愛していると言ってくれ「口でするぶんには、男も女も変わらねえだろ」と能輪巳虎は言った。
　最初にセックスした日のことだ。男としたことがあるかと問われ、私は正直にないと答えた。
　土壇場で私の気が変わらないよう、巳虎はずいぶん気をつかっていたように思う。私が完全に勃起するまで、彼は服も脱がなかった。
　手と口による愛撫はたしかに心地よかったが、物理的な刺激よりも、能輪巳虎がひざまずいてペニスをくわえる姿のほうがずっと興奮したものだった。
　その日から今まで、私と巳虎の関係は途切れずに続いている。ひとりよがりのカン違いでなければ、いま彼の恋人は私のはずだ。
　じっさいのところ、「男は口の中も男」というのが私のすなおな感想だった。さして経験豊富なわけではないが、巳虎のフェラチオは女性からされるものとは違っていた。ペニスを迎え入れる頬の筋肉は引き締まり、顎ひげが時どき内ももに触れる。そのくすぐったい感触が好きだった。

「しゃぶられながら、なーに笑ってんだよ」

　濡れた口もとを手の甲でぬぐい、上目づかいのまま巳虎が言った。最初の日と違って、私の脚の間でうずくまる彼は全裸だ。均整のとれた肉体が、惚れ惚れするほど美しい。

「いえ、べつに。舐めるの好きですよね、あんた」

　手を伸ばし、やわらかい髪を両手でかきまぜる。猫のように目を細めたまま「バカ言え。お前のだからだよ」と巳虎は笑った。
　よく笑う男だった。ふだん人前で見せるシニカルな表情ではなく、まるっきり子どもの顔で彼は笑う。こんな無防備な能輪巳虎を、かつての私に想像できただろうか。
　巳虎は私の膝をまたぎ、育ちきったペニスの上にゆっくりと腰を落とす。あたたかくぬるんだ場所へ飲み込まれながら、私は恋人の汗ばむ身体をグッと抱き寄せた。角度が変わったせいなのか、荒い息とともに「ああっ」と掠れた声が彼の唇を震わせた。
　向かいあわせに、抱きあったまま繋がる。顔の見える体勢を彼はことのほか好んだ。私の首もとにすがりつき、膝の上で小刻みに腰を揺らす。

「……ああ。いいぜ、気持ちいい」

　耳もとで、巳虎がうっとりとつぶやいた。
　巳虎の性器も硬く上を向いて張りつめ、動くたびに私の腹をこすっている。密着した肌が燃えるように熱い。ゆるく、強く、緩急をつけた律動にあわせて、巳虎の口から湿った喘ぎが止まらなくなった。
　好きだ、と巳虎は言った。
　セックスの最中、彼はくり返し愛の言葉を口にする。
　お前が好きだ、愛してる。歯のうくようなセリフも、彼が言うとそれなりにサマになった。
　私もです。あなたが好きです。ただそれだけの言葉を、私はなかなか伝えることができないでいる。
　かわりに、彼の睦言をふさぐように唇を重ねた。
　強く強く心に思うだけで、胸を灼く感情のすべてが相手に伝わればいいのに。唇に、まぶたに、願いをこめてキスを落とした。

「んっ……ん、んんっ……」

　巳虎は震える腰を泳がせながら、甘ったるく鼻を鳴らした。腹の間に濡れた感触があり、いつの間にか彼が射精したのだとわかった。喘ぐように胸を上下させ、「弥鱈、弥鱈」と私の名を呼ぶ。
　過剰なスキンシップと、あふれる愛の言葉。これまで自分の人生に絶えてなかったものだ。ためらいなく、無遠慮に、能輪巳虎という名の愛が私の心のやわらかい場所を蹂躙していく。
　しがみついて腰を揺さぶり、射精の余韻に震える背中を抱きしめたまま、私もまた巳虎の中に欲望を吐き出した。吐く息も、かき抱く腕も、なにもかもが熱い。

「……あんたを、愛しているんだ」

　気恥ずかしく、どうしても声にはならなかった。唇の動きだけでひっそりと私はつぶやく。
　汗みずくのままもつれあい、互いの精液にまみれた身体を寄り添わせ、かき抱き、なだれ込むようにシーツの海を泳ぐ。
　あたたかいまどろみの中、伝えたい言葉があとからあとからあふれてきたが、私はやはりそれを言葉にすることはできなかった。
　巳虎には伝わるだろうか。
　あなたを愛している。




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