無表情で膝を立てて座って窯の方を見ていた。猫の姿は張りぼてのぬいぐるみだ。大きな頭をしている。
「なんて姿に!」
半狂乱でアバ―フォースは猫の頭をすっぽ脱がせた。中には表情の乏しいいつもの妹がいた。夢のなかにいるようにぽうっとして、窯を見ていたが、しばらくすると、おかえり、アブ、と気が付いた。
「ただいま、大丈夫だったか?」
うん、ともだちができたよ、おうじさまなの。とアリアナはこくりと頷いた。
「王子さま?」
アバ―フォースはいやな予感がした。いやな予感しかしなかった。