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    おもちのき もち

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    おもちのき もち

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    6/30 JBF 新刊花屋パロ(侑日)の冒頭部分です。

    6/30 JBF 新刊花屋パロ①序章

     くり返し何度も見る夢がある。
     おぼろげで夢現な記憶の中の自分は、まだ小さく見るからに幼い。

     
    「治、いま後出ししたやろ」
    「はぁ? してへんし」
    「ずるすんなや!」
    「ずるいんはどっちやねん。ジャンケンで決めよう言うたんは侑やんけ」
     侑と治――七歳の双子の手元には、アーケードゲームで手に入れた景品のメダルがひとつある。王冠が描かれたキーホルダー型のそれをどちらの所有物にするか、ジャンケンで決めようと言い出したのは、たしかに侑の方だ。
     いつものようにぎゃーぎゃーと言い合っていると、「二人で半分こし! ケンカするなら帰るで」と母親の特大カミナリが落ちた。メダルを半分にするなんて、いくらなんでも無理があるが、これ以上怒らせるのはマズい。ムッとしたまま渋々おとなしくなった侑と治のかたわらで、「しゃーないなあ」と父親が笑う。
    「父さんに任しとき」
     有言実行とはこのことだ。ものの数分もしないうちに、父親は二人が苦労して攻略したゲームを一発で成功させた。侑と治はふたつになったメダルを目を輝かせて眺め、それぞれ大切そうにポケットへと仕舞った。
     やわらかな陽光がふり注ぐ春の日のことだった。
     小学校が春休みに入り、久しぶりに家族で訪れた隣県の遊園地。侑と治は朝から大はしゃぎで、両親の手を引いてあっちこっちと園内を駆け回った。遅めの昼食をとったあと、ややぐったり気味の両親をよそに、次はあそこに行きたい! とやって来たのがアーケードゲームのエリアだ。
     ひとしきり遊ぶと、一行は休憩も兼ねてベンチに座り、園内マップを広げた。侑も最初は一緒になって覗き込んでいたが、見てもいまいちよくわからず、早々に飽きてしまった。母親がカバンから水筒を取り出す隙をついて、ベンチから飛び降り、近場のゲームへすたすたと歩いていく。背後から「あっ、こら侑。遠く行ったらあかんよ」という母親の声が聞こえたが、すでに生返事だ。
     水が張られた小さなプールに、黄色いアヒルのおもちゃが所狭しと浮遊している。制限時間内に、できるだけ多くのアヒルを竿で釣り上げるゲームで、釣った数によってもらえる景品が違うらしい。ふーん、とぷかぷか揺れる様を見ていると、どこからともなく賑やかな歓声が聞こえてきた。少し離れたところで、遊園地のマスコットに人だかりができているのだ。退屈していた侑には魅力的な光景だった。考えるよりも先に身体が動く。

     ――これはやばい。めちゃくちゃやばい。
     ようやく我に返ったのは、毛むくじゃらのマスコットとひとしきりじゃれ合い、バイバイと手を振って去っていく姿を見送ったあとだった。気がつけば、アーケードゲームの建物からもずいぶんと離れてしまっていた。あれからどのくらい経っているのだろう。急いで元いた場所へと戻ってみたが、すでに両親や治の姿はどこにも見当たらなかった。侑の顔がさっと青ざめる。
     涙を滲ませながら、それでも決して泣くものかと、あてもなく歩き続けた。初めて来た遊園地は、七歳の侑には途方もなく広大で、步けども歩けども果てがないように思えた。気力をなくして、ほとほと疲れ果ててしまったころ、朝方通り過ぎたメリーゴーランドの前にたどり着いた。ここは遊園地の入り口に近かったはずだ。見渡すとやはりゲートが見えた。途端に、押し寄せてきたのは波のような後悔と孤独だ。
     ……なんでどこにもおらへんねん。
     わがままを言ったから? ダメだと言われたのにひとりで離れたから? もしかしたら、怒って置いて帰られたのかもしれない。心細くて、寂しくて、悲しくて、それまで意地で歩みを進めてきた侑も、たまらずその場に座り込む。
     動けずにしばらくうずくまっていると、突然、頭上から影がさした。見上げた先には、遊園地の制服を着た男性が立っていた。
    「ぼく、お名前言えるかな?」
    「……みや、あつむ」
     男性は侑の返事を聞いて、手にしていた機械になにかをつぶやき、にっこりと微笑んだ。「もう大丈夫だよ」と、侑の小さな手を引いて歩き出す。人肌の温かさに安堵して涙が込み上げて来たけれど、侑は気力をふりしぼって我慢した。ここで泣いたら負けだと思った。そうして連れられてきたのは、おとぎ話に出てくる菓子の家のような迷子センターだった。

