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    hoshinami629

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    hoshinami629

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    ヴェローニカに似たものが自分の中にあるのが嫌で、ロゼマさんへの第二配偶者打診を受け入れようとするフェ……というのを書きかけていたんですが、原作新刊読んで「そんなフェはおらんやろ」に行き着いたので没になりました。ちゃんとした小説の部分と走り書き状態の部分が混在しています。

    コンラーディンの設定はちゃんと原作&コミックス準拠です!

    ##フェルマイ

     ローゼマインが星を結んでから、二度目の領地対抗戦でのことだった。他領への挨拶回りをレティーツィアに任せ、フェルディナンドと共にアレキサンドリアの席に控えていると、思わぬ人物がこちらへやって来た。
    「あら? アウブ・ガウスビュッテルと、ええと……コンラーディン様でしょうか。お久しぶりですわね」
     ローゼマインはこちらへ向かってくる茶色のマントの集団に向かって、そう声をかけた。
    「アウブ・アレキサンドリア、フェルディナンド様。時の女神ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いました」
    「どうぞお掛け下さい。――その、ガウスビュッテルの方がアレキサンドリアにいらっしゃるとは、一体どのようなご用向きでしょうか?」
     言いながら給仕されたお菓子を一口食べて見せる。二人の客人が物珍しげに菓子を口にするのを見ていると、やがてアウブの方がゆっくりと口を開いた。
    「大変結構なお菓子ですな。――いえ実は、アウブ・アレキサンドリアにガウスビュッテルから、一つご提案したいことがあって参りました」
     ――提案?
     ローゼマインがきょとんとアウブ・ガウスビュッテルを見返していると、隣から何やらひんやりとした波動が放たれるのが分かった。そっと視線を横へ向ければ、フェルディナンドが警戒するような笑みを浮かべてアウブ・ガウスビュッテルの方を見つめている。
    「どのようなご提案か、詳しくお聞かせ願えますか?」
     きらきらスマイルがアウブ・ガウスビュッテルとコンラーディンの方を向いた。二人はフェルディナンドの笑みが意味するところを知らないのだろう。美しい笑みを期待の表れと取ったのか、緊張を緩めたように頷く。
     ――騙されちゃダメだよ! 既にフェルディナンドの警戒レベルはマックスだからね!!
     そんな言葉を呑み込んで、ローゼマインは意識してゆっくりとお茶を飲む。
    「アウブ・ガウスビュッテルだけでなく、コンラーディン様もご一緒にいらしたのですもの。何か大きなご相談なのでしょう?」
     そう言って続きを促すと、隣の夫が笑みを深める。あれ? 何かまずいこと言っちゃったのかな? とローゼマインが思う間もなく、アウブ・ガウスビュッテルが言葉を引き取った。
    「ええ、正にコンラーディンのことなのです。アウブ・アレキサンドリア、単刀直入に申し上げます。どうぞ我が息子を第二配偶者に迎えて下さいませんか」
     ――はい?
     ダイニハイグウシャ? とローゼマインは思考をフリーズさせる。ダイニハイグウシャって何だっけ? 迎える? 迎えるってことはコンラーディンをアレキサンドリアに? 何で? ダイニハイグウシャ……?
     ローゼマインが不思議そうな表情をしたせいだろう、アウブ・ガウスビュッテルは慌てたように言葉を続ける。
    「僭越ながら、アレキサンドリアにとっても利のある話かと思いましてな。大領地でありながら領主一族の人数が少ないとは、多くの貴族が心配しているところです。また、お言葉ですがいずれアウブが身籠もることになれば、礎への魔力供給を務める人数が更に心許なくなりましょう。そのような時に、ローゼマイン様に今一人夫がいればずっと楽になります」
    「はあ……」
     ――第二配偶者って、もしかして二人目の夫ってこと!?
