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    RLRK0128curl

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    RLRK0128curl

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    宗徳と寧々さん、元夫婦の話。これ以上書けなさそうなので上げます、CP色濃いので今回はタグなし。
    八雲J、爽子J、花岡J、篠塚J(あと名前しか出てないけど清心Jと后子J)お借りしました。

    わたしたちのエスケープ「今日はお時間ありがとうございました」
    「此方こそ、今後ともよろしくお願いします」
     社交辞令に見送られ、乗り込んだエレベーターが重々しく扉を閉じる。下降を始めると同時に、思わず溜息が出た。
     普段なら全レースが終わればすぐ帰宅していたのだが、今日に限って運悪く、帰る直前にオーナーの集団と鉢合わせてしまった。これが勇将や親父なら上手いこと立ち回れただろう。残念なことに俺には回る舌も愛想もない。断る間も無くあっという間に新宿の鉄板焼屋に連行された。それからは、薦められる酒を何とか躱しながら相槌を打ち続け、今に至る。祝勝会やレセプションパーティーには何度も出席しているが、やはりこういう場は得意になれない。
     腕時計を見ると、短針がもうすぐ八を指すところだった。足早に鉄の箱を降り、車を探す。薄暗い地下駐車場は、上階とはうって変わって、空気が停滞したように静まり返っている。方々に響いては幾つも返ってくる靴音のせいで、何だか今の自分の位置がわからなくなりそうだ。遠隔キーを押したら、数歩後ろで解錠音がした。
    運転席に乗り込んだところで、ポケットのスマホが震えた。こんな時間帯に掛けてくるとしたら、調教師かエージェントか。しかし、ポケットを探ってみると、着信を受けたのは仕事用ではなく、あまり使っていないプライベート用の方。それならば、実家ないし親友二人だろうか。どちらにしろ今日はもう帰りたい。適当なところで切り上げさせてもらおう。そう思いながら、画面を開いた。表示された名前に指が止まった。
     その番号から、この日、この時間帯に連絡が来たのは初めてだ。普段なら、俺が休みの月曜か、追い切り終わりの水曜に掛かってくる。何かあったのだろうか。色々な考えが頭を巡るが、先ずは出ないことには話も出来ない。小さく咳払いをしてから、ゆっくりと通話マークをタップした。
    「もしもし、寧々さん?」
    『あ、あの、我妻さんすみません……八雲です』

     法定速度ギリギリで首都高速を車で飛ばし、三十分弱。駅前通りを少し入ったところ、送られてきた住所に一番近いパーキングに停めて、先を急ぐ。飲み屋が立ち並ぶ十字路を抜けてすぐのところにあったその店は、カジュアルな雰囲気の居酒屋だった。店員に待ち合わせだと伝えれば、事前に知らされていたようで、すぐに奥へ案内される。こちらです、と通された半個室の座敷を見ると、見知った男が少し疲れた顔でフライドポテトをつまんでいた。
    「……なんで拓真がいる」
    「虫除け」
     そう言われて、集まっている面子を見回す。八雲を始め花岡、篠塚、妹の方の三屋。女性ばかりだ。なるほど、だから今日は拓真が素面のままなのか。彼女達は全員、手綱と鞭を唸らせ勝利を攫う第一線の騎手だが、世間から見たらただ若い盛りの娘にしか見えない。最悪、下世話な週刊誌記者に付き纏われたり、トラブルに巻き込まれてしまう可能性もある。そうならないよう、親父かシャリー先生辺りが言いつけたのだろう、妥当な人選だ。よく見たら、拓真の横で坂東が気まずそうに縮こまっていた。これは虫除けに役立つのか。
     俺をここまで呼び出した当の本人はというと、向かいの席の端で、八雲にくったりと寄りかかっていた。
    「寧々さん、寧々さん」
     すぐ横の土間に膝をついて声をかけると、寧々さんは、ぱち、ぱち、と緩慢な瞬きの後、首を傾げた。無造作に下ろされた髪が、はら、と肩から溢れる。
    「あれ、むねのりくんだぁ」
    「ああ、宗徳くんだ」
     一瞬、全員から視線を向けられたような感じがした。何かおかしなことを言っただろうか。
    「帰ろう、少し飲み過ぎだ」
    「そんなことないよぉ」
    「そんなことあるから迎えにきたんだ」
    「えー」
     不満そうだが、絵に描いたような泥酔っぷりで言われても説得力はない。素面のあんたなら、一人できちんと座れるし、もにょもにょと謎の呪文も唱えない。それに酔っ払いは皆それを否定するものだ。
     比の打ちどころのない寧々さんの、ほぼ唯一と言っていい欠点が、酒癖が悪さだ。周りを巻き込んでハイになり、しかもなまじ酒に強いため、寧々さんが酔っ払う頃には周りは既に潰れている。暴れたり酌を強要したりしないだけまだいいのだが、本人もかなり気にしており、飲み会に出ても基本ウーロン茶一択にしている。
     しかし今日は、慕ってくる後輩との席につい気が緩んだらしい。彼女の前にはビル群のようにジョッキやグラスがずらっと並び、他の面子も、皆ぐったりとした様子でお冷やをちびちびと舐めている。
     本人はまだまだ飲み足りないようで、左右にふらふら揺れながら近くのジョッキへ手を伸ばそうとするが、酔っ払っているため宙を掴むばかり。これ以上飲ませてはまずいと、後輩たちが先回りして、彼女の届く範囲から残りを退けているのだから、まあ当然なのだが。
    「ほら、帰ろう」
    「んー……」
     帰る帰らないの応酬を五分程繰り返した後、渡されたお冷やを飲んだら気が済んだのか、やっと帰る気になってくれた。八雲の手を借りながらなんとか靴を履かせ、右肩に寧々さん、左の小脇に彼女のコートと鞄を抱える。財布から諭吉を二枚取り出し、卓上に置く。
    「世話をかけたな」
    「おう」
    「お気をつけて……」
     いつも通りの拓真と、心配そうな後輩達に見送られて、店を後にした。

