プロローグ宇宙船、スケルド。カフェテリアには沢山の子供の走り回る足音と、楽しげな笑い声が響いている。大人のクルーの茶色は興味無さげにタブレットを弄りながら、時折顔を上げてはカフェからは出るなよ、と言うだけだった。
どこにいくんだろう。
バナナはぼんやりと考えながら、窓辺で静かに外を眺めていた。窓の外には目が眩むほどの闇が広がっている。何故だか少し怖い、だけど目が離せない。まるで何かに取り憑かれたように、その場から動けなかった。
「ねぇ!」
弾けるような明るい声に振り向くと、ローズが無邪気にニコニコと笑いかけてきた。
「おにごっこ、しないの?」
ふるふると首を振る。
「そっかぁ…」
ローズは残念そうな表情を浮かべる。そのまま走り去ろうとして、何か思い出したようにパッと振り返った。
「そうだ、白ちゃんがどこに行ったか知らない?」
首を振る。
「カフェのお外に出ちゃったみたいなの…でも探しにも行けないし」
困ったような表情を浮かべるローズ。ふと、視界の奥で白い影が動いた。
「…あれ」
「ん?…あっ、白ちゃーん!」
白の姿を見てパタパタと駆け寄って行くローズ。
(…なんだろう?)
バナナは僅かな違和感を感じた。何だか、何か不安になる。
「カフェから出ちゃだめじゃん!…ねぇ、どうしたっ」
ローズの小さな身体が、放物線を描いて大きく宙へ舞った。走り回っていた子供達の動きが止まる。
ぐしゃっ。
力無く墜ちた綺麗な薄桃色の身体が、どろりとした赤に染められていた。
「やっ…」
つかの間、悲鳴が響き渡る。
白は小さな身体を震わせて、赤く染まった触手をうねらせて手当たり次第に襲ってくる。
「うっ…うわぁああああっ!!」
茶色は一目散にアドミン方面へと走り去って行った。
子供達も散り散りに逃げていく。白は他の子供を追って消えていった。
遠ざかる悲鳴が響くカフェテリアの真ん中で、バナナはただ呆然と眺める事しか出来なかった。
バナナは孤児だった。親の顔など覚えておらず、気が付けば施設にいた。
バナナには幸福が理解出来なかった。何に笑って、何に喜べば良いのか、何も分からなかった。ただありとあらゆるものに無関心に、ぼんやりとしているバナナを気味悪がってか、施設の職員はバナナの事を邪険に扱った。それでもバナナは、何も言わずにぼんやりと過ごし続けていた。
職員に連れられて船に乗せられた。
初めての船、初めての宇宙にはしゃぐ皆を横目に、バナナはぼんやりと外を眺めるだけだった。
遠ざかる星を眺めながら、僅かな、漠然とした予感に胸をざわつかせつつ、
ただ運命に身を委ねた。
腹部にじわりと熱を感じる。宙ぶらりんに揺れる視界の中、壊れた玩具のように嗤う白が見える。
ああ、刺されたのだ。
他の皆はもう死んでしまったのだろうか。カフェテリアから1歩も出ていないバナナにはそれすらも分からなかった。
ずるん、と腹に刺さった触手が引き抜かれ、地面に叩きつけられる。
じわりと、生暖かい感触が広がる。力無く床に横たえた手に触れた温もりが指先を濡らした。
…痛い
身体が熱い
力が入らない
痛い、痛い、痛い
怖いよ
「…だれか」
小さく言葉を紡いで、バナナはゆっくりと意識を手放した。