     ローゼマインは何とか曖昧に返事をしたが、衝撃の展開に脳みそがついていかない。自分が誰かの第二夫人や第三夫人になる未来については想像したことがあったけれど、まさかその逆について考えなくてはならない日が来るとは思っていなかった。
     だがアウブ・ガウスビュッテルはローゼマインの曖昧な返しをどう取ったのか、弁舌の滑らかさを増して話を続ける。
    「コンラーディンは第三夫人の息子です。日頃から他の妻達の子を立てることを学んできました。ローゼマイン様も貴族院で同学年ですからご存じでしょうが、ごく控えめで堅実な性格をしております。第二配偶者として、フェルディナンド様やレティーツィア様とも足並みを揃えてゆけると思っておりますぞ」
     ――あっ……えーと、すみません、コンラーディン様の性格とか全然分からないです。
     何なら、さっき顔を見るまで存在すら忘れていたのだ。存在すら認識していなかった相手の性格について理解している筈がない。だがそんなことをここで言う訳にもいかず、ローゼマインはかつての同級生ににこりと笑みを返す。と、コンラーディンも穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
    「ローゼマイン様、父の言う通りアレキサンドリアにも利のある縁組と思ってご提案に参りました。私は領内で神殿の改革にも携わり、お蔭で卒業式の際には神々から多くの加護を賜りました。魔力の不足が懸念されるアレキサンドリアに婿入りをすれば、きっとお役に立てることと存じます」
     ――えーと、実を言うと、魔力不足は全然懸念事項じゃないんだけどね。
     卒業時の再取得で、ローゼマインの加護は更に増えた。その上レティーツィアも神殿で過ごして真面目に祈りを捧げているから、昨年の最初のご加護の取得でかなりの数のご加護を得ている。最近はローゼマイン式の圧縮も教えて、順調に魔力量を増やしているところだ。アレキサンドリアの領主一族は、頭数に対して魔力効率が飛び抜けて高い状態なのである。
     ――勿論、今だって私はコンラーディン様の魔力を感知できない訳だし……。コンラーディン様もそれを分かっているのに婿入りを望むなんて、どういうことなんだろう?
     アレキサンドリアと渡りをつけたいというガウスビュッテル側の思惑があるにしても、子供を最初から諦めるような婚姻は、いくら何でもコンラーディンにとって気の毒な気がする。何を考えているのかが読めなくて、ローゼマインは返答に窮してしまった。
    「……ふむ。ガウスビュッテルはツェント・エグランティーヌが即位して以来、隣のコリンツダウムとの関係に苦慮していらっしゃいますね。クラッセンブルクと親密な関係を続けるか、コリンツダウムとも連携を図るか……そのような点で領内の派閥が割れていると耳にいたしました」
     沈黙を破ったのはフェルディナンドだった。社交的な笑みをアウブ・ガウスビュッテルへ向けながら、彼は静かな口調で手持ちの情報を披瀝する。彼の言葉に、ローゼマインは先ほど抱いた疑問の答えを知る。子供を得られなくとも、アレキサンドリアに渡りをつけられればガウスビュッテルとしては充分なのであろう。
    「領内の割れた派閥をまとめるには、全く別の大領地と渡りをつけるのが有効――そうお考えになるのは領主として賢明な判断と存じます、アウブ・ガウスビュッテル」
     ローゼマインの第一配偶者であるフェルディナンドから「賢明な判断」という言葉が出たからだろう、アウブ・ガウスビュッテルは目に見えて安堵した様子でゆっくりと頷いた。
    「そうおっしゃって頂けるとは思いませんでした、フェルディナンド様にもご納得頂けたようで何よりです」
     フェルディナンドもその言葉を受けて、社交用の穏やかな笑みを浮かべた。この後反論するのだろうと思っていたのに、彼からは一向にそのような言葉が出てこない。二人が笑い合う様子に、ローゼマインは不安な気持ちになる。
     ――えっ? フェルディナンド、この話を突っぱねてくれるんじゃないの?
