やきもち どちらかといえば、昔から女性にはもてた。
少年のころは喧嘩が強いというだけでチヤホヤされるものだし、長じてからは、肩書きのおかげもある。南方恭次は高学歴のエリートで、将来を期待される高級官僚のひとりだった。そのうえ容姿も申し分なかったので、実際のところ彼は大いにもてたのだ。
南方の出世をあてこんだ上司や、あるいは財界の関係者などから、縁談のたぐいも引きもきらず持ち込まれていた。ハンサムでエリート、独身で初婚。うまく行けば将来は警視総監。野望に燃えるお嬢様がたやご親族が、躍起になるのも無理からぬところだ。
「それがまあ……どうや」
手元の煙草に火をつけながら、南方恭次は思わず苦笑いした。
「立会人になってからこっち、そんな話もすっかりご無沙汰ちゅう訳よ」
本当に、きれいさっぱり、縁談の話はなりをひそめたのだ。警察上層部において、南方が賭郎の一員であること、搦め手のひとりであることが周知されてからは、浮いた話はおろかこれまでの交友の多くもぱったりと途絶えてしまった。
もちろん、それは構わないことだ。もともと賭郎は非合法の組織であり、そのような勢力と距離を置きたいと考えるのは心理として理解できる。
しかしなるほど、社会というものは世知がらい。
「アホンダラ。そら、単におどれがオッサンになったからや」
隣で同じく煙草をふかしながら、昔なじみがつまらなさそうに言う。
「言うてお前、まだ三十六やぞ」
「もう三十六じゃろ。もてんなったのを賭郎のせいにすな」
門倉も同い年だ。少なくとも南方から見て、門倉が「オッサン」だとはあまり思えない。それが同世代のひいき目なのか、惚れた弱みなのかは今ひとつはかりかねた。
しかし茶化すような軽口が、彼なりの労いであることは南方にもわかる。それを妙に照れくさく感じて「どっちにしろ、オッサンではあるわなあ」と笑って返した。
「けどまあ……ワシにはもてとるよ。お前はそれでええじゃろ、南方」
携帯灰皿に火をもみ消して、門倉はさっさと立ち上がる。おどろいて煙にむせる南方を、してやったの顔で見下ろしていた。
「ワシの前で、女にもてた話なんぞするなや。妬けるで」
スーツの長い裾をひるがえし、笑いながら去るうしろ姿は美しかった。「こりゃ、かなわんのお」とため息をついて、南方も笑った。
万事この調子で、門倉雄大にはまるでかなわない。
昔から、ずっとだ。
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