     千鳥足の寧々さんを支えながら、元来た道を歩く。酔っ払いだらけの中、一人正気でいるのはなんとも変な心地だが、今日ばかりは酒を断っておいて本当に良かった。寧々さんはというと、途中のコンビニで買った水やらゼリー飲料入りの袋を片手に、鼻歌混じりでご機嫌だ。
    「ふふ、ふ〜、あっ」
    「ほら、頑張って立ってくれ」
    「わかってるよぉ」
     来た時の十倍の時間をかけ、やっとのことでパーキングに辿り着いた。これだけ酔っているのだから後部座席に寝かせるべきかと一瞬迷ったが、高速に乗る上、万が一を思うと寝心地は悪いがきちんとシートベルトを閉めたほうがいいと結論を出し、助手席に座らせてコートを肩までかける。出来るだけ揺らさないようにしながら、車を出す。
     大通りに出ると、店々で明るかった周囲が一層明るくなった。来た時には急いでいたから気付かなかったが、対向車線との間の並木がイルミネーションで彩られていた。
    「きれいだねぇ」
    「ああ、そうだな」
     そういえば、この前乗りに行った大井競馬場も、こんなふうに派手に飾られていた気がする。一人でいると、こういった年中行事にはどうにも疎くなる。
     駅前ロータリーの出た辺りで、寧々さんが、あ、と小さく呟いた。気分でも悪いかと聞けば、ううん、と首を振る。それから、後ろを指差した。
    「むねのりくん、あっちじゃないの?」
     あっち、とは。少し考えてから、ああ、と一人で納得した。これから向かう寧々さんのアパートは美浦トレセンのすぐ近く、一方俺の自宅は京都市内にある。一緒に帰るどころか真逆の方向だ。国道に入る時、右折したのを不思議に思ったのだろう。酔っていても、細かいことによく気がつく。寧々さんはそういう人だ。
    「今日は、実家に顔を出さないといけないんだ」
     ついでだから気にしなくていい、と暗に伝えれば、そっかぁ、とあっさり納得してくれた。実家に行くのは嘘ではない。深夜にいきなり帰省したとしても、母は小言一つで許してくれるだろう。
     運転の傍らで、寧々さんは先程の席での話を聞かせてくれた。八雲が最近、調教後に熱心にアドバイスを求めてくること。この前のファン感謝祭で、花岡が白綾と大喜利大会を繰り広げたこと。篠塚がお手馬に合わせて腕の筋力強化に励んでいること。三屋妹の兄妹喧嘩と、それに巻き込まれる坂東のこと。取り立ててお喋りな方ではない寧々さんが、誰かに話したくなる程、あの時間は楽しかったようだ。それでも酒の睡魔からは逃れられないようで、高速に差し掛かる頃には、うとうとと船を漕ぎ始めていた。
    「着いたら起こす、寝てていい」
     そう言うと返事の代わりに、額と窓がぶつかる、コツン、と小さく固い音がした。

