しずく、しずか、しずむ【一九】たぶんこの蛇は寝ているんだと思う。
透明なアクリル一枚で仕切られた向こう側、展示されている蛇は木に体をゆるく巻き付けてじっと動かないでいる。
瞼がないから分からないが、体を休めているには違いない。
ちら、と隣を見れば目があった。蛇の下半身を持つ怪異と。
「展示されてるものを見ろよ」
なんで、いつも俺を見ているんだ?俺はおまえが興味あるかと思って連れてきたっていうのに。
やれ花だ紅葉だと出かけても、いつもこっちを見てるもんだから、こういう珍しい爬虫類や昆虫の類いはどうだろうと俺も趣向を凝らしたんだけどな。無駄に終わりそうだ。
「展示……」
ウサミはそうつぶやいてから蛇を見た。
蛇って言ってもこいつみたいなつるつるで濡れたように見える鱗じゃなくて、トゲのような突起に覆われたやつだ。ドラゴンっぽさもあって、男はこういうの見たらちょっとくすぐられるんじゃないか?
ヘアリーブッシュバイパー、毒もあると書いてある。顔は丸みがあって、愛嬌もあって……と、まあ個人の感想だけどな。
ウサミは1分くらい黙って、じぃっと蛇を見ていた。
「飾られている、ということですよね」
「ああ、まあ……そうだな」
「……」
え?今のでおわったのか?1分見てた感想がこれ?
「お、おまえの鱗とは……その、違う感じだよな。 こいつには毒もあるっていうし」
なんとなく、この“間”というか、沈黙が気まずくて続けてみる。
「毒、ですか?」
「えっ?ない……よな? だって俺、死んでないだろ?」
「そういう意味ですか。 じゃあ、ないですよ」
「……」
な~んか変な感じなんだよなぁ。つまり別の意味の、もっと広義の意味ならあるみたいだろ。
毒の定義を追求するか悩んでいると、
「門倉さん、僕ってそんなに蛇と似ていますか?」
「……はぁ!?」
飛んできた思わぬ言葉に素っ頓狂な声がでてしまう。
「だって、え?おまえ…… じゃあ、逆に自分のことなんだと思ってんの?」
今はこうやって出かけているから人間っぽい脚を作っているわけだけどよ。でも、いつも服も着ないで、長~い尻尾でするする俺を追いかけてきてよ、その姿は蛇そのものだろ。
「僕は、僕じゃないですか」
「いや、それはそうなんだけどよ……」
個の話をしはじめたら、もう全部ちがってくるだろうが。
「じゃあ、門倉さんは、僕のどんなところを蛇だと思いますか?」
「ああ? そりゃあ……下半身と、その鱗と……あと肌も冷てぇし、舌も長くて、先も割れてるだろう?」
「それだけですか?」
「……だけって、おまえ」
「じゃあ、それがない今。僕は、 人間ですか? 」
さっきまで休んでいた蛇の視線が、いつの間にか俺たちに向けられているようだった。
こいつだけじゃない、他の蛇や爬虫類たちも境界であるアクリル一枚挟んでこっち側にいる、俺の方を一斉に見ている。
鱗のない脚で立ち、丸くて短い舌、肌は触れなければ冷たいとはわからない、だったらそれは人間か?
それを問う双眸──手を伸ばし、俺はそれを塞いだ。
「……まばたき、しろよ」
そう伝えれば、ぱち、ぱちと、意識的に瞬きを2、3度繰り返して見せた。
はあ、と息を吐き、再び周りを見れば視線はいつの間にかなくなっていた。
喉まで出かかっていた声をちゃんと言葉にするべきだっただろうか。
お前は少しも人間じゃないよ。