しずく、しずか、しずむ【五】「今日も、食べませんでした」
寝る前に、ウサミはそう報告してくるようになった。
「門倉さんのこと、大事にしたいから……」
この台詞だけ聞けば、恋人との甘いやりとりに見えるかもしれない。
顔と、“僕は恋人です”みたいな雰囲気だけは一級品なんだよ、本当に。この怪異は。
「うん、偉いな」
俺はそう返して、ウサミの頬や頭を撫でる。
(やめてくれ)
(当たり前だろ)
(なんで報告制なんだよ)
(一回でもアウトだぞ)
心の中は、ツッコミでいっぱいだ。
ウサミが絡んできた日、体温が交わるその夜は、急激な睡魔に襲われとても眠くなる。
けれど、微睡みに落ちる直前、いつも報告が来る。
偉いな、と言われるのが嬉しいのか──あるいは、自分を止めた証をもらいたいのか──
それはもう、日々の習慣になっていた。
「食べませんでした」という言葉は、
俺が今日も無事でいられたという、もうひとつの意味を持ち始めた。
おかしな話だ。
「食べませんでした」「偉いな」──
そんな、褒めているようで、誤魔化しているだけのやりとり。
なにも解決していない。
だってこいつは、俺が美味しそうで。
いつか……って、今も思ってるんだ。
けれど、それでも──我慢してくれてはいるんだよな。
「食べたら、なくなっちゃうから」
そう言って、踏みとどまってくれている。
──じゃあ、やっぱり、褒めていいのか?
その答えを考える前に、急激な眠気が思考の続きを奪っていった。
今日“も”が続けば、明日が来る。
もし、俺があまりに眠くて、
その一言をかけそびれて──習慣が途切れてしまったら。
「おやすみなさい」
囁く声と、音もなく。
目を閉じてもわかる。
ベッドの上、蛇の尾が静かに沈むように、自分の体をぐるりと囲っていくのを。