温かな匂いで目が覚める。嗅ぎなれない……不思議な匂いだ。嫌なにおいではない。
　その正体を寝惚けた頭の片隅で考えながらベッドを探ると、昨晩は確かに隣にいたはずのぬくもりがなくなっていて、そこでようやくキースは覚醒した。
　何度か瞬いてあたりを見渡すも、昨晩一緒にベッドに入ったはずのブラッドの姿は見当たらない。それどころかロフトの下から何やら物音がする。この不思議な匂いも階下からしているようだ。
　寒さに身震いしながらスリッパに足を突っ込んで下を覗き込んだキースは、エプロンをつけたブラッドのつむじを見下ろしながら小さくため息をついた。
「ブラッド」
「キース。起きたのか。おはよう」
「おはようさん。朝から何してるんだよ」

　右肩にふと重みを感じてちらりと横目で確認すると、隣に座っていたブラッドの肩がもたれかかるように肩に寄せられていた。
　本人は意識しているのか無意識なのか、持っているタブレットから視線を逸らすことはない。タブレットからというか、そこで流れている映画から。
　窓の外からは時折窓を叩く雨音と濡れたアスファルトの上を走るタイヤの音がしていて、外の天気が昨晩から変わっていないことを示していた。

　久しぶりのおうちデートというやつだ。本当ならふたりで郊外までドライブにでも行こうかと話していたのだが、この通り、あいにくの雨。ニューミリオンの上空どころか今日行く予定だった郊外の牧場──ディノ曰くチーズが有名らしい──の上まで分厚い雲に覆われていて、とてもじゃないが芝生の上で日光浴はできそうにない。それに季節を先取りした北風の影響で、今日の最低気温は実に一か月先の平均気温とほぼ同じなのだそうだ。つまり、寒い。