その路地にプランツ・ドールの店があることを宇佐美は知っていた。ただ、店に立ち寄ったことはなかった。その路地は単に職場への近道だからたまに利用していただけで、プランツなどに興味はなかった。しかし、その日の帰り道で宇佐美は初めて店の前で足を止めた。店内にいた、一体のドールに目を惹かれたからだった。
はじめはドールだと分からなかった。プランツ・ドールはほとんどが少女の姿で、華やかなドレスを纏っている。だから飾り気のない白いシャツと黒い半ズボンを身に着けて眠るその少年は、宇佐美の目には生きた人間の子どもに映ったのだ。
おおかた、プランツを強請ったどこぞの富豪の子息なのだろう。初めはそう思ったが、しかしそれにしては様子がおかしい。少年はうつむいており、やや長く黒い髪が顔を覆っていたが、その顔の左半分に白い包帯が巻き付いていた。少年は富豪の令息の持ち物にしてはくたびれたウサギのぬいぐるみを抱き、奥の椅子に腰かけたまま静かに眠っているように見える。そして店内には、彼の親と思しき人間の姿が一切見えない。
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