ぱたぱたと駆け寄ってくる足音。軽いそれが誰のものかは、振り返らずとも明白だった。
「お兄さん!」
鈴を転がすような声に振り向くと、九本の尾をもったヴァルポの少女が立っている。
見れば手には小さなバスケットを持っており、ああそういえば今日はハロウィンか、などと思い出した。ロドスに暮らす子供たちが浮足立っていたな、と。
少女はにこっと笑って見せる。
「お兄さん、トリックオアトリート、してください」
「お前が菓子を配る側か?」
「はい!」
普通逆だろう、と思いつつも、期待に満ちた表情でこちらを見上げる目に真っすぐ見つめられ、これ以上茶化す気にもならなくなる。
小さくため息をつき、しゃがみこんで目線を合わせる。
「トリックオアトリート」
そう言うと、少女は満足気な顔になり、手にしていたバスケットから小さなキャンディを取り出した。
「だから今日は、タバコはダメですよ?」
小さな手に差し出されたキャンディを受け取るとき、少女はそう言った。
喫煙所に行くところだとバレていたらしい。ふっと口角を緩め、受け取りながら答えた。
「なら、悪戯を選んでやればよかったな」
「え?」
少女がきょとんとした顔で首をかしげる。
「お兄さん……どんな悪戯するんですか?」
その様があまりにあどけなくて、純粋無垢で、邪な思惑を働かせることすらおこがましく思う。
これがこの少女の持つ不思議な性質だ。
「悪さはする。魔族だからな」
そう言いながら立ちあがり、早速貰ったキャンディの包みを開き、口の中に放る。
「お兄さんは悪い人じゃありません」
足元にまとわりつく少女がそう言ったが、喉の奥で笑い、そのまま歩き去った。