枕元にひとつ、猫目石が置かれている。
目覚めてすぐ周囲を見渡し、即座に抜け落ちている記憶の空白を洞察するのには慣れていたが、この石を持ち帰った理由が推測できない。
大切なことなら、どうにかして覚えておくだろう。そうでないなら、わざわざ目覚めてすぐ目につくような場所には置かないだろう。
不思議に思いつつ身支度を整えていると、不意にテスカトリポカが寝ぐらに現れた。
「よぅ。ちと早かったか」
「おはよう、テスカトリポカ。早かったとは?」
見慣れた現代風の格好で現れたサーヴァントは、特に断りもなく近寄ってきて、簡素な作りの寝台に腰掛ける。ここに座れるような家具は他にないため、特に咎めたりはしない。
「オマエは覚えちゃいないだろうが、二人だけで相談したいことがあるっつったら、朝イチで拠点に来てくれればいいって言われたんでな」
彼のいう言葉には確かに覚えがない。だが、自分ならそういうだろうな、と納得はした。
「そういうことなら、早速本題に入ろう」
「あぁ……ん、その石珍しいな。ここでも出土すんのか」
断りなく煙草を取り出しつつも、その目がこちらの手の中の石に気付いたようだ。
「フィールドワーク中に見つけたのだと思う。枕元にあった」
「ほぉ? 存外ガキっぽい所があるんだな。物珍しい石ころを拾って帰ってくるとは」
「何故持って帰ってきたかわからない。確かに珍しい石だと思うが」
返答しつつ、改めて石を検分する。
掘り出したままではなく、少し見目を整えるよう研磨した様子さえある。恐らくやったのは自分なのだが、それに纏わる一切の記憶はなかった。
容量が足りなかったのか、と納得しかけ、ふと気づく。
猫目石の模様は、薄青に一筋黒色の線が引かれたようなものだった。一般的に猫目石と呼ばれるものは、黄色い中に乳白の線が浮かび上がり、それが瞳孔を細めた猫の目に見えるからと、その呼び名がつけられている。
そうでない色の石にも同じ模様が現れることがあるが、それは厳密には猫目石、クリソベリルとは見做されない。これは、そちらに類する石だ。
ふいにテスカトリポカが笑った。
「真っ先に見たくてそこに置いたんじゃないのか?」
「そうかな」
「何としても成し遂げる事以外は、シンプルに生きるってのがオマエの信条だろう。そんなに頭捻るほど凝った理由じゃなく、単純なもんかもなと思ったんだよ」
言いつつ、咥えた煙草に火をつける。
彼の言い分も一理ある。少なくとも、己れがどういう存在か、どういう目的と動機によって行動しているか、多くを語らずとも見抜いてみせた実績もあった。彼が言うのなら、おおむね正解なのだろう。
もしも枕元に置いてまで、真っ先に視界に入れたいと思うようなものがあったとしたら。
数少ない思い出を並べて想像すると、しっくりとする答えがすぐ見つかった。
「おまえの言う通りだ」
答えつつ、顔を上げ彼と視線を合わせた。
「そして多分、おまえにも最初に見せたかったんじゃないかと思う」
そう続けると、神は愉快そうにくつくつと笑った。
色付きサングラスの奥で楽しげに笑う目の色や模様は、奇しくも手元の石とわずかに似ていた。