    「……領内でも一度調整が必要です。お返事は領主会議の際にする形で宜しいでしょうか?」
     フェルディナンドがそう返すと、アウブ・ガウスビュッテルとコンラーディンはゆっくりと頷いた。
    「ええ、勿論です。良いお返事を頂けることを願っております」

    ***

    「フェルディナンド、ガウスビュッテルからの打診についてですけれど」
     貴族院から領地に戻った日、寝支度を終えたローゼマインは棚上げにしていた話題をようやく切り出した。寝室で二人きりになった時に切り出さないと、彼に逃げられてしまう気がする。そんな予感がしたから、部屋が別々の貴族院にいる間は触れないでいたのだ。
    「……ああ、あれか」
     フェルディナンドは軽く眉を上げて応じる。長椅子に隣り合って腰掛ける夫の横顔を、ローゼマインはじっと見つめた。
    「あの時、どうして前向きに検討するかのようなお返事をしたのですか?」
     フェルディナンドはその言葉に軽く肩を竦める。当然だとでも言わんばかりの仕草だった。
    「どうして? この話を受けるのが領地のためだと思ったからだが?」
    「え?」
     思いもよらない言葉に、ローゼマインは思考を停止させる。
     ――き、聞き間違いだよね?
     胃の辺りにしくりと痛みが走った。意識してその感覚をこらえ、ローゼマインは今一度フェルディナンドに尋ねる。
    「……まさかわたくしに第二配偶者を迎えろとおっしゃっていますか? そう聞こえたのですけれど、勘違いですよね?」
     頬が引きつりそうになるのをこらえて何とかそう返すと、夫は静かに首を振った。
    「間違っていない。最終的に判断するのはアウブである君の務めだが、その方が良いと私は思った」
     真っ暗な穴に突き落とされたような気がした。胃の辺りに感じていた痛みが、今度は嫌な浮遊感となって全身に広がる。四肢からへなへなと力が抜けてゆく。視線を上げていられなくて、かくりと顔を俯かせた。
     ――どうして?
     フェルディナンドがそんなことを言う日が来るだなんて、考えたくなかった。彼が自分に言った「他の男が家族としての情を得るのが耐えられない」という言葉は何だったのだろう。


    夫婦喧嘩。フェにどうしてそんなこと言うのか、フェは自分に他の男と寝ることを望んでいるのかとか、問い詰めるロゼマ。
    自分が妻を独占するなんて、ヴェローニカに似ているようで嫌だったと言うフェ
    むぎゅっ
    あり得ません。そんなところで似ているとか似ていないとか考えること自体、そもそも間違っています。
    どういうことだ?
    わたくしはヴェローニカ様と同じ、エーレンフェスト出身の女性です。同じ領主一族で、欲望に忠実なところもそっくりかもしれませんね。名捧げを忠誠心の発露以外の形で利用している……なんて共通点もあります。では、わたくしとヴェローニカ様は似ていることになりますか?
    まさか
    そうでしょう? その言葉を貴方にもお返ししいたしますよ
    だが……
    何ですか?
    ……あの女が父上に別の妻を娶らせなかった理由は、その生い立ちにある。初代グレッシェル伯爵の……。
    どういうことですか?
    ガブリエーレ様はベーゼヴァンスを産んですぐに亡くなった。グレッシェル伯爵の下、ガブリエーレの子供達を監督したのはグレッシェル伯爵の第二夫人であろう。
    それって、ライゼガングの……。
    ああ。第二夫人はガブリエーレの子供達に辛く当たったことは想像に難くない。特にヴェローニカは唯一の女児だったし、ガブリエーレ様に外見も気性も良く似ていたと聞いている。男一人に妻が二人……そんな状況がヴェローニカの不幸を産んだ。少なくともあの女はそのように考えたのであろう。私はそのせいで……あの女の家族観のせいで随分と嫌な思いをさせられた。私が今ここで、君を独占したい気持ちを起こすことは、後の禍根に繋がる気がしてならない。
    ヴェローニカのことと貴方自身のことを一緒くたに考えないで下さいませ。ヴェローニカは経験から都合の良いことしか学んでいないからそうなったのです。フェルディナンドとは全く違います。
    ……どういうことだ?
