不屈の万雷(途中)デュエリストに大切にされたカードには、デュエルモンスターズの精霊が宿ると言われている。たとえ持ち主に精霊を見る力はなくとも、だ。
固い絆で結ばれたデュエリストとデッキの力は強い。デュエリストが苦境に立たされた時、いざという場面で来てくれと強く願う友の心に、カードの精霊は、必ず応えてくれる。
その在り方を万丈目準は、精霊と共に闘うデュエリスト…遊城十代と幾度もカードを交え、その瞳に、魂に、嫌というほど焼き付けられていた。
*
この一ヶ月ほどだろうか。プロデュエリストとなって数年経ち、日々ライバル達と凌ぎを削りながらデュエルキングを目指している万丈目だったが、試合の手応えが芳しくなかった。
エンターテイナーでもあるプロデュエリストには許される負け方や、やってはいけない勝ち方というものがある。見せ場の無い泥仕合いの末の勝利。つまらない手札事故による呆気ない敗北。万丈目は今、そんな試合が続いていた。そして未だ、不調の原因が特定できずにいる。
細かなデッキ調整は日頃からするものの、内容を大きく変えたわけではない。元より万丈目のデッキは、彼の実力を知らない人物が見たらふざけているのかと嘲笑するほど構成が複雑だ。シナジーが無いおジャマ3兄弟とアームド・ドラゴンを主軸とした混合デッキ。常人なら回せるはずがないそのデッキを、万丈目は今までなぜか、難なく扱ってきたのだ。
しかし、ある日を境にデッキが回らなくなった。厳密に言うと、試合中にアームド・ドラゴンが引けなくなった。1度や2度なら偶然だろうと思うのだが、この一ヶ月ずっとである。デッキ圧縮効果を持つ魔法カードを増やしてみたものの、手応えが無い。おジャマ達だけで勝てることもあるが、メインアタッカーであるアームド・ドラゴンが使えないのはかなりの痛手だった。
(どうしちまったんだ一体…)
デッキを変えろという批判がファンの間から出てきていることに気付いていたが、万丈目はそれでも、アームド・ドラゴンをデッキから抜くことはしなかった。
彼の人生の中で最も屈辱を味わい、辛酸を舐め、デュエリストの魂を熱く焦がしたデュエルアカデミアでのあの3年間。その日々の過程で出会い、共に生き抜いたこのデッキでキングにならねば意味がない、そう思っているからだ。どれだけの批判を浴びようと、変えるつもりは無かった。
十代が前触れもなく万丈目の前に現れたのは、そんな折だった。
「よっ万丈目ぇ。なんか苦戦してるみたいじゃねぇか」
「…これくらい、ハンデだハンデ」
ある日、帰宅したら十代がいた。
今一番顔を見たくなかった相手の登場に、内心舌打ちをする。十代は万丈目にとって生涯のライバルと決めた男だ。故に、調子が悪い時の姿を最も晒したくない相手でもあった。
はん、と不遜な態度で口答えする万丈目に、十代はいつもの通り笑って返した。今更こんなことで心配するような間柄でもない、ということなのだろう。透けて見える十代からの期待と信頼に、胸の奥がむず痒くなるような感覚を誤魔化すように吐き捨てた。
「唐突に何しに来やがった。悪いが俺様は4日後の試合のために明日から海外だ。宿泊費を浮かせたいなら他をあたれ」
しっしっと虫を払うよなそぶりで手を振る万丈目に、しれっと十代は言う。
「俺もそれに着いてくから」
「はぁ?」
「いやぁ〜万丈目と海外旅行なんか初めてだな!ちょっとワクワクしてきたぜ」
「ちょっと待て貴様。どういう事だ」
問い詰める万丈目に十代は、実はな、と緩んだ笑みを引っ込めて真面目な顔になる。それを見て、何か軽くはない事情があるのだと察した。ユベルと融合してからたまに見せるようになった大人の顔をした十代に、万丈目はまだ慣れない。
「最近、カードを盗む事件が頻発しててさ。手がかりが欲しくて、デュエリストが集まる試合会場に着いて行きたいんだ」
「…カードを盗まれたなんて噂、周りでは聞いてないが?」
カードの盗難事件が頻発しているならプロ同士でも噂になったり、テレビでニュースになったりするはずだ。しかしそんな話は、今まで聞いたことがなかった。
