あの行列の先「あの店、今日も並んでいるな」
中華街を散策していると理鶯がぽそりと呟いた。隣にいた銃兎が「観光客の定番スポットですからね」と解説する。確かあの焼き小龍包の店は観光ガイドに載っていたはずだ。焼き小龍包という特性上、歩きながら食べると灼熱の肉汁が周囲に飛び散り火傷必須の爆弾である。そんな危険物を食べ歩きとして売り出したところ、店の前には熱々の小籠包を頬張り悶絶する客が溢れかえったのは一時話題になったものだ。
「こんな暑い中、熱いもの食べるなんて」
銃兎が眼鏡を外しながら額に滲んだ汗を拭う。真夏日と天気予報士の姉ちゃんが言っていたはずだが、理鶯は相変わらずの迷彩服。銃兎に至っては熱を吸収しやすいいつもの黒いスーツをきっちり着込んでいた。多分、コイツらは天気予報を見ていない。でなけりゃ、こんなクソ暑い格好を好んでするはずがない。
アロハシャツの胸元をぱたぱたと仰ぎながら、いつも通りの服装の二人を横目に左馬刻はその店の看板を見上げた。
「ここの焼き小龍包まだ食ったことねぇな」
「厶、確かに」
たいして新しい店でもないが、一度も食べたことがないのを思い出す。中華街に来れば馴染みの中華屋一択でそれ以外のものを食べることはごく稀だった。この土地の主として一度は食べておきたいところではあるが、次々と増える客に食欲が反比例して減っていく。
「……今度空いてる時に邪魔しようぜ」
人混みが苦手な三人の選択肢から焼き小龍包は既に消えていた。その日はそのまま理鶯のベースへと足を向けたのだった。
「それであの行列並んだのか?」
「いーや?“今度食いてぇから空いてる時間教えろ”って聞いたらなんかくれたんだわ」
けらっと笑うと左馬刻は、銃兎の車の中であろうと構わず割り箸を割りわくわくとした面持ちで小籠包を摘む。汁飛ばすなよ、と諦めた顔の銃兎も左馬刻が持ってきたパックを手に取り、小籠包の皮に穴を開け冷ましている。
「あっ、ふ、……!」
「お前はアホか?」
本人の負けず嫌いが影響したのだろうか、一度口に含んだ激アツの焼き小龍包を吹き出すことはしなかった。動きがうるさい、と銃兎は呆れながら自分の分を頬張る。うん、旨い。もちもちの皮を破れば肉汁が旨味を運んでくる。そっと左馬刻に飲みかけのペットボトルを差し出し、じっくりと味わう。白の皮がノーマルならこの緑のはにらか?
ゆっくりと深夜の車内で二人が味わっているとコンコン、と窓が鳴った。慌てて窓の外を見れば見慣れたみかん色の髪がふわりと揺れる。
「おや、理鶯。今日は買い出しですか?」
「うん。トカゲのような姿を見かけたので追いかけていたらこのような時間になってな」
「そ、そうか、あっ、理鶯も焼き小龍包食うか?」
嫌なワードが聞こえ慌てて話を逸らす。この間の店だと伝えれば食指が向いたらしい。後部座席に乗り込んだ理鶯は左馬刻の食べかけを手渡され箸を掴む。理鶯はたいてい串の料理かフォークとスプーンを使っていたはず。箸を使う姿は物珍しくて、銃兎はバックミラー越しいつの間にか移動していた白いふわふわとした髪とオレンジの髪の戯れを観察する。
「だいぶ冷めてるけどなかなかイケるだろ?」
「うん」
食事中の彼は基本無言だ。左馬刻の言葉に頷いてからは終始静かに味わっている。味覚に集中しているのだろう。調味料は何を使われているとか焼き加減だとか、舌だけで理鶯は完璧に店の味を再現してみせた。ただ、材料が知らない名前の生物に変わっていることが多いことには目を瞑ることとする。
「今度、二階のレストランで飯食ってけって」
「これタダで貰ったんだろ?行くしかないじゃないですか」
「厶、それなら小官は食材を」
「「それはダメ」」
仲良く言葉が重なった二人となぜ止められたのか首を捻る一人。それぞれスケジュールを確認し、三人揃って店へ行ける日を調整しだしたのだった。