兄はこのあと颯爽と助けに来る ひどく陳腐な手法だった。人工甘味料をふんだんに使用した余ったるい飲み物に砕いた睡眠薬を溶かし入れる。放課後、人気のない体育倉庫に呼び出されたと思えば「喉が渇いたでしょう」とジュースが差し出されるのである。千寿郎は当然のように訝しんだ。しかし、元来人を疑うことをしない性格もあり、疑いは疑いのまま差し出されたそれを受け入れてしまう。
飲めばほとんどすぐ、眠りに落ちてしまう。まったく眠れないと訴え処方されたそれを規定量の倍溶かした。効果があるかはわからない、あれば御の字。無くても、こうして彼と二人きりで話せたのだから十分だ。
少年は千寿郎を見る。千寿郎も、ほとんど話したことのないクラスメイトから向けられる痛いほどの視線に違和感を覚えていた。
「……君は飲まないの」
「うん。千寿郎が飲んで」
どうして。そう問いかけようとしたが急激な睡魔に言葉が途切れる。おかしいと思う前に膝から崩れ落ち、手放したペットボトルは人工甘味料を辺りに撒き散らした。
なに、どうして。言葉は睡魔に喰われてしまう。はくはくと口を動かしながら、最後の抵抗とばかりに表情を歪めた。
「だめ、そんな顔しないで」
お願いだからと口内に遠慮なく中指と人差し指が差し込まれる。そのままぐちゃぐちゃとかき混ぜられ、引き抜かれたと思えば今度は舌を捩じ込まれた。押し返そうと少年の胸を手で押すが、ほとんど力の入らないそれは少年に指を絡ませられ終わる。
苦しい、逃げなきゃ。そうして意識を手放す直前、千寿郎はここにはいない兄を思い、ただただ助けてと、そう思った。