「そっくり同じカードを偽造してすり替えるんだよ。どうやってるのか知らねーけど。偽装は完璧で、使い続けてできた小さな傷、角の折れだって再現してる。横に並べたって、どっちが本物か分からねぇ」
「被害者が気付いていないのか…。何故貴様は知っている?」
万丈目のその質問に、待ってましたとばかりに十代が顔を寄せてきた。
「犯人が集めているのは、精霊が宿ったカードだ」
「…な」
精霊、というワードで、十代が事件を追っている理由を悟った。
デュエリストとカードの精霊のために出来ることを探す、と言って卒業後旅を続ける十代。
以前十代…と嘘か本当か分からないが決闘王である武藤遊戯と、未来のとあるデュエリストが解決したらしい、カードの絵柄が消えた事件を思い出す。ペガサスの暗殺が企てられ、世界の歴史が塗り替わりかねない大事件だったと後から聞いた。また、人知れず厄介な問題に巻き込まれているのだろうか。
「なぜそんな情報がお前に…」
「KCやI2社に入ってくる苦情に、たまに変なのがあるんだよ。俺らが3年の時もデュエルディスクが反応しない事件あったろ?あんな感じで。で、調べてくれって頼まれたり。あとはヨハンやオブライエンから聞いたり」
「…なるほど」
デュエリスト界の重鎮である大企業の社名や懐かしい友人達の名前を聞いて、十代と生きる世界の隔たりを感じなかった、と言えば、嘘になる。
「…そんな手の込んだ事をして、他人の、しかも精霊が宿るカードを奪う理由はなんだ?」
「いろいろあるだろうけど…見える奴に高く売るとか」
「精霊が見えるのに…そんなことをする奴がいるのか」
「残念だけど。精霊が見えるからって、善人とは限らない」
ふぅ、と息を吐く十代。万丈目は自分と十代とヨハンくらいしか精霊が見える人間を知らない。周りに3人もいるのだからそこまで珍しい体質(?)でもないのだろうと思っていたが、その特性を活かして悪事を働く人間もいると知って驚いた。
(…いや…俺も大概だな…)
己の過去の行いを思い出して、そっと自嘲する。弱いカードを嘲笑し、他人のカードを奪い、海に流して。何故精霊などが見えるようになったのか、未だに全く心当たりが無かった。
「…精霊が宿っていた元のカードと偽物のカードに何かしら違いはあるのか?」
「…うーん…わからんけど…KCに入っていた苦情で気になったのは、カードが引けなくなってデッキが回らなくなった、めちゃくちゃ引きが悪くなった…ってのはあったけど」
「…手札事故と変わらんじゃないか…なんだそのあやふやで非ィ科学的な……………」
デッキが回らなくなる。
手札事故。
身に覚えがありすぎる現象に、はたと指を顎に当てて考える。急に口を噤んだ万丈目に、十代が気付いた。
「万丈目…まさか…」
「…いや…」
おもむろに腰のデッキホルダーを手に取り、収めていたカードを確認する。ずらりと手の中に並ぶカードは高校生の頃からずっと共に戦ってきたカード達だ。見た限り違和感は、全く感じない。
「すり替えられたのか?」
「……………分からない…」
分からない、なんて返答は屈辱でしかなかったが、万丈目には分からなかった。
「…十代、俺とデュエルしろ」
「…分かった」
言葉にするよりも前に、2人とも、息を合わせたようにデッキを構えた。
行き詰まったとしても、デュエルをすれば道が見えてくる。
歩む道を違えた今となっても、そう信じているのは、十代も万丈目も同じだった。
ディスクを使わないデュエルは久方ぶりだったが、結果はいつも通りだった。
十代相手に大敗し、思いきり舌打ちをかましながら残ったデッキを確認する。アームド・ドラゴンはデッキの最後の方にまとまっていた。果たしてこれが偶然なのだろうか。この一ヶ月万丈目を悩ませ続ける謎の不調。
初めて目の当たりして、偶然にしてもあまりな試合展開に十代も唖然とした。
「初手マジックカードだけとか、俺もたまにやるけどなぁ」
「ずっとじゃないだろ…。おジャマどもがいるからまだ何とかなっているが…」
「お前ら、なんか気付いた事ないか?」
十代に声をかけられて、先ほどのデュエルで頑張って戦いつつも負けてしまったおジャマ3兄弟は、気まずそうに顔を見合わせた。
『オイラ達もよく分からなくて…それに…』
『アームド・ドラゴンってたしか…』