    だって、ヴェローニカは第二夫人から虐げられた経験があるのでしょう? それならば自分がフェルディナンド様にした仕打ちは、そのまま過去の自分がされたことだったと気付いても良い筈ではありませんか
    ……人はえてしてそういうものであろう。傷付けられた記憶は心の深いところに刻み込まれるが、自分が人を傷付けている可能性はすぐに放念してしまう
    貴方もそうなのですか? レティーツィアとも良い関係を築いている貴方が?
    だが……
    じっ
    ……君が泣くことではない
    貴方が泣かないからですよ……
    君は本当に昔から……
    ぎゅー
    ……ね。改めて訊きますけれど、ディーノは……その、どうなのですか? 領地をどのようにするべきかとか、どうあるべきかとか、そういうことではなくて、貴方の、その……望みとして、わたしにどうあって欲しいですか? やはり二人目の夫を迎えて欲しいですか?
    ……まさか。私が望む訳がなかろう、そのようなことを……。
    へにゃ
    良かったぁ……。わたしもね、二人目の夫なんて嫌です。貴方がそれを望んでも絶対に嫌。
    ……例えば、それがルッツでもか?
    今日のディーノは本当に後ろ向きですね。ええ勿論、ルッツでもお断りですよ。そもそもルッツはトゥーリの夫ですよ? どうしてそんな発想になるのですか?
    ……すまない
    ディーノはわたしとルッツの仲をやたらとそういう風に受け取りたがりますけれど、わたしはルッツと結婚したいと思ったこともなければ、ルッツと恋人になりたいと思ったこともございません。完全に勘違いですよ。
    それは……君が鈍いだけではないか?
    え?
    いや、こちらの話だ
    やや沈黙
    ……私が求婚した時だって、君は私と夫婦になるつもりはなかったであろう。ならばルッツのような相手が君に必死で頼み込んだら、結婚を承諾するのではないかと思っただけだ。
    不思議そうに首を傾げるマ
    確かにそうかもしれませんけれど、現実に求婚してきたのはディーノであってルッツではありませんからねえ
    ぽかんとした顔のフェ。珍しいなあと思うマ。
    そんなに驚くようなことですか? 貴方がわたしに求婚したのではありませんか。ルッツにしてもらったことなんてありません。私に『この人と結婚しようかな』って気持ちを抱かせたのは、ルッツじゃなくてディーノですよ
    何か言おうとするも言葉にならないフェ
    なでなで
    ……他でもない貴方自身がこの未来を選び取ったのですから、少しは自信を持って下さいませ。わたしはもう他の誰からだって求婚に応じる気はありません。わたしに心から結婚を申し込んで下さった方は、後にも先にも貴方だけですし、わたしが心から結婚したいと思った相手も貴方だけですよ
    ぎゅー
    (閨?)
    ……果報者だな、私は
    くす
    そうですか? それを言うならわたしこそ、こんなに貴方に大切にして頂いて幸せ者だなあって思いますけれど
    微苦笑
    それで、領主会議ではガウスビュッテルにお断りを入れる必要がある訳ですけれど、どんな風にお伝えしましょうか。それらしい理由を用意した方が納得しやすいですよね?
    ……そのままで良いのではないか?
    そのまま、とは?
    君が言った通りのことだ
    髪に口付け
    心から結婚を望んだ相手は私だけで、それ以外の男を夫に迎える気はないのであろう? それをそのまま言えば良い
    恥ずかしすぎますよそれは!
    くすくす
    仕方ないな、ならば策を授けてやる

    あらアウブ・ガウスビュッテル
    小広間で会議の休憩時間。
    領地対抗戦でのお話ですが、残念ながらお断りさせて頂きたくて……。
    ほう、理由を伺えますかな?
    ええ。これが領地にとって大変良いお話とは分かっております。ただわたくし、今いる夫を不幸にしてしまうのではと不安で……。
    不幸とは大袈裟な。コンラーディンはフェルディナンド様の立場をおびやかすようなことはゆめゆめ致しません
    ……そうですか?
