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    kusatta_ri

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    kusatta_ri

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    コルパピで、パッピの誕生日のお話です。パッピが一人で語りまくっている感じのお話ですが、コルパピです。

    君とケーキと僕と。次の金曜日は僕の誕生日だ。大統領になる前は、毎年姉や大臣が祝ってくれていた。テーブルには2人の手料理が並んで、近しい人間だけのささやかなお誕生日パーティが開かれるのが恒例。その前は勿論両親も一緒に。

    しかし、今はもう大統領となった身だ。この地位について初めての誕生日だが、当然公務は休めない。姉も大臣も仕事。それは僕も同じだが、夕方からは何とか時間が取れそうだ。

    今、僕は目の前の多忙な男の時間が、少しだけ欲しいと思っている。

    「ドラコルル、次の金曜日の予定は?」
    「今のところ金曜日は非番ですが」
    「じゃあ、夕方から会えないか?」
    「ええ、構いません」

    官邸内の廊下を歩きながら僕達は話をする。
    わざわざ僕の誕生日だとは言わない。別にプレゼントが欲しいとか、祝ってほしいというわけではないからだ。ゆっくり2人で過ごせる時間があればそれでいい。
    そしてあわよくば、僕の中にずっと留めてきたこの気持ちを伝えたいのだ。

    「それじゃあ、また連絡するから」
    「ええ、私も戻ります。ご連絡をお待ちしております」

    僕達の話が終わって別れようとしたところ、廊下の影から官邸内で働く1人の女性の部下がひょっこり顔を出した。部下とは言っても、彼女の方がだいぶ歳は上だけれど。

    「あっ、あの、パピ大統領」
    「何だい?」
    「金曜日はお誕生日でいらっしゃいますよね。一緒にお食事でもいかがですか?」
    「えっ」

    顔を真っ赤にして誘ってくれた彼女は、わざわざこの辺りで有数のレストランのペア食事券まで用意してくれていたようだった。封筒に入ったそれを渡されたが、僕は勿論先約があるからと断るつもりでいた。
    ちらっと横目で隣のドラコルルに視線を送る。

    すると彼女は僕が断ろうとしていると察したようで、僕の視線のその先にいるドラコルルをじーっと見る。勘のいいドラコルルは彼女の言いたいことを直ぐに察したようだ。

    「パピ大統領、部下と交流を深めることも大切でしょう。私のことはお気になさらず」
    「え…待ってよ、ドラコルル」
    「もう少しで会議があるのでこれで」

    僕の制止も聞かずにドラコルルは官邸の玄関へさっさと足を進める。
    慌てて追いかけようとしたところ、彼女が嬉しそうに僕の手を引いた。

    「嬉しいです、お時間を取っていただけるなんて」
    「え、あの」

    こんなに嬉しそうな顔をされては嫌だとは言えない。それに、こうして人前で女性に恥をかかせてしまうのも気が引ける。

    しかし、何よりそのままドラコルルが帰ってしまったことが僕は悲しかった。
    あまりにあっさり過ぎる。何故あの場で断れと言ってくれないのだろう。
    やっぱり、僕の片想いか。
    金曜日を楽しみにしていたのは僕だけだったようだ。



    先程までの軽やかな足取りが嘘だったかと思うくらい、鉛のように重たくなった足で何とか階段を昇り、一人で執務室に戻る。

    仕事中なのに行儀が悪いとは思ったが、何もする気が起きない僕はソファーにうつ伏せで寝転がる。

    「……何で」

    アンティークソファのダマスク柄がゆらりと歪む。
    その上に、ぱたっと音を立てて一雫。
    革製のため、水滴は滲まずにそのまま滑って絨毯へと落ちていく。

    「僕だけか、好きなのは」

    こんなことを言っている僕だけれど、まだただの一度もドラコルルに想いを告げることすらしていない。
    こんな風に怒ること自体、身勝手とはわかっている。
    でも、彼が他の人を見る目と僕を見る目が違うことにはとっくの前に気が付いている。
    その目の奥には僕にしか向けられない感情があることも、何となくわかっているからだ。

