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    mith3308

    @mith3308

    ダメです、ポイピク使い方わかりません!
    2022/12〜からの作品置き場です。
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    mith3308

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    2022/12/2 ふぁあき週間企画 お題「猫」
    ファウ晶♂

    ファウ晶♂ 『猫』 湖面のように静かな魔法舎に、波紋を立てるように、革靴の音を鳴らして歩く。
    「兄様、おやすみなさい」
    「おやすみ、ミチル。今日も楽しい一日だったね」
     階段を降りながら聞こえた声に、頬が緩んだ。優しい、少し抑えめの声は、顔を見なくても微笑んでいるのだろうと簡単に想像がつく。
     大切な誰かに、生き延びた今日に、祝福を贈る言葉。
     交わすために存在するそれは、いつだって真綿で包むようにあたたかく、少しだけくすぐったい気持ちになる。
     ──もう何百年と忘れていた感覚だ。
     ファウストは、誰もいない食堂を横切って、足を進める。
     長い人生の中で、もう聞くことも、言うこともないと思っていた。魔法舎で過ごすようになって、子どもたちや、他の魔法使いたちに何気なく交わされるまで。
     きっと、彼がこの世界に喚ばれなければ、そうはならなかっただろう。
     ファウストは目的地の重厚な扉のドアノブを捻った。一歩足を踏み入れると、煎ったアーモンドのような古紙の香りが、ふわりと纏わりついた。すっかり通い慣れてしまった魔法舎の図書館に、人影がひとつ、机に向かっている。
     邪魔をしないように静かに扉を閉めたところで、その人影が机に突っ伏していることに気がついた。いつも着ているフードのついた白いジャケットは、簡単に畳まれて、座っている椅子の背もたれに引っ掛けてある。ファウストが隣に立っても、彼に起きる気配はなかった。ネイビーのベストに覆われた背中が、ゆっくりと上下している。
     その動きに合わせて、穏やかな寝息が聞こえてきた。思ったより深く眠ってしまっているらしい。
     彼が、突っ伏した腕の下敷きにしているのは、どうやらノートのようだ。利き手の近くには握っていただろう羽ペンが転がって、黒いインクが、ノートの上に力のない線を描いていた。お手本のような寝落ち姿に、ふっと少しだけ頬が緩んだ。
     知らない世界、そこでひとりぼっち。
     それなのに、彼が魔法使いたちに向ける瞳は、真っ直ぐで、自由だった。
     嬉しい時は弾むような口角に押し上げられて、弧を描く。
     悲しい時は、葉っぱにへばりついた夜露のように堆い涙の膜が貼って、こぼれ落ちないように上を向く。
     魔法やこの世界の話を聞いている時は、きらきらと期待と好奇心に満ちる。
     色鮮やかに、この世界を映す瞳は、彼の素直で優しい心が、反射しているようにも見えた。
     どうかそのままで。もし、その優しい色が汚れそうになった時は、身を挺してでも守りたい、そう思った。
     それは、不思議な感覚だった。人を呪う人生は変わらない、誰とも関わるつもりはない、そう思いながらも手を差し伸べずには、祝福を祈らずにはいられなくて、その矛盾した思いが、時々、苦しく胸を締めつける。意味を考えても仕方のないと、区切りをつけるように軽く息を吐いて、晶の肩に手を添える。
     思ったよりも冷たくて、何時間ここにいたのか、と思いながら肩をゆすった。
    「起きなさい、賢者」
     む、とか、ん、とか、小さく唸って、眉間を皺だらけにしてファウストに顔を向ける。
     瞼はまだ閉じたままだ。珍しくごねるような姿に、また笑いが漏れる。
    「ほら、こんなところで寝るな。部屋に行きなさい」
    「うぅー……ふぁあ」
     ようやく頭をあげて、大きく伸びて固まった筋肉をほぐし始める。それでもまだ眠そうにあくびをするので、疲れているんじゃないかと、少し心配になる。
    「……あれ、俺……」
     まだぼんやりとしながら、目を擦る。ぽやぽやした表情が、起き抜けの子猫のようだった。
    「おい、そんなに目を擦ると傷がつくぞ」
    「ファウスト……、ハッ俺、寝てました⁉︎」
    「よだれがついてる」
     うわぁっと慌てた様子で叫んで、勢いよく立ち上がると「すみません!」と恥いった様子で頭を下げた。その頬に、枕にしていた腕の跡がついていて、力が抜けるような微笑ましい姿に、思わず口角が上がる。
     慌てる姿を笑われたと思ったのか、晶が弱々しく唸った。
    「さぁ、もう夜も遅い。部屋まで送るよ」
     ファウストが指を振ると、机に広がったいた晶の持ち物が、ふわりと持ち上がって、晶の手元に引き寄せられ、ジャケットがふわりと肩に掛かる。
    「わぁ」
     宙を泳ぐ本を、きらきらした瞳が追いかける。受け取るように広げられた手のひらに、ひとつずつ几帳面に降り立った。最後の羽ペンが、ころりとノートの上に寝転がる。
    「ファウスト、ありがとうございます」
     ぎゅ、と胸に抱いて笑いかける。どういたしまして、と言うには大したことはしていなくて、それでも笑いかけられたことは悪い気がしない、結局、どう反応しても照れ臭いように思えて、特に何も言わずに歩き出す。
     たっ、と地面を蹴る晶の靴音に振り返って、図書館の扉を開けて先に出るように促すと、晶はぺこりと会釈をして廊下に出た。
     足音がふたつ並んで、廊下を歩く。
    「この間、中庭に子猫が来ていました。近くに母猫がいて……。知っていますか?目に大きな黒いブチのある。その子の子どもたちみたいで、すごく可愛かったです」
     それで、それから、あと……
     湧水のように溢れるたわいもない話題。弾むような声で、「ファウスト」と名前を呼ばれながら、時折相槌を打って、彼のあどけない言葉に、笑みをこぼす。
     今は夜で、冷たい不気味な月しか出ていないのに、晶といると陽だまりにいるような、あたたかい気持ちになった。ついつい頬が緩んでしまうので、らしくない姿に気づくたび、頬に力を入れる。
     この間の授業中、シノに「普段は賢者といる時みたいに笑わないのか」と聞かれて気恥ずかしかった出来事は、記憶に新しい。
     気をつけなければ、緩んだ表情を誰かに見られでもしたら、面倒だ。
    「そうしたら、俺の膝で二匹とも眠って……気を許してくれたのも嬉しいですけど、母猫が俺を信頼してくれているのも、すごく嬉しくて……」
     そう考えたそばから、蕩けるような表情で語る晶を見て、無意識に目を細める。膝に眠る子猫を乗せて、今よりももっと甘い表情で、叫び出しそうな口を押さえて喜ぶ晶の姿が簡単に想像できた。
    「きみは、本当に猫が好きだな」
    「はいっ」
     ファウストはそう言って、晶の部屋の前で足を止めた。振り返った先で、晶がおずおずとこちらを伺う。
    「あの…………ファウストは今、猫ちゃんのこと考えてますか……?」
    「は?……考えてるよ。君があれだけ話したからな」
    「そうですか……!」
    「なに?」
     嬉しそうに笑ってドアノブを捻る晶を、引き留めた。
     
