デリヘル呼んだらホストが来た②「……あなたが働いているのはホストクラブでしょう」
「そうなんだけどね。いわゆる、他店のヘルプってやつ。女の子向けの脱ぐサービスは出来ないからゲイ向けに回されたの。ここfragranceの系列店だから」
幻太郎は一二三の言葉にわずかながら違和感を覚えた。ホストが出来てなぜ女の子向けのサービスはできないのか疑問だったが、それよりもまず自分のことだ。
「あなたレベルのホストでもヘルプとか行くんですか」
警戒しながら尋ねると一二三は花が咲くように笑った。バトルのときとは違いよく表情の変わることに、少しだけ驚く。もっと気取ったやつだと思っていた。
「褒めてくれてありがと!」
「褒めていません、疑問に思っただけです」
「あっそう」
俺っちのスマホ返して、と言われたので手渡すと一二三はジャケットの内ポケットにしまいながら幻太郎の質問にのんびりと答える。自分だけが焦っているようで、相変わらず人を苛立たせるのがうまい男だ。出会ったときから、こいつのなにか言葉にできない部分が気に食わない。
「客入りが少ないタイミングってあんじゃん。俺っちのお客さんがっていうより、全体的に……給料日前とかさ。そういうときはたまたまキャストが休んで人手不足の店に回されたりすることもあるよ。たまーにだけどね、俺っちだって単なる従業員だもん」
「そういうものなんですか」
「そーゆーもんっす」
いかなナンバーワンとはいえ、王様のようにふるまえる範囲があるらしい。それはそうか、一二三がどれほど稼ごうが、結局は給料を出している人間が一番偉い。
「そんでお客さん。俺っちとしたいこと教えてくれる? なんか予約ではオプション盛り盛りだったけど」
「オプション?」
「それも覚えてないのかよ、酔いすぎでしょ」
あきれ顔の一二三がしまったばかりのスマートフォンを取り出して再び手渡した。きちんと自分で確認しろ、ということなのだろう。
「半日貸し切りコースで全身オイルマッサージ後に一緒にお風呂、フェラチオ、そして本番あり……!?」
言葉に出して読み上げた幻太郎は唖然とする。そこにはまったく覚えのない内容が羅列していた。衝撃のあまりふらつきそうになる身体を奮い立たせて一二三にスマートフォンを返却する。こめかみを押さえながら、ちょっと待ってください、と断りを入れ慌てて自分のスマートフォンを確認してみると、確かに一二三が見せてくれた内容と同じような返信が届いていた。
「……これ、やるつもりだったんですか」
「まー要望があれば」
一二三は平然とそう言ってのける。ちゃらちゃらしているが存外、肝の据わった人物なのだろうか。欲望渦巻く夜の街で頂点に登り詰める覚悟――なのかもしれない。ちらりと一二三の顔を覗き見ると、変わらず愛想のいい顔を向けてくる。
「どうする?」
「どうする、とは」
「敵だし、ムリそならまだチェンジきくけど」
「…………」
幻太郎は無言で一二三の顔をじっくり見る。こんな時間だというのに疲れている様子はなく、肌は艶々としている。長い睫毛の下で宝石のような黄金色の瞳がこちらをじっと見つめているのを感じて思わず唾を飲み込んだ。自分の敵で、自分の大切なものを馬鹿にした伊弉冉一二三。オオカミと揶揄した男は美しく獰猛な獣のように幻太郎の様子を窺っている。
追い返すべきだ。やっぱりキャンセルすると言うだけでいい。頭ではそう思うのにくちびるが自分の意思に反して別の言葉を吐き出した。
「あなたで、いいです。そのままで」
「……そ」
帰らされると思っていたのか軽く目を見開いて、次の瞬間には一二三のくちびるが僅かに笑みのかたちを作る。親しくもない相手に対してはそういう顔で笑うのか。
なんともいえない高揚感を噛み締めていると、一二三がすっと動いた。
金色の毛束が少し頬に掠めて、あっと思っている隙にくちびるを奪われる。ひとを虜にする夢魔のように、一二三が蠱惑的に囁いた。
「キスはサービス」
「……嘘吐きに嘘を吐くなんていい度胸ですね。キスは基本料金内でしょう」
「あ、バレた。じゃあもっときもちいサービスしてあげる」
「それはそれは、期待しています」
負けじと微笑み、今度は幻太郎の方からキスを仕掛けた。