プラントでの会議に出席する時のことだった。
コノエの隣をアーサーが歩き、一歩下がってハインラインが続く。その後方にマグダネルが続いていた。何てことはない、よくある会議のはずだった。
対面からザフトの軍服を着た男が歩いてくる。この辺りではよくある光景だった。それが一瞬で世界を変える。
「艦長!」
「アーサー?」
突然大声でアーサーが叫び、コノエの前に出た。どこにそんな力があるのか、と思う程強く体を押され後ろによろめく。
コノエを突き飛ばし、男との間に体を割り入れる。男が背後から見せた手が握っていたのは銃ではなかったが、決していい物でもなかった。
「っ!」
慌てて顔や首など肌を晒す部分を隠したが遅かった。肌に液体がかかる。冷たいとも熱いとも感じず、ただ一部が濡れた。
「くそ!」
コノエを庇ったアーサーに液体がかかったが、目的とは違った為だろう、男が銃を懐から出そうと動く。それを許すアーサーではなかった。
「なに!」
周囲からの援護もなく、襲撃犯は男一人のようだった。
一歩前へ踏み込み、構えようとする銃を蹴り上げる。そちらへ意識が向いた男を地面へ引き倒し、背で腕を拘束する。
「……?」
不意に視界が揺れた。指先の力が抜けていく感覚があり、アーサーは薬のせいかと舌打ちする。
「ハインライン大尉!艦長を安全な場所へお願いします!先程この男から液体を掛けられました。どんな影響があるかわかりません」
「く、」
押さえつけていた男が抜け出そうとする。力が抜け始めているこの腕ではいつまでも対応出来ない、と少々手荒に男を気絶させた。
ぐらり、と体が揺れる。アーサーは急いで上着を脱ぎ、液体がかかった部位をぬぐった。表面を内側にして被害が広がらないように抱え込む。
「トライン少佐!」
ハインラインがアーサーの傍へ駆け寄ってくる。
「駄目です、離れてください」
頭が重かった。視界もぼやけて周りがよく見えない。
「いいから黙って少しでも体力を温存しておけ。何が起こるかわからん」
ハインラインが上着を脱いでアーサーの頭から掛けてくる。次いで勢い良く体を抱き上げられた。
「……艦長は?」
振動が頭に響くが、何より確認したかったことを尋ねる。
「無事だ。少佐が咄嗟に庇ってくれたおかげで怪我ひとつしていない。……感謝する」
普段よりも幾分か柔らかな声音が返ってきたため、アーサーは酷く混乱した。
「……僕もしかしてもう死んでたりします?」
「は?」
たった一言ではあるが、よく知るハインラインの声がしてアーサーは安堵の息を吐いた。
「こんなにたくさん話してもらうのは、はじめてじゃないですか?それに感謝するって」
「……少し見直しただけだ」
「そっか……ああでも、ぶじでよかった……」
そこでアーサーの意識は途切れた。
「少佐!?」
酷く狼狽したハインラインの声がその場に響き渡る。
「ちっ!」
舌打ちしつつ、ハインラインは返事のないアーサーを抱え直した。
先程上着を掛ける前に覚えた違和感が、現実を侵食していく。ハインラインの腕の中のアーサーは確実に、小さくなっていた。
「何をかけられた?まずはそれを確認しなければいけなかったというのに!」
腕の中にいる小さな体を落としてしまわないよう、ハインラインは変わっていくアーサーの体を強く抱きしめた。
******
暫くアーサーに会えない日が続いた。
あの日襲撃してきた男は、ファウンデーション国女王アウラがいた研究所に勤務しており、アーサーにかけた液体もそこから持ち出したのを使用したとのことだった。
アウラも以前はあのような姿ではなかったというから何か関係があるのだろう。しかし研究所は何者かに襲撃され、施設内で行われていた研究のデータは何も残っていなかった。
アーサーの体が小さくなった原因はあの液体だが、詳細な情報はなく検査を繰り返し異変が現れていないのを確認するしか現状出来ることはなかった。
ただ触れて他人にうつるようなものではないらしく、普段の生活に戻れることになった。
「とらいんしょうさではなく、あーさーとよんでください」
コノエの元に戻ってきたアーサーが求めたのは、呼び方の変更だった。舌足らずな話し方、甲高い声はコノエの知らないものだった。
アーサーはコンパスの制服を着ておらす、体にあった子ども用の服を着ていた。この体では副長としての責務を果たせない、この格好で少佐と呼ばれても周囲に不安を抱かせるだけだから、と考えてのことだった。
アーサーは体が幼くなっただけで精神面は以前のままだった。
「かんちょう!もどるのがおそくなってしまいもうしわけありません!それと、ごぶじでなによりです!」
私は無事でも君は無事じゃないじゃないか。
コノエの傍で屈託なく笑うアーサーを前に、そんな意地悪な事を言いたくなる。体が縮み、いつ戻れるかもわからないのに何故そうも笑っていられるのか。
あの時、アーサーはコノエを庇いながら真っ先にハインラインを頼った。
アーサーを抱き上げるハインラインを見て、何故あの場所にいるのが自分ではないのかと強く思った。
胸に灯った感情は嫉妬。醜い嫉妬の光だった。