プレイヤーとルーンもう疲れた。
どれだけ働いても怒られるばかり。家事もダメダメで、人間関係だってうまくいかなくて、どうしよもなくなった。
こんな自分に対して怒る人もいれば、呆れる人もいる。それはもうたくさんいる。でもそんなのまだ良いほうだった。罵ってきたり殴ってきたり、時にはパシリにされたりとかもしたっけな。でも大丈夫、それももう終わるから。
悪い事と悪いとこばっかだったなぁ、俺。
でも、たった一人だけ、褒めてくれて、慰めてくれて、寄り添って、一緒に寝てくれて……。今まで生きてこられたのは彼のおかげだ。急に養ってくれ、なんて言われてびっくりしたけど。
彼の寝言が聞こえたときがあった。『今度こそ、必ず』とか、『また繰り返したって、もう一度…』とか。とにかく、色々と不思議な子だった。お金もある程度の食料も残してきているし、大丈夫だろう。彼にお礼を行ってから来るべきだったな。こんな高いところ、怖がるかな。でも、もう戻れない。一歩踏み出そうかというその時だった。
「待って」
幻聴なのか…?ここがわかるわけが………。
そう半信半疑で振り返ると、彼がいた。
「……ルーン」
「また………また、ぼくを置き去りにするのかい?」まさか、今からすることがバレているのか…?意味深ともとれるような言葉を発すると、俺の目の前まで力強く少し苛立ったような足取りで歩いてきた。「……どうしてここがわかったの?」
「キミはいつもここに来るから」
ここに来たことなんてあったっけ…?
「ぼくはキミに対して酷く怒っているし、それに酷く寂しいよ。なんでいつも一人で死のうとするんだ」
怒っているせいか、いつもよりも目がギラギラと輝いている。
怒っていても、宝石みたいな人間離れした綺麗な眼は変わらないなぁ。
言い終えると、途端にルーンの周りが光った。
いつものフリフリとした服や黒くてふわりとした髪はどこへ行ったのだろうか。目の前に立っていたのは、悪魔のような角を生やし、白くて綺麗ででもどこかふわりとした長い髪、裾の破れたマントを羽織り、腰が少し露出していて、でも足は出ておらず長めのズボン。そして人間離れしている虹色の、片方は綺麗な白に隠れた深く綺麗な眼。
見た目は俺の知らない人。でも………、。
「えっ…………。ルーン?」
俺がそう問いかけると、「あぁ、そうだよ」と短く答えた。
「キミにこの姿を見せるのは初めてだね…。こんなになったボクは怖いかい?」
向こうからの問いかけ。
「ううん、怖くない」
迷わず答えた。
だって、あんなにも支えてくれた彼を怖がるわけがない。見た目が変わっても、
「ルーンはルーンだもんな」
いい終えてから、少し気恥ずかしくなる。でも彼はいつもの、子供とは思えない余裕で笑ってみせる。「キミは、やっぱりそう言ってくれるんだね」
知り尽くされているみたいだ。そんなことよりも。「なんでその姿になったの?」
引き留めようとするとか、思ったことを言いに来たとか、からかいにきたとか、そんなんならいつもの姿でいいはずだ。その姿になったのにはなにか理由があるはず。
「………あぁ、ボクは」
飛んできたのは、思いもよらない言葉だった。
「ボクは、今度こそキミについていきたいんだ」
ついていきたい…?彼は俺が今から何をするのか分かっているのだろうか。それとも、やはり知らないのか。
「勿論わかってるさ。キミと死にたい、ってことだよ」
頭で理解するのに時間がかかった。心を見透かしたような。いっつもそうだなぁ…。
「駄目。生きて」
「嫌だよ」
「死んじゃだめ。ついてこないで」
「嫌、だよ」
「絶対に駄目。生きて。死なないで。すぐ帰って。」
「嫌だ!!!!!!」
いつものルーンなら、こんなに声を荒げることなんてない。考えられない。
「嫌だって言ってるじゃないか!!!!帰ってどうしろっていうんだい!?お金があったって、広すぎる部屋で、誰とも会話しないで、一緒に食事をする人も、隣で抱きしめてくれる人も、『ただいま』を言って『おかえり』を返してくれる人も居なくなった家で、ボク独りで、どうしろって言うんだ!!!!!」
………………少しのような、とても長いような、そんな沈黙。まさかルーンがそんなことを考えているなんて。
「ねぇ、どうしたらいいんだ…?そんなの、生きたって寂しくてつまらないだけじゃないか………。」
消えてしまいそうな声。彼に限ってそんなことないはずなのに、今にも泣き出してしまいそうな声。透明な虹に見つめられて、何も言えなくなってしまう。
「ボクは……何度もキミに出会って、何度も別れを繰り返しているんだよ。ボクはそう簡単には死ねない体なんだ 動物のように寿命もないし、人間が死んでしまうようなことをしても、死なない そんな体なんだ。」
