しずく、しずか、しずむ【二二】本当にもう無理だ!!
俺は寝具を掴み、伝い、どうにかしてベッドを這い降りようとした。
だが、長い尾を巻き付けられていて、這った分だけ逆にウサミの方へ引き寄せられる。
「うっ、あ……」
「どこに行くんですか?」
ずるずる戻って、あっさりと腕の中。
「勝手に行かないでください」
乱れた寝具と尾が折り重なり、それらに囲まれるとベッドが怪異の巣のように見えた。
「僕のなにがいけないんですか?」
本気でわからない、といった顔でそう問われる。
「足りないんですか? どうしたら伝わります?」
「ちがう! 足りないとかじゃなくて、俺がもう限界なんだって……っ」
「限界……?」
「そ、そう!」
「じゃあつまり、門倉さんは僕のことが“好きになった”ってことですね?」
「なんでそうなる!?」
ウサミはうれしそうに続ける。
「だって、限界までいくってことは、十分に僕で満たされてるってことですよね!つまり、僕の想いが伝わったってことじゃないですか?」
「違う!体力的な限界の話であって…… それに、おまえの理屈おかしいよ」
ウサミは首を傾げる。
「想いなんて、必ずしも相手が受け取るとは限らないし──それに応えるとは、もっと限らないだろ」
ウサミは動かなくなってしまった。
「……う、うさみ?」
「どうして」
首を傾けたまま、まっすぐに見つめてくる。
「じゃあ、僕はどうしたら門倉さんに好きになってもらえるんですか?」
戸惑う俺に、言葉が降ってくる。
「僕は、あなたのことがこんなに好きなのに。 あなたの全部がほしい。気持ちも、体も、命も、魂も──一滴ものこらず掬って、皿の底までさらって、全てを味わいたいのに!」
そして、世界が反転した。
ベッドに叩きつけられるように押し倒され、両手首を怪異に捕まれる。
そこへ体重が、じりじりとかかる。
「いッ……」
見下ろすその瞳は、ただひとつしか映していない。
「ああ、そうですね。“気持ち以外”なら、手に入るんでした。今すぐにでも」
舌が、揺れる。揺れながら降りてくる。
本当に、こいつは──
「……おまえ、“北風と太陽”を知らないのか」
「? なんですか、それ」
「北風は強引に男の服を剥がそうとした。でも、結局服を脱がせたのは、ぽかぽか陽気の太陽だったって話だ」
顔を離し、俺の体を見下ろす。
「でも、門倉さん。 服、着てないじゃないですか」
「おまえが脱がしたんだろうが!」
ぐったりと吐き出すように言うと、俺はそのまま、童話の話とそこから導かれる“教訓”を語って聞かせた。
──強引じゃ、脱がせられない。
寝物語のように話しながら、ふと浮かんだのは別の話。
あったよな、王に殺されないように命を繋ぐため、朝まで紡がれる、引き延ばしの物語。
「……って話なんだ。 わかったか?」
千夜もあれば、こいつも何か変わるのか。
「よくわからないです」
「あー、うん、そうだよな……」
「でも、また聞きたいです」
──けれど、俺は。
「じゃあ、“また明日”に、な」
千夜をもたせる自信は、あまりない。