なんだかんだ言って許しちゃうんだよな。/ひふ幻【なんだかんだ言って許しちゃうんだよな。】
訪問の約束をしたのに、幻太郎は不在だった。固く閉ざされた扉を前にして一二三は慣れた手つきでスマートフォンの連絡先から幻太郎に電話をかける。――出ない。あんな顔をしているが素の幻太郎は結構ずぼらで、面倒くさがって着信を放置することを経験上知っている一二三はしつこくベルを鳴らす。
『はいはーい、おっまたせぇ』
コール音が途切れてやっと出た、と文句を言おうと息を吸い込んだ瞬間、底抜けに明るいお返事が一二三の耳に飛び込んできた。
「げんた、ろ……じゃ、ない?」
面食らう一二三に対して、電話の向こうの人物はかなり上機嫌だった。酔っぱらっているのかと一瞬思ったが、かの人物はこれが平常運転なのだろう。一二三は電話の主が誰だか気が付いた。
「なぁんでアメムララムダが幻太郎の電話に出るんだっての」
『あはっ、ひふみんだぁ。オハヨー』
あちらのチームには幻太郎と付き合っていることが知られているらしいから一二三が電話をかけたこと自体に驚かれはしなかった。朝っぱらだというのに乱数のテンションは高い。
「オハヨじゃなくてさ。え? これ幻太郎の電話だよな?」
『そだよ? ゲンタローのじみ〜なスマホ。ベッドの下で拾ったの。今度ピンクのリボンとかでデコっちゃおうかな〜』
「マジでやめて。てか幻太郎は?」
呑気な会話に一二三の機嫌はじりじりと降下していく。約束が破られたことはあまり気にしていない。ただ、原因が乱数にあるとしたら一二三としても面白いものではない。ああ、と乱数が小さく笑った。
『幻太郎ならボクの隣でお姫様みたいに眠ってるよん♡』
「……は?」
言葉の意味が分からず電話越しに呆けているとタイミングよく幻太郎の声が聞こえた。
『ううん……』
少し鼻にかかって上擦った、悩ましげな寝息。聞き間違えるはずもない、幻太郎の声だ。ごそりと電話の向こうで衣擦れの音がする。おそらく幻太郎が寝返りを打ったのだろう。ベッドの上で。――誰の、ベッドの上で?
『……今の幻太郎の声、すっごくえっちで可愛かったねぇ』
乱数の甘ったれたような口調に、嘲るような含みが混じる。これは挑発されてんのか。安い煽りには乗らないつもりだったが、その声を聞くのは自分だけに許された特権だと思っていたのに、と頭の隅によぎってしまいついムッとする。
『らむだあ、昨日のホットケーキ食っていい?』
抗議しようか考えていると遠くの方で寝ぼけたような男の声が聞こえた。乱数、幻太郎ときて、ここまで揃えば答えは簡単。同じチームの有栖川帝統だ。とりあえず乱数と幻太郎が二人きりいうわけではなさそうで一二三はほっと息を吐く。
『もう、ホットケーキじゃなくてパンケーキだってば。……うるさいのが起きちゃったから電話切るね。またお話しようね、シンジュクのオオカミさん!』
「あ、ちょ……」
止める間もなく慌ただしく通話を終わらせられる。一二三はしばらくの間、通話終了の音を聞きながら呆然と立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇
「……うわっ」
「おかえりィ」
――それから数時間後、のんびりと帰宅した幻太郎を玄関先で出迎えると、当の恋人は一二三の姿を確認して驚きの声を上げた。一二三との約束は記憶のかなたに置いてきてしまったに違いない。
「今日、行くって言ったじゃん。電話も出ねーし」
幻太郎はたっぷり三十秒ほど考え込んだのち、ようやく思い出したのかぽんと手を叩く。〝ちゃんとしてる風〟に見えて幻太郎はわりと大雑把だ。帝統などの年下にはお兄さんぶるが、年上には分かりにくく甘える弟タイプである。ま、そこが好きっていうのもあるんだけど。
