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    liliput

    @liliput

    好き嫌いなく何でも食べます。

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    liliput

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    ついったで話が出たのでかつてバレンタイン用にこねていた書きかけを晒します。続きができるかどうかは未定です。
    うさちょむ前提うさしい、しいなさんが🐰さんちで一緒にチョコレートを作るだけの話です。多分……

     ちらりと腕時計に目を走らせて時間通りであることを確認すると、しいなは深呼吸した。そして目の前のマンションの扉を見上げる。クラシックな雰囲気の品の良い低層集合住宅、いわゆるヴィンテージマンションと呼ばれるタイプのそれは、大きな都立公園の傍らの閑静な住宅地に佇んでいた。向こう十数年は絶対に価格が下がらないだろうそれは、銀行員が選ぶ物件としていかにもそれらしい。
     しいなは意を決してインターフォンを押した。すぐに柔らかな男性の声がはい、と聞こえ、エントランスの扉が開く。建物の奥の角、彼の部屋の扉を叩くと、いつもと変わらぬ柔和な笑顔がしいなを出迎えた。
     宇佐美銭丸、しいなの恐ろしい上司。

     いらっしゃい、上がってくださいという声に従い、しいなは宇佐美の後に続いた。穏やかな冬の陽が射す室内は機能的ながら質の良い調度でまとめられ、すっきりと片付いている。一人暮らしにはやや広すぎるが、来客が頻繁にあるなら必要な広さなのかもしれない、という程度のゆったりとした間取りである。いかにも宇佐美の部屋、という印象だ。しいなは素早く室内の隅に目を走らせ、半ば職業的な癖で値踏みし、そして宇佐美らしい丁寧な資産維持に密かに感服した。宇佐美はそんなしいなの視線など全く気付かぬ態度でしいなをダイニングに通すと、どうぞ座ってくださいと言ってキッチンに立った。
     しいなは茶を淹れる己が上司の姿を改めて見た。整った鼻筋に形のよい細い顎、長い睫毛の脇をふさふさとした前髪が一房垂れている。ピンと伸びた背筋と引き締まった体躯を普段は手入れの行き届いたスーツで覆っているが、今日は休日らしくくつろいだタートルネックのセーター姿だ。
     美しい男だ、と思う。しいなに向けられる彼の笑顔はいつも優美だ。もちろん、宇佐美がただ優しいだけの男でないことをしいなはよく理解している。しかし、彼の恐ろしさは相応の出世欲と、そして部下である自分たちを守り導くための武器であると解釈していた。上司に頼り甲斐があるのはいいことだ、しいなはそう思う。宇佐美は賢く有能で、部下の話に耳を貸し常に礼節ある態度で接し、部下を信じ任せるべきを任せ、無茶な労働を強いたりしない。現にこんな風に、もし困ったことがあったら宇佐美にはなんでも相談できる。しいなにとって申し分のない上司だ。

    「宇佐美主任、すみません。こんなことで」
     しいなが持参した紙袋から手土産を取り出そうと探ると、宇佐美は微笑みながら答える。
    「いいんですよ、私もチョコレートは好きですから。それに皆も楽しみにしていますからね」
     キッチンから珈琲の香ばしい匂いが漂い、ふとしいなの胸に苦い記憶がよみがえった。先日、しいなが榊に珈琲を淹れさせつつ同僚たちと雑談している時、ふと菓子作りの趣味について揶揄されたのだった。どうせお前さんはココアを溶かすこともできないんだろう、と渋谷にからかわれ、売り言葉に買い言葉で気づいたときはバレンタインデーに班の全員に手作りチョコレートを振舞うことになっていた。にやにや笑いながら楽しみにしてるぜ、と言い放った榊の顔が忘れられない。
     しかし渋谷の言ったことは図星だった。皆の前で大見得を切ったものの、自分ひとりの力ではどうにもなりそうにない。かといって迂闊な人間に頼って弱みを見せる訳にはいかない。考えあぐねた挙句、しいなは結局いつも通りの相手に頼ることにしたのだった。つまり、自分の上司である宇佐美銭丸に。

    「お菓子を作るなんて久しぶりですね、嫌いではないんですがなかなか機会がなくて……だから今日は楽しみですよ。しいな君は何を作りたいんですか?」
     宇佐美が二人分の珈琲を運んでくるとしいなの向かいに座った。しいなは紙袋から手土産のブラウニーと一緒に、製菓用チョコレートや生クリーム、ブランデーの小瓶を取り出しながら答える。
    「トリュフにしたいんです。やっぱりバレンタインと言えばこれですから!」
     おやおや、と宇佐美は呟いた。
    「トリュフですか、いいですね。それなら私も作ったことがあります」
    「そうなんですか?よかった」
     しいなは安堵してにっこりと笑った。これならなんとかなりそうだ。
    「ええ、ですからレシピと道具はあるはずです。この後探してみますね」
    「はい、ありがとうございます……それで宇佐美主任、このことは」
     おずおずと言い出すしいなに宇佐美は軽く片目をつぶってみせる。
    「分かっていますよ。皆には秘密、ですね?」
    「ええ、助かります!」
     これで本当に安心だ。しいなは満面の笑顔でブラウニーの包みを開けると宇佐美に勧めた。これ美味しいんですよ、と無邪気に笑う部下の顔に、宇佐美は慈しみの籠った視線を返した。

