サムシングブルーを知りたくない同期とヒューゴさん。
何気ない昼休憩。
会社に戻る時間がたまたま早かっただけ。
「好きなんです」
「ああー…………」
居合わせてしまった。恐らく告白現場に。
関係ない私の心拍数がなぜか上がってしまっている。頬にも火照りを感じている気もするけれど、気のせいだと思う。
息をひそめることには慣れている。足音をさせないようにすり足で廊下の角に身を、そうすれば――
「いけない子な〜んだ」
だというのに、最悪ともいえるタイミングで悪戯好きの同期の声が耳元に届く。今日は少しばかり間が悪い日なのかもしれない。こんなに間が悪いことなんてあるのだろうか。
(間が悪いなんて当然よね。私……だもの)
義兄の励ましの言葉を自分を傷つけるために使ってしまった。本人がいないのに、なぜか義兄に申し訳なく思って息を吐く。
「……イヴ、耳元で話すのはやめてください」
「うーん、だって俺の声ってよく通るっていわれるから」
たしかに……、と妙に納得してしまいそうになったことは置いておく。彼は言葉がとても上手いのだ。ぼんやりと聞き流してしまえば、イヴの思い通りになってしまいかけたことなんて数知れず。
「ですが目隠しはやめてください」
イヴのひんやりとした手のひらに私の瞳は覆われていた。美しい顔は少年の面影を残しているというのに、言葉どころか行動力にも長けていて、とても少年とは思えない非情さも持ち合わせている。
「それは……嫌、かな」
よくわからないことをよくしてくる彼だけどさすがに意図が見えない。
「……なぜですか?……」
「後ずさりたいのに、後ずされなさそうだから」
彼の言葉は私の心を真っすぐと捕えてしまうことが多い。
「…………そんなことないです」
私の可愛くない言葉とは反対に、窓からの日の光とイヴの体温が合わさって、少しだけ胸に安心感が芽生えてしまっていた。
「そうかなあ?」
私の心を探るような言葉――図星だった。
私は物音を出してしまうかもしれないことを不安に思って、その場を動けなかっただろうし、内心ではしてはいけないことだと思いながらも告白の結果が気になってきっと動けなかった。
同期だからだろうか。イヴにはなんだって見破られてしまう。
「俺たちって好奇心旺盛なところが似てるよね」
「似てません」
「ううん、似てるよ」
イヴはやさしいと思う。この場に私だけでは、もしヒューゴさんに姿を気づかれてしまったら、悪趣味だと罵られていただろう。けれどイヴといたとなれば、「野次馬たちめ」と呆れられるだけで済むことは想像に難くなかった。
イヴがそこまで考えていようと考えていまいと、私の傷が浅くなることは事実だった。だから感謝の気持ちを込めて、まだ目を塞いでくれているイヴの綺麗な手に私の頼りない手を添える。
「……はは、今はあんまり嬉しくないかな」
予想外だった。彼ならきっと「どういたしまして」と答えると思ったからだ。彼の手が私から離れていることにも遅れて気づく。
意識を向けてないうちに告白は決着がついているようだった。同期の彼女はお辞儀をして、ヒューゴさんの横を通りすぎ、私たちとは違う方向へと駆けていった。
ヒューゴさんは少しだけ視線を落として頭を掻いている。目の前のイヴに気を取られて、あれだけ気になっていた光景を見逃してしまったけれど、断った――のだと思う。