【遠雷とチョコレート】 最悪だ。車からたった何歩かの軒下へと駆け込んだ一瞬で、ライトグレーのトレンチコートがぐっしょりと黒く色を変えた。買ったばかりの輝くような革靴も、駐車場の川と見紛う汚泥のせいで今やすっかり台無しだ。髪を濡らした雨粒が、頭皮を伝って首へと落ちた。
派手なネオンサインを掲げている街外れのモーテルは、電飾のEの文字が消えていた。おそらくは直さないまま放置しているのだろう。そう思わせてしまうほどには薄汚れている前時代の遺物に、それでも駆け込まざるを得ない状況。それがたった今の僕達だった。
泥と砂にまみれている軋む床板を踏み鳴らし、ペンキの剥がれた扉の前を何回か通り過ぎる。汚泥が一番マシな駐車スペースを選んだからか、受付までが遠かった。
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