route:teller空白。
世界が終わり、また始まるその再構築の瞬間の、空白。
そんな文字通り何も無い世界にふたつの影が漂っていた。
「…どうしたの、トード。」
エッドの姿を模した願望機は、眼前の男に問いかける。エッドの決意の元、この世界はハジマリを迎えようとしているというのに。それは、少なくとも願望機が見ていた限りでは彼が最も望む世界だったはずなのに。
不思議そうに瞬く友人の姿に、トードは一つ、笑みを浮かべた。
「なァ、願望機。世界が再構築されりゃ、俺らは当たり前だが無になる。記憶も魂も一から作り直される。そうだな?」
「そうだね。それがどうかした?」
さも当然の事を、けれどそれ故にエッドが決断を先延ばしにしていた事を、彼は繰り返す。
「この終わった世界にいたこと。エッドが馬鹿みたいに悩んだこと。誰もそんなことを知らずに世界が生まれ変わるのが、俺はヤなんだよ。」
ひらり。神様擬きとなっていたエッドの眷属である証の白いケープが揺れる。願望機は瞬いた。彼は自分の思ってるほど理性的ではなかったのだろうか?それとも別れの時にセンチメンタルになったのか。
けれどそのどれでも無いことを、トードの瞳に燈る焔が告げていた。
「俺を組み込め。たった一人、この世界を知る者として。」
あゝ。彼もまた、友人想いの愚か者だったのだ。
「…キミが世界に組み込まれることはできない。」
「いいや、できる。“俺”という存在すら失くして、“記憶を持つ概念”としてならば、組み込めるんだろ?“願望機-オマエ-”は案外その辺の認識は緩い。魂を引き継げなくとも世界概念としてならば、存在を捨てちまえば、俺はそこに居られる。」
「……それはつまり、キミは、“トード-キミ-”を捨てるってことだよ。」
「はなっからそう言ってる。」
不敵に笑みを深めるトードに、願望機は動揺もせず、ただ少しだけ悲しそうに笑った。
エッドは、あの神様はきっとそんなこと望まない。でも目の前の男はそれすらわかってる。だから世界の終わる瞬間、皆が眠りについた後にこうして、願望機に話しかけに来たのだから。
「…わかったよ。なら、世界の方針を上書きしよう。名前を付けて、この世界に。」
「名前?」
「そう。エッドに貰った名前のままじゃいけないから。」
「名前、なぁ。なら、そうだな…………」
***
「ねぇ、ホントにいるの?」
「居るらしいけどな。」
ダーダム通りのある一軒家の中。青年程度の年齢の男性達がダカダカと音を立てて、古びたその家を徘徊していた。
曰く、この家はずっと昔、それこそ云十年前からこのダーダム通りに佇んでいるらしく、その家の中のある部屋には一人の浮世離れした男性が座っているらしい。そんな噂を聞きつけた、好奇心旺盛な三人の青年はその男性を探すように部屋の扉を次々と開け放っていった。しかし、残すところあと一部屋となってもそんな人影どころか、生活の兆しすら見えない。
「やっぱり嘘だったんだよ!早く出よう。」
「まだあと一部屋あるだろ、ほら。」
ガチャリ。誰も期待しない中その扉は開かれた。
「…ヤァ。」
「わぁ!?誰!」
突如、三人以外の声色が響く。咄嗟に一人が悲鳴を上げた。跳び上がらん勢いのそれに、クツクツと喉を鳴らして、その男は笑う。
「出向いて来といて、誰はねェだろ。」
異様な男だった。真っ白いケープのフードを被り、その赤茶色の頭髪はわずかしか見えない。周りの家具は古びているのにケープだけは輝かんばかりに白く、裏地の緑色は春の若芽の様に鮮やかだった。アシンメトリーのピアスを両耳に着け、右耳のピアスの紫の石がチカチカと反射する。胸元の、フードの下に付いた緑の宝石の様なブローチと、ケープの中に着ている青空色のシャツのコントラストが、嫌に目についた。異様としか言い様のない男に、三人の中で一番口の悪い青年が声をかける。
「こんな古い家に人がただ座ってりゃビックリもするだろ。」
尤もだが、それはそうとして自分達は不法侵入者、驚くべきはむしろ相手の方ではないかと口を閉ざしたままの青年は思うがそれはそれ、棚に上げて一つ頷く。
その姿を見てまたもや、可笑そうにクツクツ喉を鳴らした男は「そうだなァ、」と呟いた。なんだか馬鹿にしてる様な響きだ。
「そもそも、誰だよ。」
「誰?アー…残念、誰でも無い。けどまぁ、“語り部-テラー-”っていつも名乗ってるな。」
ふざけた調子なのに、なんだか取っ付きにくい。そして、目を離せない。男はわずかに芝居がかった動きで肩をすくめてから、ふと青年達に向き直った。
「なぁ、お前ら。この世界の名前を知ってるか?」
問い掛け。要領を得ない、というよりも意味不明のそれに三者三様に首を傾げる。口の悪い青年が「あるわけねーだろ。」と突っ掛かれば、男は待ってましたと言わんばかりに瞳を細めた。
「あるんだよ。」
有無を言わせぬ響きだった。決して怒気などはなく、張っているわけでもない。それなのに、そう、と思わせる説得力のある声だった。
それまで黙っていた青年が、思わず、といった調子でとうとう口を開く。
「…なんて、名前?」
それに対して男、_テラーはそっと、優しく、まるで思い出話をするかの様に微笑んで、言った。
「この世界の名前はな、」
其れは、内緒話をする子供の様な、声だった。
「“EddsWorld-エッドの世界-”。」