朝焼け色に手を伸ばして夜の名残が頬を撫でる。
エアシップの展望デッキに佇む桃色の影は手すりにもたれ掛かり、心地よい冷たさに目を細めた。
淡い桃色が星の残る寒空に産声をあげ、一面に広がる絹のような雲は今に顔を覗かせんとする光を優しく包み込んでいた。
浅く息を吐くと白い息が風に攫われて行った。
ぼんやりと眼前の雲に向けて手を泳がせる。すぐそこにあるように見えて、指先にかすりもしなかった。
不意に誰かの気配を感じて振り返ると、いつから居たのか、橙色の彼が立っていた。目が合うと少し戸惑ったように目を泳がせて笑い、こちらに向かって近寄ってくる。
…なんでそんな不安そうに笑うのだろう。
彼は自分と同じように手すりにもたれ掛かると、小さく息を吐いた。
「今日は早いんだね」
何となしに話しかける。
「目が覚めちゃってさ」
「そっか」
つかの間の沈黙が2人を包む。
「…綺麗な朝焼けだな」
「そうだね」
「ロセウスと、同じ色だな」
彼は真っ直ぐとこちらを見つめて、いつもよりずっと静かで穏やかな声で笑いかけてくる。
「本当に、綺麗だ」
バイザーに反射する朝の光がキラキラと眩しい。
「...」
私はこんなに綺麗じゃないよ、と言いかけて言葉を飲み込む。こんな事言ったって困らせるだけだ。それに、彼が言いたいのは単純に空の色が綺麗だと言うことだけだろう。
「...んー、そうだね」
努めて淡白な調子で答えると彼は何か言いたげにしていたが、すぐに諦めたように曖昧に笑った。
「後でココアつくろっか」
そんな顔を見るのが苦しくて思わず小さく言葉を零す。たちまちぱっと表情を明るくする彼を見てほっと息を着く。
風はまだ、夜の冷たさを纏っていた。
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不意に深い眠りから目を覚ます。カチカチと無機質に刻む目覚まし時計の針は6時前を指していた。なんだか今日は嫌に目が冴えている。
(…二度寝はできそうにないな)
ふらりと部屋を出て、気がつけば理由もなく展望デッキの近くまで足を運んでいた。
誰か先客が居るようだ、と覗き込んむ。
どくり、と心臓が跳ねる、音がした。
恐ろしいくらいに綺麗な朝焼けの中に、桃色の彼は佇んでいた。
小さな背中は目を離したら消えてしまいそうなくらいに頼りなくて、手を伸ばしたら空に解けて行ってしまいそうで。
押し寄せる感情が喉の奥に絡んで、無音の言葉が空を切った。
不意に彼がこちらへと振り返る。曖昧に笑って歩み寄ると、少し不思議そうな顔をされた。
ほぅ、と軽く息を吐く。白い息が雲に混じっていくようだった。
「今日は早いんだね」
「目が覚めちゃってさ」
彼はそっか、とだけ呟いてまた視線を戻す。何か言いたい事が、言わなきゃ行けない事が沢山ある気がして、でも上手く言えない。
「…綺麗な朝焼けだな」
なんの他愛もない言葉が口をついて出る。
「そうだね」
彼は至って淡々と呟く。
「ロセウスと同じ色だな」
混じり合う目線。バイザーに散る光は夜明けの星のようだった。…ああ、
「本当に、綺麗だ」
何よりも。誰よりも。
小さな沈黙。彼は少しだけ目を泳がせて、それからいつもの調子で答える。
「…んー、そうだね」
「…」
なんだか、まだ言いたい事があるような気がするのに喉につっかえてるようで上手く形にならない。まどろっこしい感覚を誤魔化すように曖昧に笑って見せた。
「後でココアつくろっか」
気を使ってくれたのだろうか、彼がそんな事を呟いた。"ココア"の単語に思わず心が弾む。彼のココアは格別なのだ。
空はゆっくりと、朝の色を覗かせていた。