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    hoshinami629

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    「視爾夢夢」からカットした部分②。パワーランチの部分の直前にこれが入る筈でしたが、①をカットした関係でここも没に。

    #十二国記
    theTwelveKingdoms

    視爾夢夢没供養② そうだ、と何かを思い出した様に後方の耶利の方を振り返る。
    「どうかしたか?」
    「先程、英章の処で似た話をしましたので、それを思い出して。耶利を驍宗様の軍へ組み入れるという話があったかと思うのですが、少々事情が変わりまして」
     今一つ話の全容を摑めずにいる驍宗に、掻い摘まんで事の次第を説明すれば、ああ、と言って泰麒の主は破顔して見せる。
    「――面白い事を考えたな。回生については英章もかなり心配していたのだ。一度は私に相談しに来た事もあった。耶利の提案で、あれもほっとしているのではないか」
     泰麒は驍宗の言葉に、そうでしたか、と得心がいった風に答える。
    「英章の軍に二人を組み込む形で宜しいですか? 英章から手勢を割いて主上の軍を編成する可能性もあるかと思いますし、そちらに二人を入れるのでも良さそうですが」
     泰麒が問えば、驍宗は否、と手を振る。
    「英章の下が良いだろう。英章の様な用兵家の下は耶利も学ぶところが多いだろうし、回生にとっては見知った顔が多い方が安全だ。年少で、しかも初陣だろう。見知らぬ者ばかりでの行軍は意外と苦しい」
     泰麒は背後の耶利に一つ頷くと、ではその様に、と言って一礼する。
    「――……その、驍宗様。立ち入った事を伺いますが」
     ややあって、泰麒がいかにも歯切れ悪く問い掛けて来る。訊き辛い事を訊きたいのだろうと、話を聞く前から分かる様な言い方だった。先程までの冷静で冴え冴えとした受け答えから一転して、実に十代の青年らしい口ぶりに、思わず驍宗は笑ってしまう。その笑いをどう解したものか、泰麒は少し目元を緩めてゆっくりと言葉を切り出した。
    「ええと……その。回生はどういった事情で英章の許へ? 軍に入るにしてはまだ幼い気がしますが」
     泰麒や耶利から見ても、明らかに回生は幼い。恐らく十二、三歳。志願して軍に入営する年齢には幅があるだろうが、泰麒の曖昧な感覚であっても、十五歳より下での入営は珍しいのではないかという気がしていた。挨拶をされた際にも、何やら訳ありげに見えたし、英章と回生の会話を聞いても同じ事を感じた。けれど、直接問うのは憚られる感触もあった。項梁に訊こうかとも思っていたが、先程の二人の会話は思わぬ方向に転がって、質問する機を逸してしまったのである。
     その旨も添えれば、驍宗は静かに頷いて、書き終えた書面に丁寧に封を施す。下官にそれを渡し終えると、苦く笑って泰麒を見た。
    「蒿里は、基寮という人物を覚えているか?」
     先程、英章が回生に向かって言っていた名だった。泰麒自身も会った事があるかもしれないと聞き、薄れた記憶を掘り返すが、姿形は思い浮かばない。その名自体には何処となく聞き覚えがあるものの。基寮。泰麒は何度かその名を吟味した後、潔く首を振る。
    「聞き覚えはありますが、人物は浮かんで来ません」
     驍宗はその答えを予想していたのだろう、特にその返答には言及せず、英章の第一の麾下だ、と低く言った。
    「英章に長く仕えて――右腕と言って良い存在だった。英章が優れた用兵家なのは、何も策謀の巧みさにのみ起因するのではない。優秀な実務家、英章の策を実際に指揮し、細部を支える手腕あってこそだ。その要が基寮だった」
     驍宗は懐かしむ様に目を細める。しかし声は依然として低い儘だった。
    「英章を禁軍中軍将軍に抜擢してから暫くして、文州の将軍に欠員が出た。というのも、叛意ありと見てこれを更迭したからなのだが」
     その言葉に、泰麒は心当たりがあった。慶の金波宮で、李斎と久方振りに話し込んだ際に教わった冬狩という言葉だ。泰麒が漣を訪ねている間に行われた処断の数々。
    「――知っていたか」
     驍宗は泰麒の表情から読み取ったのだろう、眉根に複雑な色を滲ませた。泰麒は強いて頭を振って見せる。
    「仔細は存じませんが……李斎にこの七年について話して貰った際、簡単に」
    「さもあらん」
     驍宗は言って泰麒と目を合わせる。澄み切った赤。この世の何の色とも似ていない、と泰麒は思う。以前は血の様とも玉の様とも思ったが、七年ぶりに見る双眸は湧水の如く透き通っている。その明澄さが、驍宗に今や覇気とは別のものを与えていた。
