いたどりゆーじの愛情乞食僕は五条悟。一言で表すとドクズ。初めてできた好きな子と半年前に結ばれたものの、愛が重すぎて引かれたくなくて他の有象無象ーーあの子の代わりにすらならない塵共ーーに気持ち(主に性欲)を等分させていたら、後戻りできないほど拗らせてしまったドクズだ。僕の好きな子、悠仁って言うんだけどね、名前可愛いよね。凛々しくて、可愛い。苗字はちょっと読みにくいけど、虎って漢字が入ってて、犬歯が鋭いあの子にぴったりの、とりあえずかわいい名前だ。まあそんな悠仁は僕の教え子で、僕が殺す予定の死刑囚なんだけど、なんの因果かどうしようもないくらい好きになってしまった。本当に可愛くて、出張帰りに真っ先に「せんせー!!」って飛びついてくるし、僕の授業は眠たいだろうに頑張って聞いてくれるし、ノリも合うし、「鍛錬するなら五条先生が良い!」と、最強である僕を慕いに慕ってくれる。志も生き様もすごくかっこよくて、あの決心した鋭い目。あれは最高。ゾクゾクするくらいの殺意に塗れた任務後の悠仁にコロッと落ちちゃった僕が、まあ教師だし……歳もひと回り離れてるし……ジェネギャ凄そうだし……とかなんとか言って二の足を踏んでいる間に、なんと男前な悠仁の方から告白してきてしまった。「五条先生! 俺五条先生のこと好きなんだけど付き合ってください!! よろしくオナシャースッ!!」つって。ナニ、男らしすぎ。かっこいい。ほんと好き。もちろん答えはイエスだ。「はい♡ 付き合います♡」なんてハートまで飛ばして返事をした僕に、やりぃ! とニパッってゆうじは笑った(そのときの顔は心の一眼レフで五百枚撮った)。
付き合ったまでは良かった。良かったのだ。ただ、ちゃんと好きな子と付き合うということが初めてな僕はどうやら倫理が欠乏しているらしく、悠仁の居場所は常に把握したいし、二十四時間常に一緒にいないとダメになりそうだし、たまに悠仁にご飯を作るときにうっかり自分のアレなんて入れちゃいそうになるし、結構前から悠仁が他の奴と喋るのを見かけるだけで胸が痛くてしょうがなくなっちゃって、最近硝子に薬を処方してもらった(なんかその薬ラムネの味するんだよね。なんで?)。
よく言って、愛が大きい。悪く言って、独占欲の鬼、重い、クソメンヘラ、カスの初恋はカス、エトセトラエトセトラ。後半は全部知人に言われた言葉だけど、ちょっとあんまりじゃないだろうか。僕だって人間なので、キツイ言葉を言われると傷つく。フン、悠仁のおっぱいで慰めてもらうからいいもん。
まあそんな感じで、僕は非常〜〜〜〜に愛が重たい系のクソメンヘラであるということが露呈してしまい、硝子たちに揃って「振られるのも時間の問題だな」とまったく遺憾なカウントダウンを毎日されている。
だから僕は思った、閃いたのだ。
「ゆーじへの愛を他の有象無象に分け与えればゆーじが僕のこと振らないんじゃないっ?」
我ながら天才だと思う、と三徹の頭で己を褒めちぎる。ゆーじに白い目で見られなくて済む。ゆーじのこと愛で潰しちゃわなくて済む。エヘエヘ、最高じゃん。
このときの僕は三徹であり、かつ、それを止めてくれる正常者もいなかった。だからこんな、自称ドクズ、生きているだけで悠仁のことを悲しませる価値のない産業廃棄物に成り果ててしまったのだ。このときに止められたら、どれだけ悠仁は涙を流さなくて済んだのだろうか。
× × ×
まず僕は街に繰り出して声を掛けてきた女と片っ端から連絡を交換した。男には興味なかった、元々ノンケだから。悠仁以外の男なんてむさ苦しくて興奮なんてしない。悠仁の豊満でむちむちなおっぱい、綺麗に割れた腹筋と余分な脂肪のない体。まだ十代半ばということもあって瑞々しい肌に、僕が毎晩塗るボディクリームによって悠仁はマシュマロのようなすべすべ肌になっていた。逆にこんな悠仁で抜けない男なんていないだろう。いたらインポだ。インポ。いや、抜いても殺すけど。僕の悠仁で変な妄想したら絶対塵にしちゃう。僕以外が悠仁を視界に捉えるのも不快だというのに。
