願い事の話🥽と🧸
「今日は 七夕だね」
子供用のマグカップをテーブルへことりと下ろして、目の前の『彼』がふいにそんなことを口にする。
子供くらいの背丈。クマ耳に掛けられた小さなシルクハット。感情の読めない表情を更に大きく隠すGUDのカード。こぐま座、α星。
「……存じております。先日基地にも装飾用の笹が届きました」
「うん ぼくが送ったね」
「子供達が喜んでおりました。ありがとうございます」
「それは よかった」
独特な間で紡がれる言葉は、何処と無く心地が良くて、気味が悪い。
「きみは なにか 願い事をしたかい?」
「……貴方に教えるようなものでは無いので。」
「そう ざんねん」
言葉とは裏腹に、その声は寧ろ嬉しそうに聞こえた。
見つめられるのに居心地の悪さを感じて、視線を逸らす。ソファの傍らには控えめな丈の笹がひとつ、据えられている。ひらひらと揺れる淡藤色の短冊には、達筆で『せかいが へいわに なりますように』と綴られていた。綺麗に整った字と、平仮名で綴られた言葉がなんともアンバランスだ。
「今夜は 織姫と 彦星は 出会えるかな?」
『彼』がなんとも無邪気な幼子のように、そう口にする。
「夢を語れるような人じみた感性なぞ、貴方には無いでしょうに」
「ぼくは 子供だからね」
「……戯言を。」
吐き捨てるように呟いた言葉に、『彼』はこてりと首を傾げて笑う。
「ふふふ。きみは つまらない大人だ」
「……。」
調子が狂う。短冊の文字と同じだ。喉に張り付くような歪な違和感を流し込むように紅茶を一気に呷ると、手を付いて立ち上がる。
「帰ります。」
「そう。」
後ろも振り返らずに扉をくぐる。変わらず空調の効きすぎた廊下を早足に進む。
願いたいことなんてなかった。実にくだらない、ありきたりでつまらないことを書いた。
つまらない大人でいい。夢幻を心の底から望むのは、自分でなくていい。
『世界が平和になりますように。』
星を知らない青空はそう願った。
星の正体を知るのは、自分だけでいいのだ。
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🦇と🍳、etc
「……っはぁ、」
扉に『CLOSED』の看板を掛けて、フィストは伸びをして小さく息を着いた。
今日はいつもに増して忙しかった。理由は分かっている。7月7日。今日は『七夕』だ。
正直な所、特段目を引く派手さのないイベントに、インポスター達がこれ程興味を示すのは意外だった。ここら一帯に住むインポスターは、いや、そもそもインポスターという生き物は余程暇を持て余しているのだろうか。なんて、ぼんやりと考えながら扉をくぐる。
店内の入口付近には、短冊の重みで少し頭を垂れた笹が飾られている。近くのテーブルに備え付けられてあった短冊は随分と数が減っている。殆どのインポスターが星に願う風習など興味が無いはずなのに、みな面白半分に願いを綴って行ったようだ。愉快な願い事に混じって、所々にやや物騒な文面が見て伺える。
「……あれ、あの二人は」
ふと手元から視線を上げて、先程まで片付けの手伝いをしていたはずの2人の小さなインポスターの影が見当たらないのに首を傾げる。
「奥の部屋のソファで寝落ちてしまったみたいです。片付けもひと段落着きましたから、そのままそっとしておきましょう。」
今日は特に忙しかったですからね、とミントは申し訳なさそうに、しかしどこか嬉しそうに呟いた。
「折角ですし、お外に飾りに行きましょうか。皆さんの願いがちゃんとお星様に届くように、って。」
「そうしましょうか。……あれ、ミントさんはまだ書いてなかったんじゃありませんでしたっけ」
「あっ、そうでした!先に外に出しておいて貰えますか?書いて後で持っていきますね」
「分かりました」
笹を抱えて外に出ると、夜の空気が静かに揺れていた。笹の葉と短冊が風に揺られて擦れ合い、さらさらと軽い音を立てる。
適当な位置に括り付けると、夜の青の中に揺れる短冊の鮮やかな色合いは、よく映えて見えた。
『強くなる』
『美味いもんを沢山食う』
『ずっとこのままでいたい』
『ししょーとけっこんする!!』
「……。」
奥に揺れる白い短冊を手繰り寄せる。
『しあわせ』
拙い字で綴られたたったの4文字。願いなのか、望みなのか、それとも現状を指しているのか。幼い天使のその言葉の意は、未熟な悪魔には分からない。
ふっと顔を上げると、満天の星々が織り成す光の列伍が、今にも降り落ちて来そうな程にきらきらと瞬いていた。
「今夜は一晩中よく晴れそうですね」
短冊を手にミントが店から出てくる。それをそうっと控えめな位置に結びつけると、満足そうに微笑んだ。
『皆さんの願いが叶いますように』
指先から離れた若草色の短冊は、くるりと回って、少ししてほかと同じように夜風に揺られ始めた。
色とりどりの願いが、重なり合って、触れ合って、ひらひらと舞っている。
「叶いますよ。」
そんな言葉が口をついて出る。隣の気配がこちらを向いて、少し笑ったように感じた。
「叶いますよ。絶対に。」
語尾に力を込めて繰り返す。
それは、願いと言うよりかは、誓いに均しかった。