    「すぐにパパとママが来るからね。ここでくまさんたちと遊んでいてね」
     男性スタッフは絵本やぬいぐるみが並ぶプレイルームに侑を案内し、そのままドアの向こうへと消えて行った。道すがら持ち前の負けん気を取り戻していた侑は、部屋に入るなり憤慨した。子どもながらひどく幼く見られたみたいで、カチンときていた。
     くま!? 誰がこんな子どもだましで遊ぶか。おとんもおかんも治も、どこでなにしてんねん、はよ来てや!
     ドスンと音を立ててマットに腰を下ろす。違和感を覚えたのはそのときだった。誰もいないと思っていた部屋に、人の気配を感じた。勢いよく振り返った侑は「わっ」と小さな悲鳴をあげる。
     ちっとも気がつかなかったが、部屋の隅に先客がいた。先客――侑よりもずっと小柄なその子は、俯いて抱えた膝小僧に顔を埋めていた。水色のギンガムチェックの上着に薄いベージュのパンツ姿、ちょこんと見える両足には猫のイラストに「にゃー」と描かれた靴下を履いている。なにより目を引いたのは、めずらしい蜜柑色の髪だった。ところどころ不規則にくるんと跳ねて、綿毛のようにふわふわと柔らかそうだ。
     俯いているため性別はよくわからないが、背格好からして、間違いなく自分よりふたつかみっつは年下だろうと侑は見当をつける。むくれていたことも忘れ、すっかり蜜柑頭に夢中だった。話してみたい。近づいて目線を合わせるようにしゃがむと、思い切って声をかけてみる。
    「なぁ、きみ……迷子? あ、言うとくけどおれは違うで。ほんまおとんもおかんも勝手にどっか行きよって。困ったもんや。ところで、じぶんいくつなん? 幼稚園児? どっから来た――」
     矢継ぎ早に話していた侑の言葉が、ふいに途切れた。口をぽっかり開けたまま、あとに続くはずの言葉が出てこない。代わりに頬がかっと熱くなり、胸の奥がトクンと音を立てた。
     わずかにおもてを上げた蜜柑頭は、静かに、声も出さずに泣いていた。吸い込まれそうな焦茶色の瞳孔と、それをぐるりと取り囲む、髪よりも幾分薄い蜜柑色の虹彩。ややつり上がった大きな瞳の中には、ヒマワリの花が咲いていた。そこから透明な雫がポロポロとこぼれ落ちている。まるで、雨に濡れたヒマワリのように。
     ――むっちゃきれい。
     侑は声を出すことも忘れて、その花に見とれた。
     どのくらいそうしていたのか、涙の行き着く先にある小さな唇が、強く噛み締められていることに気がついた。いまにも切れて裂けてしまいそうなほどの赤だ。
    「そんなかんだら血ぃ出てまうで」
     侑は衝動的に、頬に伝う涙を袖口で拭った。蜜柑頭はぴくりと身体を強張らせたが、やがて引き結んでいた口元を緩めた。いまだ涙の膜が張ったままの瞳に侑を映して、真っ直ぐに見返してくる。思いがけず強い眼差しに出会い、侑の胸の奥が再びトクンと鳴った。
    「ここにおったら、すぐにおとんか、おかんがむかえに来てくれるわ」
     なにか言わなければと、一生懸命に慰めたつもりだった。だが、侑の言葉を聞いた瞬間、蜜柑頭は再び新たな涙をじわりとあふれさせた。予期せぬ事態に侑は慌てふためく。
    「え、ちょ、なんで泣くん? ほ、ほれ、見てみ。くまさんもおるで!」
     その辺にあった手近なぬいぐるみを手繰り寄せて、差し出す。ぶらりと垂れ下がるふわふわのぬいぐるみを見ても、蜜柑頭はふるふるとかぶりを振るだけで、一向に泣き止んではくれなかった。
     なんやねん、なんでやねん……。
     頭を抱える侑をよそに、蜜柑頭はさらにぶえっと声を漏らして泣き始めた。泣かれるのは苦手だ。侑は半ばやけになった。咄嗟に膝小僧の上でキュッと結ばれていた手をとる。
    「泣かんでええ。寂しいなら、おれが一緒におったるから!」
     好きな女子相手にだって、こんなふうには言わない、と言ったそばから恥ずかしくなる。だが、いまはそんな悠長なことを言っている場合ではない。なんとかして、泣き止ませなくては。侑は握る手に力を込める。
     侑の言葉を理解したのか、蜜柑頭は「うん」とうなずいて鼻をすすった。繋いでいない方の手で涙を拭う。
    「おぉ、やっとしゃべったな!」
     侑は舞い上がった。嬉しかった。この子にもっとなにかしてやりたい。できれば笑ってほしい。知恵を絞り、そして閃く。名案だと思った。
    「よし、えらいで。ほんなら、おれがええもんやるわ」
     ポケットに仕舞ってあったメダルを取り出し、繋いでいた手をほどいて手の平に乗せてやる。
    「きれいでかっこええやろ」
    「……うん」
     蜜柑頭はぱちぱちと瞬いて、目を輝かせたが、またもかぶりを振ってメダルを侑に押し返した。侑はそれを制して、自分よりも小さな手を両手で包んでやる。
    「これは秘密やねんけど、じぶんには特別に教えたる。おれな、じつは魔法がつかえるねん。せやから、一人でも寂しくないように、これにおまじないをかけといた」
     どや? な? と下から顔を覗き込めば、蜜柑頭の頬がみるみるうちに桃色に染まった。ははっ、と侑から笑い声が漏れる。一挙一動がいちいちツボにはまって、可愛くて、構いたくて仕方がない。もっとずっと眺めていたい欲がわいて、まじまじと観察していると、小さな赤い唇がふにゃりと笑みを形作り、はっきりと言葉を紡いだ。
    「おにぃちゃん、ありがとう」
    「へ? あ、べ、べつに。こんなん、たいしたことちゃうわ」
     ふいをつかれ、しどろもどろになりながらもなんとか虚勢を張る。
     おにぃちゃん。
     おにぃちゃん、やって。
     治にも呼ばれたことないのに。まぁ、呼ばれたくはないけど。
     侑は照れ隠しで、握っていた手をそっと離して視線を彷徨わせる。蜜柑頭はメダルのキーホルダー部分を指に引っかけてぶらさげ、にこにこと眺めている。
     二人の間で、静かにメダルが揺れる。
     自分のしたことで相手に喜んでもらえるのが、こんなに嬉しいなんていままで知らなかった。侑の心臓は大暴れして、いまにも弾けてしまいそうだった。むずむずしてドキドキして、思いきり力を入れていないと顔がにやけてしまう。
    「せや。そんなことより、じぶん――」
     名前なんていうん? そう言おうとした侑の言葉は、ドアが開く音とともに、慌ただしく入って来た母親と見知らぬ女性の声によって遮られた。

