大人気ないと言われてもアーサーとノイマンが共に過ごすようになって数日、まさかの人物がノイマンを迎えに来ていた。
「お前、一体何したの?」
腕を組み、眉を吊り上げてチャンドラが問い掛けるが、ノイマンが言えることはひとつだけだった。
「俺は何もしていない」
「だったらわざわざ指名されて俺があんたを迎えに来るなんてことなかったと思うんですけど!?」
「予定ではまだ数日猶予はあったと思うんだが」
アーサーと共にいつつも、予定していた任務はこなしていたはずだった。
といってもハインラインの求めるデータの為にシミュレーターを動かしたり意見交換をしたりといった程度ではあった。元々が緊急性の高い任務ではなく、日程にだいぶ余裕があったためアーサーと外出したりしていたのだが、それがよく思われなかった原因なのだろう。
「コノエ大佐から直接ラミアス艦長へ連絡が来ましたよ。チャンドラ中尉にノイマン大尉を迎えに来てもらえないかって。艦長には色々と濁されましたけど」
「俺が何かやったという決定的なことは言われてないんだろ?」
「だから濁されたんだって!」
「それは俺に原因があるんじゃなくて、コノエ大佐の方ですよね?」
振り向き、後方から歩み寄ってくる人物へ問い掛ける。
「大人気ないと思うかい?」
コノエが肩を竦める。
「それはまあ、どちらかと言えば大人気ないと思います」
「そうかあ」
苦笑いを浮かべて、コノエが顎を手でさする。けれどその瞳は笑っていなかった。ここ数日嫌という程見た光景。
わかっていてやっているのだと、ノイマンは理解していた。
それだけアーサーの存在はコノエの中で大きなものなのだと、ここ数日アーサーと共にいるだけで嫌という程実感したのだが、当の本人には何ら届いていないのが現状だった。
理解していないのではなく、元からそんな選択肢などないのだとアーサーは思っている。
少しずつ心の枷が解けていっているのがわかり、もう少しすればアーサーの本心もコノエに届くとは思うのだが、残念ながらこのいい歳をした大人はその時間を待てないようだった。
「それでも彼の傍には私がいたいと思うんだ」
「アーサーに直接言ったらいいんじゃないですか?」
「聞いてくれると思うかい?」
「無理ですね。今の大佐はだいぶ怖いので」
「怖い?私が?」
「ご自身の顔を鏡でよく見ていただければわかりますよ。それかハインライン大尉に聞いてみたらどうですか?あの人、小さくなったアーサーには結構優しいんで」
「アルバートが?」
「膝の上に乗せて一緒にタブレット覗き込んでましたよ」
眉根を寄せるコノエを見て背後にいたチャンドラは察したらしく、ノイマンの制服の後ろを引っ張る。そこへ元気な声が響き渡った。
「あー!!ちゃんどらくんだ!どうしたの、あそびにきたの?なにしてあそぶ?」
軽やかな足取りでノイマン達の傍に来ると、アーサーは何の躊躇いもなくその胸元に飛び込んだ。
「うわっ、とと」
慌てながらもチャンドラはアーサーを受け止める姿勢を取った。飛び込んでくる小さな体を抱きとめる。
「アーサー、急に飛び出したら危ないだろう」
アーサーの背後からハインラインが歩いてくる。
危ないのは飛び出したことじゃなくて突然抱き付いてきたところじゃないか、とチャンドラは思ったが言わずにいた。そんな空気ではなかった。
「ごめんなさい、でもちゃんどらくんがいるなんておもわなかったから」
「それは私も聞いていませんね。艦長、チャンドラ中尉は何故ここに?」
ハインラインの冷めた視線がコノエを射抜く。
「いや、それは……」
「俺を迎えに来てくれたんですよ」
言葉を濁すコノエの代わりに、ノイマンはさっくり答えた。チャンドラがここへ来てしまったからにはもう引き返すことは出来ないのだ。
「えええ!!??のいまんくん、かえっちゃうの?まだじかんあるってあるばーといってたのに」
「私も初耳です。……艦長」
アーサー、ハインラインからの視線を受け止め切れずに、コノエは視線を逸らした。
「ノイマン大尉を引き離すより、その強張った表情と今にも射殺そうとせんばかりの視線をどうにかした方が早いですよ。アーサーでなくともその顔は怖いと感じるでしょうし、普段の貴方からは考えられません。それだけアーサーが大切だというなら大切だと言えばいいでしょう。こんな回りくどい方法を取って、オーブにも迷惑を掛けてどういうおつもりですか」
忌々しいと言わんばかりの声音で吐き捨てるハインラインに対し、ノイマンやチャンドラは苦笑する。
「ハインライン大尉、もう少しオブラートに包んであげてください」
「ここまで艦長が愚かだとは思いませんでしたよ。ノイマン大尉が貴方からアーサーを離していたのは至極当然と言えるでしょう。本当に何考えているんですか」
「のいまんくんがかえっちゃうのは、ボクのせい?」
大人しく話を聞いていたアーサーが不安げに話に入ってくる。抱き抱えていたチャンドラがその背中を、ノイマンが髪を優しく撫でた。アーサーの顔を覗き込み、ハインラインがほんの僅かに目元を和らげる。
「そうではありません。このおじさんが嫉妬に狂っただけの話です」
「しっと?」
アーサーの頬をそっと撫で、ハインラインが微笑を浮かべる。
「好き過ぎて周りが見えない、というやつです」