まるで異世界 ファンタジー小説 ゲームの世界 そんな言葉ばかりが頭をよぎって、いろいろな疑問が生まれる。
「これでも、結構長い間生きているんだよ。人間がほら穴に住んでいる頃くらいからね 魂は輪廻するんだ。死んで、巡って、また生きるんだ でもボクにはそれがない。ずっとこのままだ」「でも、少しでも死ねるように、毎度頑張っているんだよ。」
ルーンがそこまで頑張っていることを、俺は知らなかった。
「ごめんな」
「えっ……」
彼の、姿は変わっても細いままの腰に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。
「会話することも、一緒に食事をすることも、抱きしめることもおかえりを返すことも、できなくなって、それを長い間繰り返させてごめん ずっと寂しくさせてしまったよな」
油断するとこの細い体がするりと腕を抜け落ちてしまいそうな気がして、腕に力を込める。すると、冷たくて温度のない、でも温もりのある手が背中を少し掴むようにして抱きしめ返してくれる。
「さっきはごめん 一緒に死のう。ずっと一緒にいよう」
ルーンを死なせたくない。生きてほしい。でも、生きても、俺が大きくなって彼を見つけ出すまで、長い間寂しくさせてしまう。それはきっと、ルーンにとっても俺にとっても、死ぬより辛いことだ。だから、…。
「……うん。勿論だよ」
そう言うなり、手首に歯を立てて、自分の皮膚を肉ごと噛みちぎる。
「っ…、何して」
「死ねるようにだよ 傷を負ってから追い打ちをかけるようにして落ちれば、死ねるかもしれない」「この姿になったのも、こうするためだ」
言い終えると、腕や反対の腕や手も噛みちぎる。でも、心做しか最初に噛みちぎったところの傷が小さくなっているようにも見える。
「さぁ、もう迷う必要はないよ。傷が治ってしまう前に、早く逝こう」
「うん。」
ルーンは俺を俺はルーンを抱きしめ直すと、そのままビルの下へ落ちてった。飛んでいる間の、一瞬とも無限ともとれるような時間に、俺は言葉を発した。
「ルーン」「だいすきだ。またな」
何かが潰れるような音。
目を開ける。
横には眠るような顔をしたキミ。
その周りは真っ赤で。
──あぁ、また死ねなかった。
「……っゔ、…………っ」
惨めな声。2度目からずっと、キミが死ぬときだけこの声が出る。
「なん、で……っ、い、つも………………っ」
視界がぼやけて、目から『涙』が流れる。キミに教えてもらったこと、ちゃんと覚えているみたいだ。「ね……………っ…え、起き…………て、くれよ、、」
馬鹿だな
「また、、寂しいじゃないか、………っ」
死ねるかもなんて無謀な希望を抱いて
「もっと…………、抱きしめ、て………………よ」
キミの死をまた止めなかったのはボクなのに
「駄、目…………生き、て」
声がうまく出ないよ
「死んじゃ…………だ、…………めっ」
言葉もまともに喋れなくなってしまったみたいだね「帰ろう、よ…………二人で、ボクたちの、家………に、帰、ろう………?」
キミもなにか喋ってくれよ
「ねぇ……………ねぇ、っ………てば」
いつも笑顔で話してくれたじゃないか
「う、あ…………………」
あぁ、でも話すのは少しキミからが多かったかな
「ああぁ………………………っ」
ボクも言えばよかった
「ぅ、うああぁああ………………っ」
大好きだって。
「うわぁあああああぁ…………………っ」
声をあげて泣くのは、何回ぶりだろうか。
「ご、め…………っ」
だってキミが
「ごめ、ん……………………よ、っ」
今までの何回目よりも
「まっ、………また…………………」
嬉しい言葉を
「止め、られ………っなか、た」
かけてくれるから。
「ボク、も、………死ねる、気が、し…………て」
ただの自分勝手に
「キミを……………巻き、込んで」
結局、ボクが
「キミを………………殺し、たっ…………………!!!!」やっぱり止めればよかった。
「またね………なんか、じゃ、嫌だよ………………!!っ」
またねなんて言う必要ないくらい
「一緒、に……………、居てくれよ…………!!!!!」でも、今の器で起こった嫌なこと、から 逃げれたかい?
「ま、た」
またキミのおかえりと、『おはよう』が、聞きたいから。キミは死んでもまだ、ボクを抱きしめてくれていたんだね 守られているみたいだ。
「ボク、も……。キミのことが、大好きだ」
だから、キミが安心できるように、いつもの『おやすみ』でいよう。黒くてふわりとした髪の、フリフリとした服のぼくに戻る。まだ泣いてしゃくりあげている頼りない姿だけど。そして、キミを抱きしめて、目を閉じて
「おや、すみ」
また………ね。