    ---


     そういえば、としいなはボウルの中身をかき混ぜながら口を開いた。
    「伊藤主任とどうしてあんなに仲悪いんですか?」
     他愛ない雑談のつもりだった。しかしほんの一瞬、静寂が薄氷のように張り詰めた気がした。しいなは慌てて振り返ったが、宇佐美の様子は何も変わらないように見える。
    「あ……その、すみません。いえ、伊藤主任ってすごく突っかかってくるなぁって思ってて」
     しどろもどろのしいなに、宇佐美は軽くああ、と相槌を打っただけだった。
    「いえ、大したきっかけではありませんよ。あれはそう、もう何年も前になりますか。まだ私と伊藤君が片伯部主任のところにいた頃です」
     宇佐美は手を止めずに話し始めた。
    「前にトリュフを作ったことがある、って言ったじゃないですか?私もバレンタインにトリュフを作って、班の皆に配ったことがあるんですよ。もちろん伊藤君にも一つあげたんですが」
     その時のことを思い出したのか、宇佐美はふっと眦を下げて苦笑する。
    「中身が柔らかすぎたんですかね。伊藤君が食べた拍子に溢しちゃって、それで彼のシャツの襟が汚れて」
     もうかんかんでしたよ、と宇佐美が笑い交じりの声で言う。
    「その時以来ですかね、彼はずっと私を許してくれないのです」
     その話を聞き、しいなは思わずえぇ?と気の抜けた声を出した。
    「本当ですか、そんなことで?……伊藤主任、ちょっと子どもっぽ過ぎませんか?」
     そんなくだらないことで大の男がこんな大喧嘩をしているのか、俄かには信じられない。しいなの呆れ顔に、宇佐美は弁明するように言葉を添える。
    「ああいえ、もちろんそれはきっかけに過ぎません。彼には他にも色々言い分があるんでしょう、要は私が気に障るんですよ」
    「はぁ、それにしたってねぇ……それで解任戦まで仕掛けてきますか?なんだか腹立ってきた、本当に迷惑な話ですね!」
     湧いてきた怒りに任せ、しいなはボウルをかき混ぜる手に力を込めた。ヘラがガシガシとボウルに当たり、宇佐美がおやおやと声を上げる。
    「駄目ですよしいな君、空気を含まないように混ぜないと」
    「あ、すみません……」
     しょげるしいなの元に、宇佐美はカップに入った生クリームを持ってきた。ほんのり温められたクリームを慎重にボウルに注ぎながら、宇佐美はしいなを宥める。
    「許してやってください、あれでなかなか可愛げのあるところもあるんですよ」
     一番の被害者であるはずの宇佐美がそう言うなら仕方ない。しいなは憮然とした表情でへらを持ち直すと、今度は静かにクリームを混ぜ込みはじめた。
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    liliput

    MAIKINGついったで話が出たのでかつてバレンタイン用にこねていた書きかけを晒します。続きができるかどうかは未定です。
    うさちょむ前提うさしい、しいなさんが🐰さんちで一緒にチョコレートを作るだけの話です。多分……
     ちらりと腕時計に目を走らせて時間通りであることを確認すると、しいなは深呼吸した。そして目の前のマンションの扉を見上げる。クラシックな雰囲気の品の良い低層集合住宅、いわゆるヴィンテージマンションと呼ばれるタイプのそれは、大きな都立公園の傍らの閑静な住宅地に佇んでいた。向こう十数年は絶対に価格が下がらないだろうそれは、銀行員が選ぶ物件としていかにもそれらしい。
     しいなは意を決してインターフォンを押した。すぐに柔らかな男性の声がはい、と聞こえ、エントランスの扉が開く。建物の奥の角、彼の部屋の扉を叩くと、いつもと変わらぬ柔和な笑顔がしいなを出迎えた。
     宇佐美銭丸、しいなの恐ろしい上司。

     いらっしゃい、上がってくださいという声に従い、しいなは宇佐美の後に続いた。穏やかな冬の陽が射す室内は機能的ながら質の良い調度でまとめられ、すっきりと片付いている。一人暮らしにはやや広すぎるが、来客が頻繁にあるなら必要な広さなのかもしれない、という程度のゆったりとした間取りである。いかにも宇佐美の部屋、という印象だ。しいなは素早く室内の隅に目を走らせ、半ば職業的な癖で値踏みし、そして宇佐美らしい丁寧な資産維持に密かに感服した。宇佐美はそんなしいなの視線など全く気付かぬ態度でしいなをダイニングに通すと、どうぞ座ってくださいと言ってキッチンに立った。
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