    「……ともあれ、それに伴って私と英章は、基寮を文州の将軍に抜擢した。文州師を率いたからには、次にどうなったか想像はつくだろう。私が文州で阿選にしてやられたのと同じ様に、基寮も難に見舞われた。その後、函養山近くの老安という里で保護されたらしい。里の者達は基寮を良く看たそうだが、何せこの七年だ。怪我が治り切らず、昨冬息を引き取った」
     李斎達は驍宗捜索の最中、この基寮の墓を驍宗の墓と思い愕然としたのだという。残党狩りを恐れた里の者の偽りだったと後に判明したとはいえ、この話を去思から聞かされた時、驍宗の胸は重く疼いたものだった。
     嘗ての仲間でありながら、そうと知る事の出来ぬ李斎。死して尚自身として弔われる事の許されなかった基寮。生と死とに分かたれた上ですれ違わなくてはならなかった麾下を思うと、只管に切なく、申し訳なく思った。本来、基寮を見間違える李斎ではなく、死に偽りを塗られる筈の基寮でもなかった。けれど其処に民の必死の思惑が差し挟まった結果、生者と死者の邂逅は歪なものとなった。
     ――その歪さを背負い、正してくれたのが回生だった。
     驍宗は去思の話の続きを思い起こして仄かに笑む。里を夜中に飛び出した少年。向こう見ずなやり方で、李斎達と石林観とを――ひいては轍囲の人々とを結び付けた。
    「……基寮の面倒を最も近くで看ていたのが回生なのだ。何でも、妖魔に襲われた回生とその父を、基寮が助けた事があったらしい。恩義を感じ、基寮を主公と仰いで、いつか共に鴻基を取り戻そうと約束したと言う」
     泰麒はその話に痛ましげな表情を見せる。
    「そうでしたか……。それで、英章とあの様なやりとりを……。」
     泰麒が先程目にした二人の会話を伝えれば、驍宗は真剣な面持ちで頷く。
    「英章は恐れているのだろう。基寮に続いて回生までもが死んでしまったら、と。項梁を李斎の指南役にという提案に賛成して見せたのも、似た理由からなのではないか」
     英章に付き従っていた基寮の姿を思い出す。若くして師帥に昇った英章の後ろに控え、癇癖な主を穏やかに支えていた姿が印象的だった。炎とも氷ともつかぬ激しさを抱える英章とは対照的に、春の柳の様な柔らかさ、和やかさを持つ人物だった。
     ――かと見えて、たまさか主にずけずけと進言していた時もあった。
     英章が半ば怒り、半ば笑うという不思議な態度でそれに接しているのを見た事がある。
     ――兄弟の様だと思ったものだ。
     自分と巌趙の関係に引き比べて、そんな風に思ったのかもしれない。巌趙も矢張り、驍宗にとっては兄の様な存在だった。良き相談相手にして、一番の麾下。一方で、英章は長らく驍宗麾下にあって、末っ子の様な立ち位置に収まっていた。怒るのも笑うのも、何処か年長者の胸を借りる風情がある。無意識の内にしている事なのだろう。振れ幅の大きな感情をぶつけても大丈夫だ、と信頼している相手に甘えて来るのだ。狷介な癖に、何処かで人間を無類に信じる真っ直ぐさ。それを良く理解して従う基寮は、才気煥発だが甘えたがりな弟の面倒を見る兄の様だった。
     ――けれどどちらの兄も、もういない。
     驍宗が巌趙の事を口にする度、泰麒はもしかしたら、と言った。けれどその「もし」はあるまい、と驍宗は心の何処かで確信していた。
     ――兄は弟を守って黄泉へ下る。
     幼い頃に聞いた講談でも、義兄弟とは必ずそうした運命にあった。どちらかがもう一方を助ける為に死ぬ。敬愛する兄弟の生を繋ぐ為に。
     ――物語の中の話とばかり思っていたが。
     人生は物語とは違う。物語などよりももっと散漫で醒めたものであると信じて、疑いもしなかった。その醒めたありようが、驍宗にとって心地良かったというのもあるだろう。己が一歩一歩進んでいくという手応えは、醒めていなければあり得ないものだ。
     しかし、登極した辺りから驍宗の歩く道から見える景色は一変した。そして地底に落とされた時から――そしてそれを辛くも生き延びた時から、驍宗の人生から醒めは失われ、代わりに不可思議な熱と潤み、言うなれば酩酊が歩みを彩っていった。
     ――人の生死、出会いと別れ、信義、忠心、そうしたものが絡まり合い、どうしようもなく進んでゆく時というもの……。
     それは正に酩酊だった。酒をしたたか呑んだ際に訪れる、あの腫れ上がる様な感覚。繊細でありながら鈍重な何か。感傷的で、みっともない、けれど人の中から拭い去る事の叶わぬ湿ったもの。それは陳腐な義兄弟の物語であり、情けない王の物語でもある。単純な努力では為し得ぬ、打ち勝てぬ、行き着く事の出来ぬ行き先。
     そんなとりとめのない物思いに耽っていると、不意に扉の向こうから取り次ぎを求める声がする。下官に用件を促せば、臥信の来訪を告げた。頭を現実へと引き戻し、やって来た麾下を通すようにと告げる。
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