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    ムヒョ

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    弥鱈✕巳虎

    ##弥巳

    無敵のダーリン キスで一日が始まる暮らしなど、人生において全く想定したことがない。
     けれども、この男にとっては違うらしい。テーブルの向かいで優雅にコーヒーを飲む男の顔を、珍獣を見る目で弥鱈は眺める。能輪巳虎の朝は、おはようのキスで始まるのだ。

    「……なんだよ。あんまり見られると、その、照れるだろ」

     はにかみながら、しかし嬉しそうに巳虎は目を逸らした。
     ふたりはまがりになりにも初めて夜をともにしたばかりで、先方はいまだロマンティックな雰囲気のままなのだ。もちろんそこは弥鱈もやぶさかでないが、ライフスタイルの違いにおどろくあまり、ロマンティックも半分がた吹き飛んでしまった。
     問題はキスばかりではない。言うにことかいて巳虎は「おはよう、ダーリン」と口づけながら弥鱈を起こした。この世でダーリンと呼ばれる人間を『うる星やつら』の諸星あたるより他に知らなかったので、そもそも自分に対して言われたと気づくまでに一瞬の間を要した。
     そういったぎこちない弥鱈の挙動を、巳虎は今のところすべて好意的にとらえているらしい。すなわち、気恥ずかしさゆえと思っているのだ。
     巳虎の実父、すなわち能輪紫音陸號立会人が、彼の妻から「ダーリン」と呼ばれているのは弥鱈を含め誰もが知るところだ。ハリウッド映画よろしく「愛しているわ」「僕もだよ」とキスを交わすふたりを目撃したことも一度や二度ではなかった。その両親のもとで育った巳虎が、彼らのライフスタイルをまるごと受け継いでいてもふしぎではない。
     ただ、巳虎の恋人が自分であり、まさにダーリンと呼ばれる対象にあたる弥鱈にとってはそれも由々しき問題なのだった。
     おどろくべきことは他にもある。朝食に、サンドイッチとコーヒーが用意されていた。自宅マンションの一階にパン屋が入っているのは知っていたが、そこでどんなものが売られているかなど弥鱈は今日まで知らずにいた。そもそも朝食はゼリー飲料で済ませるか、食べないことの方が多い。しかし巳虎は昨夜のうちから一階のベーカリーに目をつけていて、朝の開店を楽しみにしていたのだという。(そう、巳虎はパン屋のことをベーカリーと呼んだ)
     能輪巳虎という男はこれまで弥鱈の周りについぞいなかった人種だし、どちらかと言えばあらゆる意味でいけすかなかった。少なくとも、友だちになれる気はまったくしない。

    「あなたってホント、しゃらくさい男ですよね」

     アボカドとチーズのサンドイッチをほおばりながら、ストレートに理不尽をぶつけてみる。
     巳虎は一瞬片眉を上げたものの、すぐにフンと鼻を鳴らし「でも、お前はそれが好きなんだろ?」と歯を見せて笑った。
     ぐうの音も出ない。なにしろ、洋画じみた「愛しているわ」「僕もだよ」のたぐいだって、昨夜ベッドでさんざんでやらかしている。

    「俺だってなあ。正直、お前と趣味が合うとか気が合うとかは期待してない。けど……愛してるぜ」

     やはり目は逸らしたまま、ぶっきらぼうに巳虎は言った。
     いずれにせよ弥鱈のほうからは肯定するのも否定するのも癪に思われ、ここは寝起きの仕返しがてら、身を乗りだして唇に噛みついてやることにしたのだった。



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