【豹変する君】ヒュンポプ「ただいまハニー。待たせたな」
帰って来るなりそう言ったヒュンケルに、ポップは持っていたカップをガシャン!と取り落としてしまった。
「な、何言ってんだ?頭大丈夫かヒュンケル…?」
「オレは大丈夫に決まっている。ハニー、ようやく会えたな、今すぐただいまのキスを…」
「わああああ!!!」
す、と音もなく傍に近づいたヒュンケルは、ポップの腰を引き寄せて、抱きしめ、そして顎に手をかけ上向かせて、顔を近づけた。
その手馴れた所作に、ポップも流されてしまいそうになるが、慌てて、ヒュンケルの顔に手を押し付けてグイグイと離れようとした。
おかしい、おかしい。
普段のヒュンケルじゃない。いつものような、表情の見えない奴じゃなく、ポップを見る目はうっとりと目を細めて愛おしそうにしていて、頬を赤く染めている。ポップはそんなヒュンケルに、鳥肌が立ち、ゾワゾワと寒気がした。
「ちか、づくなよ!気持ちわりぃ!!」
「何を言っているんだポップ…、ほら、いつものように愛のハグをしようじゃないか」
「ひいい!!」
笑みを浮かべにっこりと笑いながら、ポップへと手を伸ばし、うっとりとしている。
正直、気持ち悪い。すげー、気持ち悪い。
ポップは、何故ヒュンケルがこうなったのかが分からない。なんだ?何があった?
原因が分からないのでは対処のしようがない。
誰か知っている人間は居ないのか?
そう考え、先程まで城にいたのだから城へ行けば誰かは知っているだろう、とポップは判断した。
決まれば即行動とばかりに、ヒュンケルの首根っこを掴むと、ポップは瞬間移動呪文を唱えた。
どさり!!
いつものように、着地に失敗したポップはヒュンケルを労る訳でもなくて、少し距離を取る。
座り込んだヒュンケルは、ポップの顔を見るなり、ふわり、と笑い、直ぐに立ち上がると、抱き寄せた。
「大丈夫か?ポップ、痛みはないか?どこかぶつけてはないか?痣などはないか…」
「大丈夫だから!いちいち抱き寄せんな気持ちわりぃな!!」
「気持ち悪いなどと…そんなに褒めるな…」
「褒めとらんわ!頭おかしすぎだろ!!!」
ぽ、と頬を染めて恥ずかしそうな顔をするヒュンケルに、ポップは顔をゆがめて、ズサ!と距離をとる。
「そんなに離れなくても…照れているのか?可愛いヤツめ」
「そんなんじゃねーから!?!?」
降り立った中庭でギャーギャーと騒いでいたからか、人が何事かと増えてきた。その中に、ラーハルトを見つけると、ヒュンケルの腕を掴んで、急いでラーハルトの傍に移動した。
「ラーハルト!」
「何を喧しくしているのだ…、ヒュンケルお前は帰ったのではないのか?」
「それなんだけど、ラーハルト話があるんだ!ちょっと来てくれ!」
ポップは藁をも掴むような顔をして、ラーハルトに助けを求めると、あれよあれよと、ラーハルトの自室に入り込んだ。
「何なのだ…、一体」
「いや、それが…」
怪訝な表情をするラーハルトに、ポップはどう切り出したものかと考えるが、そんな考え込むポップを他所に、ヒュンケルがまたもや腰を抱き寄せてくる。
「ポップ…好きだ、オレのハニー」
「「……」」
すりすりと、ポップに擦り寄ってくるヒュンケルに、ポップとラーハルトは同時に沈黙する。
そして、ヒュンケルを異質なものを見るような目で見つめて、はあ、とため息を着く。
「ついに、頭までいかれてしまったか、こいつは」
「いや、そうなんだけど、そうじゃないっていうか!」
「なら、なんなんだ、人前でイチャイチャと…、鬱陶しい」
「俺のせいじゃねーから!?!?」
ラーハルトのいる前でも、ヒュンケルは構わずにポップを後ろから抱きしめ、頭にちゅ、と口付ける。
それに、腕でグリグリと肘打ちをくらわせているにもかかわらず、ヒュンケルは平然としながら、ポップを慈しんでいる。
「ラーハルト、ポップはオレのものだ、お前にもやる訳にはいかない」