「すみません、携帯電話を落としてしまったようで……連絡ができませんでした。玄関先で待っていなくてもよかったのに」
「そのスマホはアメムララムダん家にあるんだけどね。遊びに行った帰りなの知ってっから」
叱られた子犬のようにしおらしい表情をしていた幻太郎の雰囲気が一変して、いたずらっ子の顔で首をすくめて舌を出す。
「なんだ。弁解して損しました」
「大人なんだから、約束くらいちゃんと覚えてろよなー」
そう文句を言いつつも、わざと約束を破ったのではなく完全に忘れていたのだろうから、待ちぼうけを食らった件に関しては正直あまり気にしていない。問題は別のことだ。自宅に入っていく幻太郎の後ろからついていって、一息つくのを見届けてから小言を再開する。
「ああいうのさ、やめてほしいんだけど」
「ああいうの……とは?」
「だから恋人以外のやつと一緒にベッドに入ることだよ」
「その恋人さんは小生の行動に随分お詳しいんですねぇ」
幻太郎は適当に茶葉を振った湯呑みの中に電気ポットからお湯を注ぐ。浮かんできた茶葉を避けながら飲む雑さに辟易して湯呑みを取り上げ膨らんだ葉を取り除いてやると、幻太郎は口うるさい小姑でも見るような目つきでため息をこぼした。
「……わかりました。ちょっとこちらへ来てください」
神妙な表情を作った幻太郎に手を引かれて廊下に出る。大人しくされるがままにしていると、彼の向かった先は寝室だった。一二三から手を離した幻太郎は押し入れから布団を引きずり出して畳の上に広げ、そしてなぜかごろんと横たわると掛け布団を半開きにする。
「つまりあなた、乱数と添い寝したから拗ねてるんでしょう。そんなに嫌だったのならあなたともしてあげますよ」
「そ、そうだけどそうじゃねー!!」
ドヤ顔の幻太郎に思わず叫んでしまった。拗ねるとか拗ねないとかじゃなくて、カレシとして当然の要求じゃねぇのこれ。
一二三の眉間のしわが深くなったのを見て幻太郎が取り繕うように手招きする。
「まあまあ、とりあえずお入りなさい。一緒に二度寝しましょう」
「っもう……はぁ~……」
……なんだか、あまりの的外れっぷりになにもかもどうでもよくなってくる。一二三はやり場のない感情を頭の中から追い出してのそのそと幻太郎の横に潜り込んだ。好きな人と寝床にいるというのに、エロい気分も起きやしない。一二三はすっかり寝る体勢になっている幻太郎に抱きついた。
「おりゃっ」
「わ、なんですかもう。赤ん坊みたいですよ」
「俺っち、外で待ってたせいで冷えちゃったの! ていうかマジで今度から他の人には添い寝禁止だかんな!」
幻太郎にはこのまま抱き枕にでもなってもらおう。一二三はあくびをひとつ落っことして、温かいカタマリを腕の中に閉じ込め目を閉じた。
◇ ◇ ◇
「乱数様っ、軍資金貸してくださ……って、なにしてるんだよ」
「ん~」
昼過ぎのこと。朝食を摂ってからパチンコ屋に行っていたらしい帝統が乱数の元に戻ってきた。デスクで細かい作業をしている乱数の手元を帝統が覗き込む。質問には答えず、乱数は使っていた接着剤の蓋を閉めた。
「でーきたっ」
部屋のライトに透かすように持ち上げた幻太郎のスマートフォンは、ピンクやイエローのリボンが散りばめられて可愛らしく変身を遂げていた。
end
―――――――――――――――――――――――――
ポッセはポッセ(友人)枠なので添い寝してもなんも気にならない幻太郎と、友人といえど同じ布団に入ってほしくなくてヤキモチ妬く一二三のお話でした。
閲覧ありがとうございました。
ペーパーラリーのキーワード
D.「シャンパン」