さざなむ時間俺も憂太さんも高専を卒業して、彼は高専教師に、俺は呪術師になっていた。別々の生活が続いていく中で、寂しさや不安を埋め合わせるために、俺達は2人だけで過ごすための部屋を借りた。本当なら同棲したいところだが、とにかく俺も憂太さんも多忙を極めているから難しい。基本的に高専という組織を中心に動いている呪術師界隈だから、俺も高専内に用意された部屋で主に過ごしてはいるが、週に一度くらいはこの部屋に行けている。だけど、高専教師且つ呪術師という二足の草鞋を履くあの人は、月に一度でも時間が取れたら良いほうだ。おかげで憂太さんの私物は一向に増える気配がない。ここは憂太さんと俺の家なんだと実感するには、あの人の気配が無さ過ぎる。そうだ、任務に出向く度に、ご当地ゆるキャラキーホルダーを買い集めていると、憂太さんは言っていた。そのコレクションを今度部屋に並べてもらおう。あんま可愛いキャラいないし、あの人のゆるふわ可愛いはなかなか超えられないものじゃないな。ミゲルさんから毎年送りつけられる、アフリカの木彫りの人形は、かさばるしなんか怖いから遠慮してもらおう。
今日は久しぶりに2人だけの部屋で過ごせる特別な日だ。待ち合わせ場所の最寄駅に向かう足取りは、自然と早まっていく。顔を合わせるの自体、多分二週間ぶりくらいだ。初めて出会った時と殆ど変わらない幼げで柔らかい顔立ち、そこから放たれるふにゃっとした笑顔の威力は言葉では表せない。天使とでも言っておく。
「伏黒君、久しぶりだね!」
俺の姿を見つけた途端、目を輝かせて走り寄る憂太さん。その姿が見たくて、俺からはわざと声をかけなかったんですよ。憂太さんに話したらきっと、「伏黒君いじわる!」と、ぽこぽこと俺の胸を叩いてくるから内緒にしますがね。
高専教師になってからも、憂太さんの教育服は真っ白いままだった。というか、デザインも全然変わっていない。生徒用のボタンが無くなったくらいだ。
いつのまにか、僅かに俺よりも背が低くなった憂太さんは、いつも大きな瞳で上目遣いをしてくる。下心丸見えで近づいてくる女にやられると、吐き気がする程気持ち悪いその仕草も、憂太さんから繰り出されてしまっては堪らない。俺の心臓はいつでも倍速で働かされてしまう。
「伏黒君が欲しがってたお菓子、買ってきたからね。」
「ありがとうございます。」
「珍しいよね、伏黒君がお土産欲しがるなんて。」
「夜のお菓子と聞いたら気になりますよ。」
「…?そうなんだ、あ、うな○パイのマスコットチャームも買ってきたからね。」
憂太さんは、ズボンのポケットから小さな紙袋を取り出した。中から出てきた、ミニチュアう○ぎパイチャームを見て、この人の集めてきたゆるキャラコレクションよりは可愛げがあるなと思った。なかなかシュールで嫌いじゃない。ありがとうございますと受け取り、その場でキーケースのリングにぶら下げた。
夕飯どうします?と会話をしながら、行きつけのスーパーへと向かう。久しぶりだから、一緒にお料理したいなぁという天使の言葉を受け、この世界に生きる歓びを噛み締める。だけど、任務帰りの憂太さんにはゆっくり休んでほしい気持ちもある。話し合った結果、簡単に作れるし憂太さんの好物でもある、塩焼きそばを作ることになった。尋常じゃない量のキャベツの入った憂太さんお手製の塩焼きそば…初めて見た時は度肝を抜かれた。これ塩焼きキャベツだろってくらいだった。
スーパーについて、憂太さんはキャベツと胡麻油を慎重に吟味し始めたから、俺は豚肉と焼きそば麺をカゴに入れる。玉ねぎと長ネギは俺が昨日買ってきて使った残りがあるから、キャベツまみれの中にそっと添えてもらおう。再び調味料コーナーに戻って憂太さんをお迎えする、なんでそんなに胡麻油買うんすかと突っ込みたくなったが、憂太さんが欲しいなら買いましょう。
スーパーからマンションへの帰り道には登り坂がある。少し息切れしながらこの坂を登るのは、正直かなりしんどい。もっと駅に近くて便利な立地の部屋もあった。だけど、
「ほらほら伏黒君!今日も夕焼け綺麗だよ!」
坂道から見下ろせる街並みと、広々とした空が見渡せるこの景色を、憂太さんが気に入ってしまったから。
『この綺麗な世界を守れたんだなって思えるとさ、どんなに任務で疲れていても、またやりがいを感じられるから』
初めてこの景色を眺めたあなたの言葉を、俺はずっと忘れません。目を覆いたくなるくらい、傷付きながら戦うあなたの姿を思い出しただけで、俺は息苦しくてたまらない。だけど、人のために生きる道を選んだあなたのことを、とても誇らしく、愛しく想っているのも確かです。
一度は自ら死を選んだあなたが、今俺の隣でこの世界に生きている、こんなに幸せなことを当たり前にしないようにしたい。いつまでも、あなたと愛しあえた奇跡を忘れずに、こうしてあなたの横顔に見惚れていたい。
キャベツまみれの塩焼きそばを食べて、俺が後片付けをしている間に憂太さんにお風呂に入ってもらうことにした。一緒に入らないの?なんて、憂太さんの無意識の煽り文句に押し負けてしまいそうになったが、任務続きで疲れているあなたは、どうせゆっくり湯船に浸かることもしていないだろう。少しでも憂太さんに安らぎを与えたい、その気持ちを奮い立たせ、むくむくと沸き起こる下心を抑え込んだ。
かと言って、あなたに触れないまま朝を迎えるつもりなんかないですからね。
「やだ、くすぐったいー!」
脇腹に指を這わせて、白いTシャツの裾からこっそり肌に触れる。昔に比べたら随分と鍛えられた身体つきにはなったけれど、相変わらず俺より細い腰に触れる度に、庇護欲を掻き立てられる。おかしいな、憂太さんは俺よりはるかに強いはずなのに。
遠回しな誘いだって分かってるくせに、何がしたいの?なんてちょっと意地悪に微笑む憂太さんは、何度身体を重ねても相変わらず清らかな空気を醸し出している。
「あなたを抱きたいに決まってる。」
憂太さんを前にしたら、ストレートな言葉しか出てこない。その言葉が気に入ったようで、憂太さんはTシャツの裾をチラッと捲り上げてその肌を見せつける。許しが出た瞬間俺は憂太さんをベッドに押し倒して、更にTシャツの裾を捲り上げる。十分熟してぷっくりと腫れあがる胸元にしゃぶりつけば、憂太さんは俺のクセに強い髪を優しく撫でた。