手向けの花束*
タカラ警部が指定された待ち合わせ場所に着くと同時に、やや警戒した面持ちの男が路地裏から姿を現した。
「ハハッ、男前が増したじゃねえか」
人と機械を区別する象徴であった耳のパーツが無くなった元部下の顔を見上げて、タカラ警部は茶化す様に笑って見せる。
「時間がありません、用件だけ手短に伝えます」
「あ~、朴念仁なのは変わってないのな」
タカラ警部のぼやきなど意に介さずボーラは路地裏の廃材の影に隠していたそれを、タカラ警部に手渡した。
「何じゃこりゃ……って犬?!」
彼の上着にくるまれていたのは、弱々しく痩せ細った犬だった。
「はい、追手から逃げている際に保護しましたが、私には飼育する事ができませんので引き取っていただけませんか」
思ってもみなかったボーラの言葉に、タカラ警部は腕の中の犬と彼の顔を何度か見比べる。
「……不法遺棄された犬は遺失物として最寄りの保健所に収監するのが正規の手順じゃなかったのか?」
「ええ、ですが……貴方に任せるべきだと、私のkokoroプログラムがそう判断しました」
「言ってくれるじゃねえか……」
大きなため息を吐いたタカラ警部は、ぶっきらぼうに持っていた黒いボストンバックをボーラに押し付けた。
「……これは?」
「あれだ、アンドロイドに着替えなんていらねえが同じ服で逃げてたら足もつきやすいからな……サイズなんて分かんねえから適当に見繕ったが当面の変装用に使え」
「ありがとうございます」
背筋を伸ばして敬礼をするボーラに、タカラ警部はフッと表情を崩した。
「ったく、まあアレだな……これからは生き物を拾うんだったら一生面倒見る覚悟で拾うんだな、分かったか?」
「心得ておきます」
彼と言葉を交わすのがこれが最後だと、タカラ警部の直感がそう告げていた。
「お前はお前のkokoroの正義を貫けよ、ボーラ警部補」
夜の闇に消えていくボーラの背中にタカラ警部はそんな惜別の言葉を手向けたのだった。
「じゃあボーラさん、お直ししたスーツここに置いておくわ」
「ああ、そこにかかっている分も頼む」
「分かったわ、お仕事で使うのならなるべく早く仕上げるわね」
必要な会話が終わるとすぐにまた手元の資料に目を落とすボーラの様子を気にする事もなくラナはハンガーにかけられたスーツのほころびをチェックしていく。
「あら、このジャケット全然寸法が合ってないみたいだけど、これもお直しした方がよろしいのではなくて?」
クローゼットの奥にかけられた明らかに彼がオーダーする他の服とはサイズの違うジャケットを見つけて、ラナがボーラに声をかける。
「いや、それはそのままで良い」
「そう?なら良いのだけど……」
まるで何かを懐かしむ様なボーラの表情に、ラナはそれ以上何も聞かずにそっとそのジャケットを元に戻してクローゼットの扉を静かに閉めた。
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