初めの1歩冬を知らせる冷たい風が、時折窓をカタカタと小さく揺らす。名も知らぬ名曲のピアノアレンジが流れる店内には、暖かな日差しが差す窓辺の席の2人以外に客は誰も居ないようだ。
「…つまりだ、ソイツが言ったことを信じるならそのダチョウとやらの卵を使えばクソデケェ目玉焼きが作れるってワケよ」
いつになく真剣な面持ちでシャウダーはそう話すと、頭に卵を乗せたコックコートのクルー、ミントへ綺麗になぶったスプーンをピッ!と向けた。
「ダチョウ、ですか…。確かに地球に生息している鳥ですが、その卵がうちで手に入るかは…分からないですね」
ミントの曖昧な返答にシャウダーは問題ないとでも言う風に頬杖をついて鼻で笑った。
「卵頭なら行けるだろ」
「僕の名前は卵頭じゃなくてミントです。そもそもダチョウの卵は一般流通してる訳でもありませんし…」
優しい訂正を無視するように手元の皿の上のオムレツの最後の一口を掬うと、軽くスプーンを咥えて揺らした。
「そう言いつつ次来たらちゃんとあんだろ?」
「ふふ。今までも散々無茶ぶりには応えてきましたしね。」
困ったように笑っているが、声は楽しげに弾んでいた。
「…てか、あいっかわらずオマエ食うの遅いな」
唐突に話題の矛先が自分に向いて、ポチは頭の上のさくらんぼが跳ねるくらいに身体をビクッっと強ばらせた。
「っあ…ご、ごめんなさ…」
空っぽになった皿よりふた周りほど小さなその皿の上には、ふっくらとしたオムレツが半分ほど残っている。
(お腹いっぱいになっちゃった…けど)
キュッとスプーンを持った手を握りしめて俯く。
「食わんなら貰うぞ」
「えっあっ」
答える間もなく目の前から皿がひょいと持っていかれる。あっという間に平らげられていく少し冷めたオムレツ。
「…あ、りがとう、ございます」
消え入りそうな声で呟くと、大口を開けたインポスターは小さく首を傾げて
「あ?いつもやってんだろ、意味わかんねーヤツ。」
と軽く悪態をついてスプーンを食んだ。
そんな2人のやりとりを眺めながら、ミントは
(ふふ、ほんと仲良しですねぇ)
なんてのほほんと笑った。
―ピロン。
「…あら?」
不意に、ミントのスマートフォンが短いメロディを鳴らす。ミントはポケットから取り出して暫くじいっと画面に見入っていたが、やがてぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに口を開いた。
「ねぇ、おふたりとも。『なりアモ』に興味はありませんか?」
「あー?なんじゃそりゃ」
聞き慣れない言葉にシャウダーは軽くもたげかけていたティーカップを下ろす。
「ゲームとして模擬試合をして"外"の世界の方と交流するんです。僕も何度か行ったことがあるのですが、とても楽しかったですよ」
何かを思い出しているようにすぅと目を細めるミントにシャウダーは問いを投げる。
「ふーん、ソレいつやんの?」
「ちょうど来週ですね…あら、今回はファングルですか」
「あ、ファングルって…確か」
聞き覚えのある単語に思わず反応する。少し前にニュースになっていて、気になって調べていたのだ。
「噂の島か、なんかデッケェキノコがわんさか生えてるとかいう」
「つい最近調査が始まり一般クルー向けにも公開された場所ですし、議論もそこまで複雑にならないと思いますよ」
「クルーもインポスターもまだマップに慣れてないだろうしな」
「人数も今回は少し少なめですね」
スイスイと画面をスクロールして要項をひとつずつ確認する。
「…それで、どうでしょう?」
そう問いかけられると、シャウダーは興味無さげにティーカップをあおった。
「んー…ま、オレはパス。クルー共となかよしこよしして馴れ合う気は無いし」
でも、と言葉を続けて。軽く考える仕草をしてから、まいっか、と呟くと目の前のクルーに向けて投げかけた。
「おい。ポチ、オマエ行ってこいよ」
「ふえっ」
再び唐突に自分に話を振られて固まる。指先から滑り落ちかけたティーカップを慌ててもう片手で支え、何とか事無きことを得た。
「わ、わたし…!?」
思わず声がうわずる。
「あら、良いんじゃないですか?」
シャウダーの提案に、ミントも乗り気でぽんと手を叩く。
(ファングル…確かに気になる、けど…)
もじもじとしているとシャウダーにグイッと顔を寄せられる。
「どうせ1人が怖い〜とかだろ?ハッ、どうせどいつもこいつも真新しいマップに浮かれてんだから一緒にバカみてぇにはしゃぎゃあいんだよ」
こつん、と爪先でバイザーをつつかれてきゅっと肩をすくませる。
「気になってんだろ、新しいマップ。顔にそう書いてあんだよ。ま、そのうち連れてこうとは思ってたから今回は偵察ってとこだ。」
そう言うと、シャウダーはにいっと意地悪げに口の端を歪めた。
「で、行くだろ?」
乗り気の主に、気弱なペットは逆らえない。
「…は、い」
「んじゃ、決まりだな」
そう言うと満足気に笑い、わしゃわしゃと可愛いペットの頭を撫でた。
「ふふ、なら申請はこちらで送っておきますね」
ミントはニコッと笑いかけるとスマホを操作し始める。それを興味深げに覗き込むシャウダー。
「…なぁ、これ殺し合うだけのヤツはねーの?」
「うーん、かくれんぼですかね?」
「じゃあオレそっちやりたい」
「ふふ、自分がクルーの時は殺されちゃますよ」
「えー、殺されんのはヤダ」
2人の楽しげな会話を耳の端で捉えながら、ポチは小さな自分の手のひらをじっと見つめる。見知らぬ人々、未知の世界。
(お外、まだちょっと怖いけど。)
「…楽しみ、かも」
ぽろりと零した彼女の言葉に、ミントはそっと頬をほころばせた。
…いってらっしゃい。