     晶は、とっておきのプレゼントを贈るような表情で、ファウストを見上げた。
    「この間、寝る前に考えたことは夢に出やすいって聞いたんです」
     夢。その単語に、ぴくりとファウストの眉が引き攣る。
    「だから、ファウストが眠る前に、俺の話を思い出して……猫たちの夢を見てくれたら嬉しいなって……」
     大切なものをそっと見守る時のあたたかな瞳が、ファウストに向けられる。言いながら、恥ずかしくなったのか、誤魔化すようにへにゃりと、弱々しく笑った。その瞳と笑みと言葉が、ファウストの胸をぎゅうっと締め付けた。
     息苦しいのに、嫌じゃない。
     だから、困るのだ。
    「……きみが、気にすることじゃ無いのに」
    「いつも、ファウストが俺のことを気にしてくれるから……嬉しくて、お返しがしたかったんです」
    「僕がいつ、きみを?」
    「さっきも起こしてくれたし、それ以外にも、いつも祝福をくれます。言葉を大切にするあなた達だから、俺を心から気遣ってくれているって、ファウストの行動や言葉から……いつも感じているんです」
     星が瞬くような、きらきらとした瞳に吸い込まれる。息をするのも忘れるぐらい、ファウストは晶を見つめた。
    「安心できて、心強くて……そう思うから、俺はこの世界と向き合えている気がして……。だから、ファウストにも、俺の言葉で……何かできたらって思ったんです」
     晶が、大切そうに胸に抱えた物を抱き直した。
    「まぁ、その……うまくいくか分かりませんが。……嫌だったらごめんなさい」
     少しバツが悪そうに笑って、頬をかいた。なにか、気の利いたことが言えたらいいのに。ファウストは、何か熱いものが喉をついて「別に……」と素っ気なく呟くのが精一杯だった。
     晶も、それだけ聞いて「良かったです」と呟くと、ドアノブを捻った。隣に並んでいた身体が離れて、その間を寂しさに似た風が撫でていく。隣に並んでいたあたたかさが、もう、恋しい。
    「ファウスト」
     名前を呼ばれて、意識を晶に戻した。少し赤く染めた頬を持ち上げて、微笑んでいる。
    「おやすみなさい、また明日」
     大切な誰かに、生き延びた今日に、祝福を贈る言葉。
    「…………おやすみ、また明日、……っ賢者」
     名前を呼ぼうとして、躊躇ったせいで少し変な声になってしまった。
     ドアの隙間、隠れていく晶を見失わないように最後まで見送った。パタン、と乾いた音に、はぁ、と胸に詰まった思いがため息になって漏れた。
     身を翻して、帰路につく。
     一歩、一歩と踏みしめるたび、晶と交わした言葉を思い出す。何度も、何度も。
    「ふふ……」
     膝に子猫を二匹乗せた彼が、興奮気味に、蕩けた甘い表情で、笑いかけてくる。
     今夜は、きみの夢を見る気がした。
     