     侑は蜜柑頭が抱きしめられる様子を見届け、ほっと胸を撫で下ろした。良かったな、そう思っていると、「侑!」と突然名前を呼ばれる。いつの間にか侑のそばまでやって来ていた母親は「あんたはもうっ、目離したらすぐどっか行ってまうんやから。心配したんやで!」と言って、侑を抱きしめた。たくましく、怒ると鬼のように恐ろしい母親の悲しそうな様子に、さすがの侑もしゅんとうなだれる。「ごめんなさい」素直に謝ると母親はようやく安堵したのか、表情をやわらげて侑の頭を撫でた。
    「お父さんと治も外で待ってるし、ほんなら行こか」
     母親が侑の手をとる。そのままドアへ向かおうとするので、侑は慌てた。「ちょう待って!」自分でも驚くほど大きな声が出た。母親が不思議そうに首を傾げる。
     ほんのわずかな時間、一緒にいただけの見ず知らずの子。けれど――。
     侑は名残惜しそうに、蜜柑頭に視線を向けた。と、向こうも侑のことをじっと見ていて、まん丸な瞳と視線がぶつかった。そのまま無言で見つめ合い、黙りこくる。いざ向き合うと、かける言葉が出てこない。
     沈黙を破ったのは意外にも蜜柑頭だった。屈託のない笑顔で口元をほころばせながら、
    「おにぃちゃん、一緒にいてくれてありがとう」
     と言った。
     侑は息を呑んだ。あのヒマワリの瞳が自分だけを映して「一緒にいてくれてありがとう」と笑ったのだ。ただそれだけで、幼い侑の胸は甘酸っぱい喜びで満たされ、ついにあふれた。

