しずく、しずか、しずむ【二】舌を絡め合う。
その舌は、人間のものよりも細く、長く、しなやかだった。
濡れた蛇のように俺のみじかい舌へと這い上がり、先端をなぞったかと思えば、根元にまで巻きついてくる。
唾液が混ざる。
熱くて粘ついた、濃密な吐息とともに、じくじくと音を立てながら絡み合う。
それだけで腰の奥がじんわりと熱くなる。
唾液を絡めて交換する、そのひとつひとつの動作にしても、まるで違う生き物同士の営みのようだった。
お互いの境界が溶けていくようで、ほんの少しでも心を許せば──今にも混じり合って、一つになってしまいそうだ。
なのに、ふとした瞬間に思い出してしまう。
怪異の唾液とか、大丈夫なのか?
たかが量なんてしれてる。でも、こんな得体の知れない強力な怪異の体液を一滴でも、取り込んでしまったら。
直ちに影響はなくても、あとからなにか、取り返しのつかないことになったりしないか?
どうしても、そんな考えがよぎってしまう。
精液もそうだ。
俺の中に出してくる、それは確かだ。けど、匂いがまるでない。
人間のそれとは違いすぎて、逆にこわい。
汗もかかず、息も乱さず、俺が絶頂するのを上から見下ろしている。
目に焼きつけている。
そういう時、快感よりも、命の危機を感じる。
これは模倣なのか。まがいものの交わりなのか。
でも、その割に、いつも先に手を伸ばしてくるのはウサミの方だ。
「何を考えているんですか?」
熱のこもった空気を割って、耳元に甘ったるい声が落ちてきた。
ちょうど、俺はウサミの舌を再び這わせられようとしていたところだった。
「……おまえのこと、だよ」
嘘じゃない。今まさに、それしか考えられていなかった。
「もうっ、門倉さんって本当に僕のこと大好きですよね!いつも僕のこと考えてるってことですか?まあ、ここで他の人の名前とか出て許せるかって言われたら許せませんけど」
機嫌がいいと、ウサミは饒舌になる。
そして、扱いが丁寧になる。
指先を使って、俺の熱を優しく撫でる。舌先で、先端をくすぐるように這う。
じっとりと熱が伝わり、力が抜ける。
ウサミの肌は本来、冷たい。
けれど、触れているうちに、ぬるくて生々しい温度に変わっていく。
奪われる体温より俺の熱の方が勝っているのだ。
舌と手が同時に動く。
先端を軽く吸われ、裏筋を指でなぞられると、
声が漏れるのもこらえきれない。
「うっ……さ、み……っ、……ぁあッ」
おっさんのよがり声を、こいつはどんな気持ちで聞いてるんだろうな。
そんなことをぼんやりと思っていたら、吐き出された熱を、ウサミは口いっぱいに受け止めた。
満ち足りたような、うっとりとした笑み。
その顔が、いちばんこわい。
唇を閉じ、舌で転がし、喉を鳴らして、ゆっくりと飲み込む。
毎回、残さず、こぼさず、丁寧に。
手についた分も、指の間までしつこいくらいぺろぺろと舐め取っている。
「……あの、さぁ。そんな、もう……汚いから」
「はぁ!? 汚いってなんですか!」
なんで俺の出したもんに対して、こいつがブチ切れてんの?
「ほっといてくださいよ!」
「いや、でも俺の……だし」
「……?」
なに言ってんだこいつみたいな顔で返される。なんでだよ。
「じゃあ、このあと、どうするんですか?」
「そりゃあ……ティッシュで包んで、捨てて……」
「ほら~~~~!!!」
「うるせ……っ」
「捨てるんじゃないですか! 要らないんじゃないですか!」
「いや、まあ……普通はそうだろ」
「要らないなら、僕がお腹に入れても一緒でしょう!」
「……そう、か?」
「僕の食事の邪魔しないでもらえますか!」
「え、おまえ……精液で腹を満たしてるってことなの?」
「そんなわけないでしょう!!!!」
ねえ、なににそんなに怒ってんの?
俺はもう泣きそうだよ。
「今はこれで我慢してあげてるんです、あなたの味とにおいを」
俺の体が、匂いが、“美味しそう”。
何度か聞いたその言葉を、今、目の前で再確認しているような気分だった。
そうか。
“堪能”してるんだ、こいつは。
つまり俺を傷つけずに堪能する術がこれなんだ。
これ、なの……か?本当に???
なんか正直、嫌だけど──
「ああ、僕、早くおなかいっぱいになりたいです」
ぞわぞわ、と背筋を這う感覚。
気のせいじゃない。尾の先が背中を滑っていた。
食われるよりは、マシか……。
ウサミの腹は、滑らかで、臍がない。
けれど、無駄のない筋肉がついていて、不自然に綺麗なかたちをしている。
中身は、人間のそれとは違う。絶対に。
そこに収められるよりは、舐めとられるだけで済むほうが、まだいい。たぶん。
「人間でいう、リサイクルってやつですよね」
「全然ちがう」
やっぱり、怪異のことは、わからない。