    「……あんな男、好きじゃない」

    そうだ。僕の気持ちをわかっていて、自分の気持ちにも気がついているのに。そのくせ見て見ぬふりだ。その上、他の女性と食事に行く手助けをする男なんて。

    「嫌いだ、ドラコルルなんて」

    ぱた、ぱた、と幾つもの雫が勝手に生み出されていくものの、革張りのソファですら僕のこの悲しみを受け入れない。

    ソファに拒否された雫は仕方なしに絨毯が受け止めてその場所を色濃く滲ませる。

    「嫌いだ、大嫌いだ。君なんか」

    僕の心の中のドラコルルにそう投げかけても、傷ついた素振りなんか全くない。いつものように笑って僕に背を向ける。

    それどころか、ファーストレディとなる相手を大切に、と言葉をかけてくる。

    本当に可愛くない男だ。上に可愛がられることは得意なはずなのに、やきもちのひとつくらい妬いたらどうなんだ。

    ぼろぼろ零れ落ちる情けない涙を拭かないまま僕は自分の机へ向かった。

    1番上の引き出しの中にある、一枚の写真を取り出す。

    以前、ピリポリスの行事の時に誰かが撮った写真の1枚だ。本当にたまたまだが、僕とドラコルルがこの写真の隅に2人で入り込んでいる。

    そうは言っても、ハッキリと写っているわけではない。ピントを僕たちに合わせている訳では無いため、本当に隅の方にぼんやり写っている程度だ。

    それでも、この写真を見つけたときに、僕はそっと引き出しの中に一枚だけ大切に保管した。あの男はツーショット写真を撮るようなタイプではないし、これが最初で最後の写真になるような気がしていたからだ。

    僕は道具入れからハサミを取り出す。もう切り刻んで終わりにしよう。こんな不毛な恋、自分が消耗していくだけだ。

    「君なんて」

    ほら、僕。早くハサミを入れろ。

    ドラコルル、君はそんなに立場が大事か。
    同じ気持ちでいるとお互いにわかっていながら、なぜ自分を殺す?

    僕に大統領であれと言うが、僕はそれ以前に一人の人間だ。

    恋だってするし、好きな人と一緒にいたい気持ちだってある。

    「……君が好き」

    こんな時にも自分の気持ちに嘘はつけない僕だ。
    ハサミはその役目を果たさぬまま道具箱へ帰することとなった。

    写真の向こうのドラコルルは穏やかな顔で隣の僕を見ている。この時、僕は別の方向を向いていた。誰も気がついていないと思って、油断していたのか。こんな表情はなかなか見せてくれない。

    「もういいだろ。受け入れて」

    そんな僕の言葉は、写真のドラコルルに言っても届かないとわかってはいる。
    金曜日まであと3日、ドラコルルと何とかもう一度話せないだろうか。

    調べたら僕は明日と明後日が休み、ドラコルルは明後日と明明後日が休み。
    3日間とも見事なすれ違いで僕は苦々しく笑った。神様は意地悪すぎやしないだろうか。両親を早くに僕から奪い、好きになった人とも結ばれぬ運命だ。

    ドラコルルのことだ。電話をかけたところで出てくれない。気が付きませんでしたの言い訳を後になってされるのも目に見えている。



    結局僕は何もできないまま金曜日を迎えた。
    電話も通信機も音を立てるのを待っていたが全くの無音状態のまま3日だ。

    「パピ大統領、あの、今日のお食事楽しみにしていますね」
    「ああ……うん」

    彼女と廊下ですれ違えばそう言われたが、僕の気持ちは全く別の方に向いている。

    ドラコルルの目まぐるしく変わるスケジュールを知りたくてもう一度確認したら、わざわざ今日は仕事を入れたらしい。
    しかも、ピシア内でのものではなくて少し離れた場所に行く類いのものだ。
    そこまでして僕のことを避けなくたっていいのに。戻ってくるのは夜9時でそのまま家に直帰という徹底ぶりだ。

