グレーティア視点。
ユストクスと一緒にお茶入れてる。フェルマイが罪人の処遇について話してて口喧嘩。上級貴族と、それに利用された中級、下級貴族の処罰について。主犯格の上級は処刑、これは二人とも同意している。けれど利用されただけの中級、下級について二人の間で意見が割れている。子供以外は処刑すべきと言うフェルディナンド、減刑してやれと言うローゼマイン。
お茶が入った途端に「これ以上話しても仕方ありません。貴方に思ってもいないことを言ってしまいそうですから、隠し部屋に入ります」と言ってお茶を持って籠もっちゃうローゼマイン。追いかけようとして拒否られるフェルディナンド。
「心配しているからこそ厳しいことを言うのだとお伝えになればよろしいのに」
ユストクスがそんな感じのことを言ってじろりと睨まれる。
「ローゼマイン様は、フェルディナンド様のお気持ちをしっかりと理解なさっておいでですよ。ローゼマイン様を誰よりも案じていらっしゃることも……。それでもローゼマイン様は罪人に慈悲を与えたいとお考えなのでしょう」
グレーティアが言うと、フェルディナンドは微妙な表情を見せる。お菓子の用意をするグレーティア。
「……慈悲は、見せて良い時とそうではない時がある。今回は見せるだけの意味がない」
「ええ、僭越ながらわたくしもそう思います」
意外そうな顔をするフェルディナンド。グレーティアは淡く笑む。
「慈悲を見せたところで、今回の罪人――特に例の中級貴族は、逆恨みをしてきてもおかしくありませんもの。そのような者を助命する理由などございませんわ」
「はっきり言いますね」
ユストクスが笑いながら主の前に菓子の皿を置いた。
「……ローゼマイン様が大規模魔術でアーレンスバッハの土地を癒した際にも、同じことを思いました。逆恨みをしてきそうな旧ベルケシュトックの者のために、ローゼマイン様が命を削る必要などない、と……」
フェルディナンドはその言葉に、ああ、と声を漏らす。過去の記憶を手繰るような表情をしていた。
「主のお考えを否定するつもりはございません。わたくしもローゼマイン様の慈悲に救われた者の一人ですから。けれど慈悲を与えた相手が主を害する可能性を思うと……耐えられません。いっそわたくしにもっと力があれば、そのような者を自力で処分できるのにとすら思います」
ふ、と笑うフェルディナンド。
「……其方がそのようなことをする必要はなかろう。中級側仕えにできる汚れ役など、毒を盛るか夜伽をするかの二択しかない」
その言葉は冷笑のようでいて、どこか悲しみを帯びていた。グレーティアはそれを感じ取ってうっすらと笑う。
「そうですね……」
何かを考え込むような横顔が見える。グレーティアは、その思案に耽る瞳をそっと眺めた。この男の中で混じり合っている、冷徹さと愛情深さ。
――この方もローゼマイン様と同じ。わたくしにそのような仕事を命じたりはなさらない。
ハルトムートは彼に命じられ、時折汚れ仕事をこなしているのだとグレーティアは知っている。名を捧げている側近同士ということもあって、彼がマティアスやラウレンツに協力を要請しているのを目撃したこともある。
――けれど、わたくしには声をかけてこない。
側仕えに頼むような案件がないのかもしれないし、あるいはグレーティアを能力不足と思っているのかもしれない。最初はそんな風に考えていた。けれどローゼマインの側に長く仕える内、もしかするとそれは、汚れ仕事の統括役であるフェルディナンドの意志かもしれない、と思うようになった。
――どうしてなのかは分からないけれど……。
テーブルの側に佇んで思考を繰っていると、フェルディナンドがゆっくりとカップを持ち上げた。茶を口にしながらも、視線は隠し部屋の方をじっと見つめている。
――ローゼマイン様のことをお考えなのでしょうね。
この方はいつもそうだ、とグレーティアは思う。他の誰よりもローゼマインのことを考え、ローゼマインに尽くし、ローゼマインのために生きている。その生き方の徹底ぶりは、殆ど驚嘆に値する。
茶器を置く微かな音が鼓膜を擦った。グレーティアはワゴンからそっと顔を上げる。窓から射し込む陽光が、男の横顔に不思議な陰翳を与えていた。
「……私は、惨めに生き存えることの意味を疑っているのであろうな」
不意に低い声がグレーティアの耳に届いた。座っている男から発せられた、独語のような言葉。何と返せば良いのか、そもそも返答すべき言葉なのかも分からなくて、グレーティアはただその場に立ち尽くす。
「できるだけ生かしてやった方が良い、とローゼマインは言う。だがこの世には、いっそ死んでしまいたいと思うような苦しみが確かにある。人を生かす以上、そのような苦しみをも取り上げなくては嘘だろう。それをできると言い切れないのならば、助けない方が良い……私はそう思ってしまう……」
罪人としてこれから生きていく者達のことを言っているのだろう。領主に逆らった罪禍を背負って生きようとすると、貴族社会では途方もない代価を支払う羽目になる。少しでも家の立場を良くするため、より地位の高い別の貴族に取り入る。その過程で多くの財産を相手に渡すこともあるだろうし、子供を差し出すこともあるかもしれない。そのような力関係に巻き込まれて育つ子供が幸せになる筈がない。孤児院で保護した方がよほどまともな生活を送れる筈だ。
――逆恨みとは、そういう中から生まれるものですものね。
グレーティアは胸中でそう嘆息する。同意できるだけに、安易な慰めを口にすることができなかった。ユストクスも神妙な表情で佇んでいる。