『なぁ?』
何か言い辛そうに口を噤むイエロー、グリーン、ブラック。煮え切らない態度に十代は首を傾げたが、彼らが言いたい事について万丈目は気付いていた。
「井戸の底で拾ったカードには元から精霊が憑いていたが、俺がクロノス教諭やノース校の校長から譲り受けたカードに精霊は宿っていないんだ。見たことがない」
アームド・ドラゴンはもともと、万丈目がデュエルアカデミアノース校のキングになった証として譲られたカードだ。正しくは返し忘れていた物を正式に譲り受けたのだが。
「アームド・ドラゴンは精霊のカードじゃないから盗まれる対象にはならない。俺にはカードとの絆など無いからな」
お前とは違って、という当て付けのような言葉は飲み込んだ。
何かを言いたげな十代の視線から顔を背ける。きっといつもの通り、頭お花畑な思考でそんな事ねぇ!なんて言うつもりなのだろうが、事実そうだろう。
十代は懐に入れた人間に対して買い被りすぎるところがある。それで裏切られたこともあるのに、それでも仲間の力とやらを信じる事をやめない馬鹿な奴だ、と万丈目は十代のことを冷静に分析している。
カードとの絆。言葉にすると簡単だが、その実態は抽象的過ぎて万丈目にも未だによく分かっていなかった。しかし少なくとも、弱者を先導して従属させる己のやり方が、絆とは言い難いことくらい分かっている。けれど、常に力を示してねじ伏せて納得させてきた万丈目には、他のやり方が分からないのだ。
カードを信じ、本当の絆を紡いで散々奇跡を起こしてきた奴に、虚構の繋がりを絆だと肯定させるような発言はさせたくなかった。
『アニキぃ!そんな冷たいこと言わないでくれよぉ!オイラ達とアニキの絆はふめ…ぎゃん!!』
「うるさい!!」
おジャマ3兄弟のカードをまとめて叩きつけるように裏返した。
「…しかし、違和感はずっと感じていて…」
それも、事実だった。
今までだって、負けた事も挫折を味わった事もいくらでもあるが、何かが違う。
深い霧の中を、手探りで探るような感覚。
がむしゃらに歩は進めるが、進む方向が合っているのか分からない。どうしようもない孤独と焦燥感。
「…うっし!じゃあ万丈目も探しに行こうぜ!」
「は?」
深い思考にはまっていきそうだった万丈目に、十代は明るく声をかけた。
「プロには結構、気付いてないうちに精霊になってるカードを使っている奴が多いんだよ。強いデュエリストが沢山いるところに行けば、きっと何かヒントがあるはずだ。そうすればアームド・ドラゴンのことも、なんか分かるかもしれない」
「それで同行するって事か」
「そうそう!」
よろしくな、と十代はにっかり笑う。
騒がしい道中になりそうだと、万丈目は嘆息した。
*
「盗まれたとしたら…どのタイミングで盗まれたかだな…。調子が悪くなったのって一ヶ月前だよな。何か変な事なかったか?」
「別に…その時期も普通に試合はあって…特に変わった事は無かったはずだ」
試合会場は大きなスタジアムだった。
今行われている試合はI2社とKCが主催している最もメジャーなデュエルモンスターズのプロリーグだ。別の中規模の大会から上位の成績を残したものがエントリーされる。毎年のデュエルキングも、この大会の優勝者から選ばれるのだ。十年程前に童美野町で行われたバトルシティが基盤となっている大会だが、ほんの十年そこらで国際大会になってるあたり、随分と競技人口が増えたものである。
万丈目はこの1か月ほどこそ不調だが、それまでは順当に勝ち星を稼いで正式にこのリーグにエントリーしている。睨みつけるようにスタジアムを見上げた万丈目の横顔から、彼が感じているプレッシャーが痛いほど伝わってきた。
2人は2階に設置された関係者ゲートから入場した。途中で不審物を持ち込んでいないか1度ボディチェックをされたが、特にこれといった不自然な事は無かった。
2階から見下ろした広いロビーは、試合の観戦者で溢れかえっていた。
観戦者同士でも、特設されたデュエルブースでデュエルができるようだ。雑然とした人の波と熱気と空気にのまれ、若干落ち着きが無くなってきた十代の首根っこを万丈目が引っ掴む。
「カードの前にお前が迷子になるんじゃないぞ!!」