    ちょうど僕が食事を終えて帰る頃合いを見計らってのことなのだろう。

    仕事に身が入らないまま、結局約束していた夜7時になってしまった。
    彼女は嬉々として僕の執務室に来てくれた。
    悪いが、胸が苦しくて張り裂けそうで、食事を取れるような状態ではない。
    何度も謝罪した上で、丁重にお断りさせていただいた。

    こんなに苦しいのであれば、もうドラコルルに想いを告げてさっさと断られた方がいくらかマシだ。
    諦めの悪い、しつこい僕が居なくなるかもしれない。

    「……ドラコルル」

    そうとなれば善は急げで、これから準備して向かえば着くのは夜8時ぐらいになると思う。
    近くに姉も大臣もいなかったのでとりあえず出掛けるという書置きだけ残し、僕は走って官邸を出た。

    慌てていたせいか途中で電話を忘れたことに気がついたがとりあえず行けば会えるだろうからとそのまま向かうことにした。



    「やっぱりまだか…」

    やはり、マンションについてもまださすがに帰宅はしていなかったようだ、車もないし、呼び鈴を鳴らしても応答がなかった。

    かなり急いで来たのでなんだか疲れてしまい、ドアの前に座り込む。

    あと1時間もすれば帰ってくるのかなと思って待っていたが、一向に帰ってくる気配がない。
    帰ってくるだろうと言われている夜9時を過ぎても。

    やはり電話を持ってくるべきだっただろうか。取りに帰ることも考えたが、すれ違いになってはいけない。インターホンに僕が映れば会いたくないと開けてくれないかもしれない。帰ってきたところを捕まえなければ意味がないのだ。

    さらに待って、夜10時になった。やはり帰ってこない。

    もう少し、もう少しと待っていたがもう11時になる。あともうちょっとで僕の誕生日も終わって日付が変わりそうだ。

    これがドラコルルの答えなのかもしれない。
    僕のことなんて、気にも留めないのだろう。
    他の女性と食事をしようが、年齢が年齢なら夜を共にするかもしれない可能性があっても、何もしない。


    もう帰ろう、こうしていても惨めなだけだ。


    ドラコルルから僕への誕生日プレゼントは皮肉にも失恋か。

    そう思いながら立ち上がると、少し離れたところにあるエレベーターが開く音がした。

    中からバタバタと忙しなく出てきたのは、ドラコルルだった。僕が驚いて見ていると、ドラコルルもまた僕を驚いた目で見た。


    「パピ大統領」
    「ドラコルル」
    「……こんなところで護衛もつけずお一人で何をなさっているのです。貴方の部下たちは貴方を方々探している」
    「え?」
    「貴方が突然電話も持たずに一人で出かけたきり遅くまで帰ってこないと。あの女性との約束はいかがなさった。彼女は断られたと言っていると他の者から聞きました」

    静かだが怒気を含んだ迫力あるドラコルルの声に僕は面食らった。

    「それは」
    「もう少しでピシアも動き、ピリポリス中を捜索するところでした。貴方は自分の立場をお忘れになったわけではないでしょう。何故こんな行動を」
    「…すまない」

    僕が謝れば深くため息をつき、ドラコルルはどこかへ連絡していた。多分、官邸やピシアだろう。とりあえず、僕の大捜索はされる直前だったようで、されないままで何とか終わったらしい。

    「官邸と私の部下たちへの連絡は終わりました。以後、周りに心配をかけるような行動は慎んでください。私も貴方がいなくなったとの報告を受けて肝が冷えました」
    「君は今日遠方に仕事に行くと聞いたけれど」
    「仕事がスムーズだったので予定より少し早く帰ってきました。しかし、その後貴方がいなくなったと連絡があり、私も一旦帰宅後に本部へ出向く予定でしたので」
    「それで、こんな時間まで」
    「……他にもあります」
    「え」
    「……貴方が彼女との食事をされたとしても、私は僅かで良いから貴方の誕生日の時間が欲しくなってしまった」