    「なぁ、おかん……侑がなんか変やねんけど」
    「ふふ。さあ、お母さんにもようわからんのよ」
     父親や治と合流してからの侑は心ここに在らずといった様子で、帰りの車内でもずっと上の空だった。あのあと、蜜柑頭になにを言ったのか、どうやって部屋を出て来たのか、まるで思い出せない。ただ「おにぃちゃん、一緒にいてくれてありがとう」という台詞が、頭の中で何度もくり返し流れ、別れ際の笑顔が脳裏に焼きついて離れなかった。
     また、いつか会えるやろか。会いたいな。
     窓の外を流れていく景色を目で追いかけながら、感傷に浸っていた侑は、そこでふと重大なことに気がつく。
    「……あ!」
    「わ! なんやねん、もう。おまえ、頭でも打ったんちゃうか」
     治の非難は聞こえているようで、侑には聞こえていなかった。がっくりとうなだれて、脳内でひとりごちる。
     ――蜜柑頭……あの子の名前、聞くの忘れたやん。
     
     七歳の春の日の一瞬のできごと。おぼろげで夢現なそれは、侑にとってきっと初めての恋だった。


    本編へつづく
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    おもちのき もち

    PROGRESSJBF 花屋パロ新刊のサンプルです。

    ⚠️注意書き⚠️
    ◎プロ選手×花屋 パロディ
    ◎ペイントバース+α‬の世界線です(設定はポイピクに)。
    ◎侑に名前のある喋る彼女がいます。今後ストーリーにかなりの割合で登場します。
    JBS 新刊花屋パロ サンプル②Dec. ヒマワリの契機

    「――ツム」
     名前を呼ばれて、侑は重たい瞼を持ち上げた。よく磨かれた木目のテーブルに、炊き立ての米と出汁の香り。見慣れた風景に、あぁ夢か、と瞬時に理解する。最悪の寝覚めだった。
    「おい」
     見上げると、カウンターの向こうで治が顎をしゃくっていた。先ほどから、テーブルの上に投げ出されたスマートフォンが震えているのだ。一度鳴り止んだそれは、間髪を容れずに再び音をたて始める。動こうとしない侑に、治がやれやれといった様子で口を開いた。
    「電話、涼子(すずこ)ちゃんやろ。ええ加減、出たれや」
     治が経営する食事処“おにぎり宮”では、夜の営業に向けて仕込み作業が佳境を迎えている。
     世間はクリスマスムードで色めきだっているというのに、侑は午前中から時間を持て余し、気まぐれにおにぎり宮に顔を出しては一席を占拠しつづけていた。夜には付き合って半年になる彼女――涼子との約束が控えているが、どうにも乗り気がしない。めんどいなぁ、と治に愚痴をこぼしているうちに、うたた寝をしてしまい、いつもの夢を見たのだった。
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