「分かってっから母さんみたいなこと言うなって!!」
お祭り気分の観戦者達と違って試合に臨む方は大舞台での勝負を控えているのだ。大声で言い合う2人を周囲のデュエリスト達が訝しげな目で見ていたのは言うまでもない。
ゲートを少し進んだところに、また違うゲートが設けられていた。ずらりと並ぶ見たことがない機械に、十代が目を瞬かせる。
「何これ?」
「アナログのデッキを登録しておくんだ。最近はデジタルデータでデッキを組むデュエリストも増えてきたからな。お互いデッキを登録すれば、データとアナログでも試合できるようになるんだ」
「へぇえ。よく分からんがなんかすげぇ」
設置台に今日使うデッキを置くと、センサーが反応してピピッと電子音が鳴った。高速でカードが1枚ずつめくられ、スキャンされていく。ものの数秒で登録は終わったようだ。
「…アームド・ドラゴンもちゃんと登録されている。I2社とKCが共同開発した機械に細工できるわけがないし…エラーなどではないはずだ」
スマートフォンで、大会に登録されたデッキデータを確認したが、特に問題は無いようだった。
「…うーん。わかんねーな」
「おい、ちゃんといるのか雑魚ども」
『ちゃんといるわよん』
万丈目が念のためにとジャマ3兄弟に声をかけると、ぽん、と姿を現した。試合前だというのに元気そうな彼らを見て、随分と肝が座ってきたものだと十代は関心した。十代達が高校生の頃のおジャマ達といえは、大勝負の前にビビッて泣き言ばかり言っていたような気がする。
精霊も成長するのだろう。共に歩む、デュエリストとともに。
「試合頑張れよ。お前らも」
『任せてくれ~十代のダンナ!』
『アームド・ドラゴンのやる気が無い今、万丈目のアニキを優勝に導くのはオイラ達の役目!!』
『オレたちがメインのデッキでサンダーが優勝すれば、オレたちを使うデュエリストも増えるかもしれないもんな!』
「…目的はそれかぁ」
気合い入れてもらおうと激を飛ばしたつもりが、きゃっきゃと騒いではしゃぐおじゃま達はどこまでも楽観思考だ。それに結構な野心家だな…と十代は苦笑した。
「…喧しいからやっぱ出てくるな」
『いやん!アニキのいけずぅ!』
呆れ返った万丈目が、空中で手を払っておじゃま達を消してしまった。
「さて、どうする十代」
「まだ手掛かりなしだなぁ」
うーんとロビーに溢れる人の波を見ながら、十代は考える。
「焦っても仕方ねぇし、雰囲気楽しみながらお前の試合待とうかな」
「…ふん。直接その目に焼き付けることだな。俺様のデュエルを」
苦境に立たされているにも関わらず、万丈目は不適に笑う。
試合が始まると会場は更なる興奮と熱気に包まれた。レベルが高いプロ同士の試合となると、内容もなかなか興味深いものが多い。
控室のモニターでしばらく試合を観戦していたが、目立った事件も起こらない。今回はあてが外れたのだろうか。万丈目の出番もすぐそこまで来ていた。
「なら、俺は行くぞ」
「おう、気を付けてな」
『行ってくるぜ十代のダンナー!』
『俺たちの活躍期待しててくれよな!』
「…イエローは?」
ぽんぽんとグリーンとブラックが景気良く姿を現したが、末弟が姿を見せない。
十代が咄嗟に、文字通り目の色を変えた。エメラルドと琥珀の双眸。見慣れないその色が、悪い予感を駆り立てる。
「…いないな」
『うわぁん!イエローが拐われちまった〜!!』
『どうしよう!十代のダンナァ!』
「少し落ち着けお前ら」
万丈目は狼狽えるグリーンとブラックを、ぴんと指先で弾いて黙らせた。
「会場入りしてからデッキを手放した瞬間などないが、やはり登録の時か?」
「俺、あの機械の様子探ってくる!!…万丈目は?どうする…?」
「おジャマは3人いないと意味がない。イエローが出ないとなると試合にならんが、決まっているだろう」
真っ直ぐにモニターを見据える。今行われている試合も佳境に入っていた。繰り返される熱戦に、興奮に揺れるスタジアム。
「試合には出る」
「…分かった」
試合中、最後のドローをするまで、勝負の行方はわからない。
だったら最初から、逃げなどしない。
それが万丈目の、プロとしての覚悟だった。