    fin.
     
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    Replies from the creator

    mith3308

    DONE2024年5月5日SUPER COMIC CITY 31に発行予定の
    ファウ晶♂の新刊サンプルです。一章を公開しています!
    親愛と恋慕で葛藤する晶くんと、それを知っていて遠ざけるファウストの話です。
    たくさんすれ違いさせたいです。ハッピーエンドです。
    魔法使いたちを書くの楽しいんですが読める代物が書けているのか心配ですが…
    覗いてくださっただけで嬉しいです!楽しんでいただけるように頑張ります。
    Night and Day. 真っ青な大空が地の果てまで続いている。遥か遠くにある荒々しい岩肌を持つ山々が、大空に喰らいつくように、剣を天に衝き立てたような稜線を重ねていた。昼を過ぎて傾いた太陽の光が、雄麗な山脈を白く光らせている。尾根を境目に、影絵のように片方の面が、黒く塗りつぶされていて、稜線を重ねたいくつもの山が、一枚の黒い大きな岩のようにも見えた。
     晶は、雄大な景色を見渡しながら、この山の一部になるような気持ちで、大きく息を吸った。草の香りを多く含んだ空気は瑞々しく、身体が満たされていく。あまり、元の世界では身近になかった空気だった。
    「賢者!」
     澄んだ空気を、楽しげな声が伝ってくる。
     晶は、山脈から視線を外して振り返った。短い草が生えた急な斜面を、運搬用のそりに乗って、ものすごいスピードで滑り降りているシノが、手を振っている。
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