夫婦喧嘩は パトロール帰り。ウエストにある一番でかいリニアの駅の下を通った時に、恐らくイーストで買ってきたのだろう、日本っぽいアイテムを持った家族連れとすれ違って、ふとアカデミー時代にブラッドに連れられて行った初詣のことを思い出した。そういや今度のテレビ番組でヴィクターが初詣について解説するとか言ってたような……
久しぶりに甘酒も飲みたいし、ブラッドを誘っていこうかと一瞬考えて、今の状況を思い出して頭を振る。とてもじゃないが誘えない。
ブラッドと軽い口論になったのは今からちょうど一週間前……ニューイヤーを目前に控えたころだった。口論の内容はもう覚えてない。くだらない言い合いで、普段ならもっと適当なところでお互いブレーキを踏めるはずなのに、オレはその直前にあったイクリプス対策部隊がらみの会議のせいで少々機嫌が悪く、たぶんブラッドも似たようなもんだった。
そりゃ、オレだっていい年した大人だし、八つ当たりなんてしたくない。それでもつい嫌味を言ってしまったのはあいつに、ブラッドに甘えがあったからだと流石にそれくらいは分かる。
そういうわけでくだらない喧嘩をしたオレたちは、お互い休みが被ることもなく、仕事に明け暮れてニューイヤーを迎え、今日に至るまで一言も話していないというわけだった。
別に避けていたわけじゃないし、向こうも多分そこまではしていない……多分、おそらく、いやきっとそこまではしていないと思うのだが、なにせホリデーが明けて年を越すこの季節は何かと忙しい。狙って時間を作らなければなかなか話す時間は取れないわけで、今年は狙わなかったのですれ違っている、そういうわけだった。
流石のラブピ星人にも呆れられ、早く仲直りをしろとせっつかれている有様だ。それは全くおっしゃる通りなのだが、大人というのは良くも悪くも面倒な生き物で、口喧嘩をして一週間近く口をきいていないとなると話の切り出し方が分からなくなってくる。
開口一番謝るのも癪に障るし、かと言って何事もなかったかのように話し始めるのも違う気がする。
何かきっかけでもあればとは思うが、オレたちが実質研修チームと対策部隊の掛け持ちになってブラッドもその調整に追われている今(これに関してはあいつの自業自得だけど)、仕事以外の話をするのもちょっと気が引ける気もする。
「はぁ……」
どうしたもんか。
よっぽど辛気臭い顔をしていたのか、隣を歩いていたジュニアは露骨に面倒そうな顔をして、バンドの練習とやらに行ってしまった。薄情なやつだ。
溜息をつきながらタワーにたどり着き、職員用のエレベーターに乗り込もうとしたその時だった。
「あ! おーいキース!」
よく通る声に呼ばれて反射的に顔をあげると、右手に紙袋を持ったアキラとウィルがこちらに小走りにやってきているところだった。
エレベーターを開けて待っていると、ふたりは小走りのままエレベーターに駆け込んでくる。
「すみません! ありがとうございます」
「別に急いでたわけじゃねぇよ。ふたりとも今日は休みか?」
「はい、午前中はトレーニングで、午後からは」
「いいねぇ~」
ウィルが持っているのは確かグリーンイーストにある和菓子屋の紙袋だっただろうか。ふたりでニューイヤーの屋台でも見に行っていたのかもしれない。
「キースは? まだ仕事か?」
「チームでの仕事はパトロールで終わりだよ。今から休憩して、イクリプス対策部隊の方のミーティング」
どこぞの誰かさんのせいで忙しくてかなわないという文句は、流石に飲み込むことにした。肩を竦めると、アキラとウィルは何故か真剣な顔で顔を見合わせている。
「……? なんかあったか?」
「これやるよ。オレとウィルから」
首をかしげていると、呆れた顔のアキラが持っていた紙袋を不意にオレの方に突き出してきた。
「は?」
「お前、ブラッドと喧嘩してたりするんじゃねぇの?」
ギクゥ。
マジか。そんなに分かりやすかったか? まさかブラッドへの苦情が態度に出てたか? それは流石にルーキーに大して大人げなさ過ぎる。
「年末くらいからブラッドがなんか元気ねぇんだよ。オスカーに聞いても分からねぇって言うし」
「それでフェイスくんに聞いたらキースさんも元気がないって言ってたので、おふたりが喧嘩したのかなってアキラと心配してたんです」
「…………」
そんなに分かりやすかったらしい。しかもブラッドのやつも。ディノに呆れられるのには慣れているし、フェイスとジュニア相手も今更という感じだが、他セクターのルーキーに言われると少々心に来るものがある。
「んで、ブラッドのやつが元気ねぇとオスカーまで元気なくなるんだよ。オレらが協力してやるから、さっさと仲直りしろ」
「いや別に喧嘩したわけじゃっていうか……これなんだ?」
「グリーンイーストのお正月のイベントをしているお店で、お雑煮の材料を一式そろえてきたんです」
「オレんちの直伝レシピもメモして入れといたから、それで雑煮作って、ブラッドに食わせたら仲直りできんだろ。あいつ結構単純なとこあるし」
「アキラ! 失礼だろ」
「なんだよお前も賛成してただろ?」
無理矢理に押し付けられた紙袋の中を覗くと、小さい野菜がいくつかと、餅と、少々乱雑な字でレシピが書き留められた紙が入っていた。
「…………」
「と、に、か、く! 前に和食を一緒に作ったとか言ってたし、醤油とかはあるだろ? それでさっさと仲直りしろよな」
「お節介だったらすみません……でも俺もアキラもブラッドさんのことが心配なんです。もちろんキースさんのことも。仲がいいとちょっと言いすぎて喧嘩した時に仲直りするきっかけがつかめないことってあると思うんですけど……少しでもお力になれたらと思って」
ぽーんと音がして、エレベーターがすっかり見慣れた研修チームの居住エリアに到着する。
「んじゃ、さっさと仲直りしろよ」
オレの二の腕を強く叩いたアキラと、ぺこりと頭を下げたウィルが、先に部屋の方へと戻っていく。その背中をぽかんと見送って、もう一度紙袋の中に視線を落とした。
アキラのメモを見てみたが、これくらいならすぐに作れそうだ。
ポケットからスマートフォンを取り出して、この後のオレの会議の時間と、ブラッドのスケジュールを確認する。
部屋へ戻る道すがら、オレは着信履歴の上にある番号を……一週間以上コールしていない番号をタップした。
「……あ、ブラッドか? オレだけど。……この後ちょっと、時間あるか?」