「こんなちんちくりん誰が欲しいと思うか、いらん」
「なん、だと…!?可愛い可愛いポップを、否定するとは!」
「言ってる事が矛盾だらけだな、お前」
自分から話をふっておいて、ラーハルトがポップの事を、貶すようにいうと、ヒュンケルは怒りをあらわにしてきた。これには、ラーハルトも突っ込まずには居られなかった。
「いいか、ポップはな…、可愛らしさの中に、秘めたる美しさも兼ね添えている…、そしてとても清純で、だが、妖艶さも…特に閨では…」
「わー!わー!何言ってんのお前!!??」
いきなり語り出したヒュンケルに、ポップはまたか、とは思うが、まさか閨での事まで話し始めた瞬間、真っ赤になりながら、ヒュンケルの口を抑えてしまうと、涙目で、睨みつける。
「ポップ、なぜ止める?お前の魅力を奴にも分からせなくては…」
「ばっかかお前!!言っていい事と悪いことがあるわい!!!」
「なんなのだ、お前達は結局何をしに来たんだ…」
ラーハルトは頭が痛くなってきたというか、もう馬鹿馬鹿しくなっできたので、とりあえずは適当に流すことを心に決めた。
「だーから!ヒュンケルが可笑しいんだって!!」
「いつもおかしいではないか、特にお前が絡む時は」
「いや、それとは違うっつーか、なんというか…」
「ポップ、ラーハルトの方がいい、のか…??俺という存在がありながら…!!」
やっと本題へと入ろうとしたら、またヒュンケルが馬鹿なことを言い出した。いや、そうじゃなくて。
ポップは、なかなか進まない話に、爆発しそうだった。
「おれは!お前のためにやってんの!!」
「ポップ、そんなにオレの事を思ってくれているのか!?」
「そ、そうだけど、そうじゃなくて!!ああああ!もおおお!!!」
「どうした、ポップ?!オレの事がそんなに…!!」
全く噛み合っていない会話に、ポップは、堪らずに頭を掻き乱し、叫び出す。
だが、それでも、ヒュンケルは変わらずに、ポップだけしか目に入っていないように、愛を囁き続ける。
その瞬間、ポップは、キレた。
「お前、いっぺん地獄に堕ちろ…っ、重力呪文!!!」
その瞬間、重力に押し潰されたヒュンケルは、うつ伏せで倒れてしまった。重力呪文でも、ポップが怒りに任せて使ったのだから、威力は半端ないだろう。
「う…」
「どうだ?治ったか?」
「お、オレのポップ…」
落ちていたヒュンケルが気づいたため、近づいて様子を見ようとしたポップは、ヒュンケルに問いかけたが、案の定、ヒュンケルはまだ治っておらず、またもやポップは、重力呪文をヒュンケルに食らわせてやる。そのまま気を失ってしまったヒュンケルをそのままに、ポップはラーハルトと話を進めたのだった。
「う、ここは…」
「起きたか、ヒュンケル。調子はどうよ」
「ポップ?それにラーハルトも…オレは一体…」
「まあ、ちょっとした事故みたいなもんかなあ」
「あれがちょっとというのか…?」
「ごめんって!ラーハルト!」
ヒュンケルがようやく起きた時には、もういつものヒュンケルに戻っていた。それには、ポップも安堵の息を吐く。いくらなんでもあんなヒュンケルは、気持ち悪すぎて、たまらなかったから。
「とりあえず、戻った事だし、帰るか」
「……よくわかないが、分かった」
「ラーハルト、ありがとな!またなんか礼でもするから!」
「そんなものはいい、早く帰れ」
ラーハルトの言葉を背に、ポップはヒュンケルを連れて、また瞬間移動呪文で戻っていった。
後に残されたラーハルトは、深い深いため息を着く。
「全く、傍迷惑な奴らだ」
その唇には少しの笑みが浮かんでいた。
だが、部屋の惨状を見た瞬間。
「爆発してしまえ!!!」
と叫んだのだった。
結局、ヒュンケルが何故ああなったかは、何故かわからずじまいであった。しかし、第二第三の被害者が出る前でよかったと、ポップは思った。
それが、フラグであることも知らずに……