    そう言ってドラコルルが見せたのはホールケーキの箱だった。

    「ケーキを受け取ったあと、副官から連絡が入って、それどころでは無くなりま……」

    僕がドラコルルの胸に飛び込み、間に挟まれたケーキの箱はひしゃげた。
    僕を受け止めるのに精いっぱいだったのかドラコルルも箱から手を離し、無残にもケーキは廊下の真ん中で天地がひっくり返ったまま放置される。

    でも、もうケーキなんてどうでも良かった。

    何で最初からそう言ってくれなかったんだ。僕も君の時間が欲しかったというのに。

    「……大統領」
    「ドラコルル、馬鹿だな君は」
    「役人全員に心配をかける貴方ほどではありませんよ」
    「……後でお叱りは受けるから」
    「当然です」
    「…僅かな時間で良いなんて言うな。全部あげたのに。それなら何で君はあの時」
    「……部下である私にあの場で本心を話せと」
    「もうお互いの気持ちはわかっているのに何で今更隠す必要があるんだ」

    僕の言葉が震える。ドラコルルは面白そうにくつくつと笑って僕の顔を見ようと覗き込もうとしてきた。

    「泣いておられますかな」
    「そんなわけないだろ…」
    「貴方は嘘がお嫌いなのでは」
    「……うん」
    「それではその可愛らしいお顔を拝見しても?」
    「…やだ」
    「何故」
    「……見せたくないから」
    「それはまた頑なですね」

    諦めたようにドラコルルは僕を抱えたまま、カードキーで自分の部屋のドアを開ける。

    「お入りください。ずっと外で待っておられたからか、体が冷え切っています」
    「……うん」



    結局、ドラコルルが姉と大臣に連絡してくれて、今夜はここに泊まることになった。明日、帰ればあの口うるさい2人にしこたまお説教されるだろう。今から既に憂鬱だ。
    でも、今こうして2人でケーキを食べることが出来るのだから、怪我の功名かもしれない。


    恐る恐る箱を開けて二人で覗き込む。

    まあ、当然の結果か。

    「やっぱり潰れちゃってるね」
    「ええ、貴方が自分で潰したんですよ。パピ大統領」
    「わかってるよ、ごめんってば」

    箱を開ければ僕に抱きつかれた挙句、床に叩きつけられたケーキは見事に潰れて原型が分からなくなっていた。
    それでも、確かにそこには職人の業があったようで目でも楽しめなかったことが申し訳なくなる。

    「まあ、味は変わりません。食べましょう」
    「うん」

    1口食べれば生クリームの味はマイルドなのに全然くどくない上品な甘さだった。果物も適度な酸味があり、いくらでも入りそうだ。

    「こんなに美味しいケーキ、どうしたの?」
    「遠方から帰ってきたらどの店も既に閉店していたので、そのうち1件を叩き起して作らせました」
    「……僕が後でそのお店に謝りに行くよ」
    「料金は3倍払いましたから大丈夫でしょう」
    「そういう問題じゃないだろ」

    やっぱり、この男は相変わらずやることが強引というか、何というか。
    でも、それほどまでに僕の誕生日を祝ってくれようとしたのかと思うと、胸の辺りが熱くなる。

    「ありがとう、ドラコルル」
    「いえ…お誕生日おめでとうございます」

    そういえば、と時計を見れば、既に0時を回っていた。

    「……もう過ぎてるけどね」
    「失礼しました。日付が変わってしまいましたね」
    「ううん、でも、いいんだ。誕生日の時間はあまり君にあげられなかったけれど」
    「はい…」
    「これからの僕の時間は全部君にあげるから」
    「それは、何よりも貴重なものですな」

    そう言えばドラコルルは僕にケーキの味がする甘いキスのお返しをくれる。

    不器用で不完全な僕たちみたいに潰れたケーキが僕たちの門出を見届けた。
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