女は釣れに釣れる。大漁だった。一通り交換したあと、その数が四十を超えているのに気付いて慌てて半分ちょっとは消した。顔もスタイルもどうだっていい。悠仁を押し潰さなくて良いのなら、どんな奴だって良い。どうせ顔も名前も覚えらんないし。
悠仁にはスタイリッシュでスマートな僕だけを見ていてほしい。いつだって尊敬される先生であり、男でありたかった。……そうだったのだ。
「もし虎杖がお前と同じことしてたらどうするんだ?」
「エッ?」
昼休憩の合間に、今日も悠仁が可愛いと硝子に惚気に来たら言われた台詞は、僕の思考を停止させるには簡単すぎた。
「ナニ? エッ? 相手は殺すよ」
「虎杖は?」
「監禁して僕だけしか見られないようにする。全部僕がお世話して、僕がいないと立つことすらできないようにさせる。依存させてドロドロのぐちゃぐちゃにする。あの子にとって一番嫌なことをするよ」
スラスラと述べる僕に硝子は「その顔やばいぞ、虎杖の前でやってみろ」とため息をついた。
「虎杖が可哀想だとかは思わないのか?」
「なんで? 僕こんなんだから、逆に全部を悠仁に明け渡した方が悠仁が可哀想でしょ」
「お前は同じことを虎杖にされたらこれほど憤るのに? 虎杖も同じ気持ちじゃないのか?」
「え、だって、悠仁死んじゃうよっ? 嫌われちゃうよ僕っ」
「同じ気持ちかそうじゃないかを聞いてるんだよ」
「同じ気持ちです……」
アレ? ってことは? 僕が今やってる行為って、もしかして悠仁からしたらとんでもなく辛かったりしちゃうのだろうか。
サアア、と白い顔を余計に青白くした僕に、硝子は「ようやくかよ」みたいな顔をして煙草に火をつけた。
「え、でも、や、やめるわけにはいかない。ゆうじに嫌われちゃうっ」
「もう嫌われてるっていう考えは頭の中に無いのか?」
「あるわけないだろ、ふざけんなよ」
ピキ、と青筋を立てて静かに憤る僕に、硝子は下から睨みつけた。
「お前らの仲なんて知ったこっちゃないが、虎杖をお前のエゴで振り回すな。あいつを気に入っているやつ全員敵に回すぞ」
「でも悠仁は僕を選んだから。それが全てでしょ? ゆーじがどうしても僕から離れたいって言ったって離すわけないし、もうゆーじは僕のものなの。他の奴とか知らない。あの子は僕のだ」
「その発言いつか後悔するぞ。私はもう忠告したからな、そんな自分勝手なエゴで虎杖を縛り付けて振り回して何になる? 自分がされたら嫌なことは相手にするなって、小学生でも分かるが?」
「なに、僕を怒らせたいの? もう後戻りできないっつってんの。悠仁は優しい僕だけ見て恋してればいいんだよ。こんな薄汚くて屑みたいな僕、知られるわけにはいかない」
「みたい、じゃなくて正真正銘のドクズだろ、お前は」
「チッ」
イライラしてポケットの中に入っていたキャンディを開けて容赦なく噛み砕く。ガリっ、ボキッと音がして、僕の心臓みたい、なんて思った。
硝子から「いい加減出ていけ」と追い出されて、未だに抑えられない苛立ちをピリリと感じながら高専の廊下を歩く。
悠仁が他の人間と喋るだけで辛くなる。僕だけ見ててよ。なんで僕だけいればいいって言ってくれないの? なんで他の奴にしっぽ振って、僕から遠ざかるんだ。僕のこと嫌い? 好きだよね? 好き以外認めるわけねえだろ。好きって言ってよ。僕にだけ笑っててよ。
ドロドロ、グチャグチャ、ベトベト。
汚いなあ。と客観的に思う。悠仁が例えば天使だったとして。僕はきっと、天界に帰って欲しくないからその羽を捥ぐだろう。痛い痛いと藻掻く悠仁はいつからか大好きだった笑顔をすることはなくなって、毎日会話する数よりも涙の粒のほうが増えて、いつか弱々しくなっていって、きっと、そう遠くないうちに己の腕の中で命を落とすだろう。そんな、ゆうに想像出来る話。現実になんて、したくなかった。したくないから、僕はこうしているのに。好きでもない女を抱いて、もうずっと前から悠仁にしか勃たないブツを、必死に目の前の人間を悠仁に置き換えて、汚いこの感情を流すように、擦って出す。全部ぜんぶ、悠仁に会ったら、「いつでも優しくて余裕のある年上彼氏の僕」を演じられるように。汚いものは、全部出ていってしまえ。僕が悠仁に捨てられないために。