    ええ、勿論でございますとも。あれは人を立てることに長けておりますゆえ
    ……ローゼマイン様
    フェ、突然遮る。アウブ・ガウスビュッテルの視線がそちらへ移った
    ローゼマイン様、私の全ての女神
    しっとりと手を取るフェ。愁眉を寄せてローゼマインに迫る表情はどこか艶めいている。
     ――ひえ……ふ、フェルディナンド、こんな顔もできるんだ……。
     どきどきロゼマ。
    「どうぞ私のことはご放念下さい。領地にとって良いお話なのですから、受けるべきと存じます」
    「フェルディナンド……」
     ――ここは頑張って打ち合わせ通りいかなきゃ。
     高鳴る鼓動を強いて抑えて、ローゼマインは重ねられた手をそっと握り返す。
    「そうは言いますけれど、実際貴方のそんな不安そうな顔を見てしまっては……」
    「不安そうな顔をしているのは、ローゼマイン様が私を大切にして下さる余り、領地の利を疎かにしてしまうのではと恐れているからです」
     フェルディナンドはそう言って悲しげにゆるりと首を振った。
    「まあ、フェルディナンド……そんないじらしいことを……」
     わざとらしい返しだったが、ここは恥ずかしがらず堂々と口に出さなくてはならない。嘘臭さを気取られてはいけないのである。ローゼマインはお腹にぐっと力を入れて、フェルディナンドが握ってきた手をもう片方の手で撫でる。
    「貴方がいつもそうやって慎ましくしているからこそ、わたくしは心配なのですよフェルディナンド。貴方の胸の内を遠慮せずにおっしゃって?」
     フェルディナンドはその言葉に、そっと視線を伏せると、益々力を込めて手を握り、ローゼマインの方へ身を乗り出してくる。憂いを含んだ視線は酷く蠱惑的で、ローゼマインはそれを見るだけで心拍数が上がるのを感じた。
     ――はわ……悲しそうなフェルディナンドの表情、破壊力が凄いよ……。
     これでおねだりされたら、わたし、ひとたまりもないかもしれない。そんなことを考えながらローゼマインは次の台詞を待つ。
    「……そうですね、私がアウブの婚姻に意見を述べるなど、差し出がましいことは承知しております。ただ……」
    「ただ?」
     ローゼマインがそう促すと、彼は悲しみの中に儚げな微笑を浮かべてこちらを見つめ返した。大した演技派である。
    「ただ……毎晩貴方の寝所へ招かれ、寵愛を受けるこの日々が余りに幸せでしたので、それがなくなってしまうかと思うと……悲しみに胸が詰まる思いがしただけでございます、我が全ての女神」
     ざわ、と周囲が彼の言葉に色めきだったのが分かった。アウブ・ガウスビュッテルは酷く困惑した表情で二人を見つめている。
     ――そりゃそうだよね!