     東京を出てどのくらい経っただろう。高速道路を走る時程暇なことはない。工場地帯と田園、時折横から割って入ってくる無礼な運転手の車だけを眺めて走っていると、時間の間隔が麻痺してくる。何かあったと言っても、一瞬いつもの癖で一服しようとして、一人ではないことを思い出し、咥えただけで終わったことくらいだ。
     ふと横目で見れば、寧々さんは窓ガラスに熱った頬をくっつけて、気持ち良さそうに眠っている。その向こうを他の車のライトがすり抜けては、長い睫毛の影を落とし、消えていく。光が流れていく様は、遠目には幻想的に輝いて見えるが、その中にいると目に痛い。起きている俺がここまでなのだから、眠たい寧々さんは余計に眩しいのではないか。失念していた。やはり、後ろで寝てもらった方がよかっただろうか。
     そんなことを考えていると、今にもくっつきそうな瞼の奥、アルコールでとろけた瑠璃がその色を覗かせた。こちらを向くと、ぱち、と控えめに瞬く。
    「……ふふ」
     いとけない吐息と共に、ふにゃり、唇がやわく綻んだ。シロップを垂らされた角砂糖が崩れるように。弛んだ蝶結びが自然に解けていくように。
     寧々さんは、俺より二つ歳上で、世間から見ても自立した大人で、どちらかといえば綺麗という賛辞が似合う、聡明な女性だ。けれど。無邪気に描かれた珊瑚色の弧線と、眠りの淵を揺蕩う瞳はあまりにも愛おしい。日頃、彼女から一心に愛情と真剣な眼差しを注がれている馬たちですら、こんなふやけた表情は知らないだろう。
     フロントガラスの上をインターチェンジの案内標識が追い越していく。名残惜しいが、一時間半と少しのこの道のりも、後少しで終わる。出来るだけゆっくりと、ハンドルを左に切った。


    「寧々さん、鍵はどこに入ってる」
    「ん〜……かばんのとこ」
    「わかった、あと少しだから、ほら」
     むずがるのを宥めながらなんとか鍵を開けた。寧々さんの靴を脱がせ、自分も踵を踏んで靴を脱いで上がる。行儀が悪いと実家からお叱りが飛んできそうだが、今は仕方ない。
    手探りで電気をつけると、数年ぶりに目にする彼女の部屋が姿を現した。ひとまず、寧々さんのコートを脱がせ、ベッドに寝かせる。結局手をつけなかったゼリー飲料やらを冷蔵庫に入れていると、くしゅん、と小さいくしゃみが聞こえた。晩秋の美浦は寒い。急いで羽毛布団を掛けてやると、暖かさにその中へとすぐ潜り込んだいった。エアコンをつけようと思ったがリモコンがどれかわからず、しばらく二本のリモコンを見比べて、なんとかつけられた。
     適当なハンガーを拝借しコートをかけていると、くん、と裾が引っ張られた。振り返ると、寧々さんが手を伸ばし、俺のジャケットを慎ましく摘んでこちらを見上げていた。
    「むねのりくん」
    「うん?」
     すぐ隣に屈み、マメと擦り傷が目立つ手が冷えないように、もう一度喉元まで掛け直す。もう眠気はピークだろうに、寧々さんは俺と目線が合っているのを見てから、あのね、と呟いた。
    「ごめん、ね」
     それだけを言うと、かろうじて瑠璃色を見せていた瞼はまた下りてしまった。寝入り端に零された言葉が、鼓膜の奥で音叉のように、静かにわんわんと響く。
     そうか。ごめんね、か。
     別に、これくらい何ともないのに。迎えに来いと言うのなら、どこにだって飛んでいく。俺は、寧々さんのためにならなんでもしてやりたい。自分の出来る限りの全てを、望まれた分、全てを叶えてやりたい。
     でも、彼女にとってはそれは申し訳ないことなのだ。きっと明日の朝になれば、「昨日はごめんね」から始まるメールが届くだろう。直に顔を合わせることがあれば、重ねて謝罪をしてくるだろう。当然のことだ。俺たちはもう、他人なのだから。
     出る前に、部屋を見渡した。キルト調のカーテンとベッド、整頓された台所。テレビの前に並ぶ、猫のぬいぐるみと担当馬の口取り式の写真。前の家から持ってきた大きな本棚以外、何一つ覚えのないものばかり。ここに、俺がいられる隙間などない。
    「おやすみ、寧々さん」
     そう呟いて、借りた鍵で扉を閉めた。



    ──ガシャン



     金属のぶつかり合う音で目が覚めた。それから、足音が遠ざかっていく。どうやら宗徳くんが鍵をかけて新聞受けに入れてくれたらしい。
     髪の先から、わたしのものじゃない匂いがした。ラム混じりの煙草の匂い。まだぼんやりする脳裏に、白と水色が浮かぶ。節くれて擦り傷だらけの指が、内ポケットからそれを取り出して、着火するのを眺めるのが好きだった。
     まだ同じ煙草なんだな、と嬉しくなると同時に、前よりずっと濃くなったそれに後ろめたさで苦しくなる。彼の何かしらが変わったことを、寂しいだなんて思っている。自分から別れを切り出したくせに、浅ましい。
    「……あーあ」
     やだなぁ、歳を取ると感傷的になる。テーブルの上、半分残ったミネラルウォーター。その表面を、つう、と雫がすべり落ちていったのを見届けて、私はまた瞼を下ろした。
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