     ローゼマインは羞恥心をぐっとこらえながら、フェルディナンドの頬にゆっくりと手を伸ばす。頬と顎を撫でた後、髪を撫で梳いてやると、フェルディナンドは仄かな喜悦を浮かべてこちらに擦り寄ってきた。
    「……アウブ・ガウスビュッテル」
    「は、はあ」
     フェルディナンドの髪を撫でながら、ローゼマインはできるだけ大人っぽい笑みを心がける。ここは歳上の男を掌中の玉のごとく扱う、嫣然たる女性アウブを演じなくてはならないところなのだ。
    「やはりこのお話はお断りさせて下さいませ。わたくし、フェルディナンドを安心させたいと思いこそすれ、不安にしたいとは思っておりませんもの」
    「しかしアウブ・アレキサンドリア、そのような偏った寵をお示しになっては……」
    「まあ、偏った寵だなんて」
     そう言いながらローゼマインは今一度フェルディナンドの顎を撫でる。
    「わたくしのゲドゥルリーヒが冬の厳しさに耐えられないのであれば、他の女神との縁を結ぶこともやぶさかではないと思いました。けれど他ならぬゲドゥルリーヒが氷雪に閉じ込められることを望んでいるのですから、このお話はこれまでですわ」
     ぱくぱくと口を開け閉めするばかりのアウブ・ガウスビュッテルににこりと笑いかける。
    「どうぞコンラーディン様に宜しくお伝え下さいませ。リーベスクヒルフェ様のお導きで、今度こそ良いご縁が見つかりますように、と。――わたくしにとってのフェルディナンドのような方に、コンラーディン様もきっと巡り会えますわ」
     離席していたツェントと王配が広間へ戻ってきた。会議の再開である。アウブ・ガウスビュッテルは茫然とした様子で、自領のテーブルへと戻っていった。

    ……は、恥ずかしかったです。
    寝室で今日の振り返りをしながらローゼマインがこぼすと、フェルディナンドが愉快そうに笑う。
    なかなか見事だったぞ? 周囲の他の領地も聞き耳を立てていたからな。これで第二配偶者の打診も減るであろう。
    あの……変な誤解をされていませんか? わたくし、何だかすごくフェルディナンドへの執着がというか、その、えっと……
    それは誤解ではなく、事実ではないか?
    え?
    私以外の夫など絶対に願い下げだと言ったのは君自身あろう
    そうですけど! でもさっきの演技はニュアンスが違うでしょう!? 何だか、フェルディナンドがわたくしに閨で取り入っているみたいで……わたくしもそれを歓迎しているみたいで……
    くつくつ
    まあ……そうだな、そのように印象付けた
    恥ずかしいですよ……いくら嘘も方便とは言っても……
    その言葉にフェルディナンドが淡い苦笑を見せる。
    私としては、満更嘘ではないと思っているのだが
    フェルディナンド、ローゼマインの頬を撫でる。髪を梳く。ローゼマイン、赤くなって口をぱくぱく。
    ……その、やっぱり毎晩一緒に寝ているって、何というか……普通ではないのでしょうか……。
    さあ? 普通か否かなどどうでも良いのではないか?
    うう……フェルディナンドは突然後ろ向きになったり、かと思えば自信満々になったり、振れ幅が激しいですよ……
    フェルディナンドからぎゅー
    ……君が私を愛してくれていると思うと、強くいられる
    その言葉にローゼマインは目を丸くする。
    君は私を選んでくれたのだ。君に選ばれた人間だと思うと、自分自身のことも信じて良いと思える
    苦笑するマイン。頭なでなで。
    どうしてわたし基準なのですか。わたしなんて関係なしに、ご自分を信じて大切にして下さいませ……
    君がこれからも私を必要としてくれれば済む話だ。……君の存在抜きで得られる自信など、興味がない
    マインはその言葉に、泣きたいような笑いたいような、複雑な気持ちになる。愛おしい、と思った。強くて弱いこの人が、ただ愛おしい。
    貴方以外の夫を迎えるなんて無理だなって、再確認いたしました
    フェルディナンドがその言葉に軽く眉を上げる。先を促す仕草だと察して、ローゼマインはそっと笑う。
    ……私の中にある、「大切にしたい」って気持ちは、全部ディーノに使いたいです。他の人に向けてあげるなんて、勿体ないですもの
    ……勿体ない?
    ええ。だって、必要とする人に与えるべきではありませんか? 貴方はこんなに求めてくれるのですよ。結婚を申し込んできた時からそうでした。わたしと家族になりたい、結婚したいって、心から言葉にしてくれたのは貴方だけです。わたしのこの愛情を必要だって……欲しいって言ってくれたのは……他でもない貴方なんですから……
    マイン
    ぎゅー
    ディーノと夫婦になれて良かったあ
    涙声が響いた。形の良い頭をゆっくりと撫でる。華奢な手が応えるようにフェルディナンドの髪を梳かす。
    このままずっと、死ぬまで愛し合っていたい。どちらともなくそう思いながら、二人はゆっくりと目を閉じた。
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