しずく、しずか、しずむ【一六】「キレイですね」
紅葉の季節。
おまえも景色を見てそんなこと言えるようになったんだな、人間らしくなったもんだ。
なんて思ってウサミの方を見るとがっつりこちらを見ていた。
見てねぇじゃん、景色。うっとりした目で俺を見るんじゃない。
赤や黄が舞う中、公園の広場には出店やキッチンカーが並んでいる。
食欲の秋だからな、ということでやってきたわけだ。
人間らしさは……まあ、置いておくとして。
長時間歩いても問題ない、自然な脚は作れるようになっていた。
「美味いか?」
「はい。でも、門倉さんの方が──」
「……いいよ、もう。俺の方が美味しそうだって言うんだろ?」
「うふっ、僕のこと分かってくれてうれしいです!」
美味いか、聞く度にそう返されたら、そりゃあ……ね。
「いっぱい人がいるけどさ、どう?」
「どう、ってなにがですか」
「いや、なんて言うか……」
“美味しそうなやつ”、俺以外にいないのか? とか。
俺は奇跡的に座れたベンチで揚げたてのコロッケを食べながら思ったわけだ。
ウサミも同じものを食べている、三個も。
そのくせ、腹が出るのは俺だけなんだよな。
それを揉んで、このお腹を好きだというのもこいつだけだ。
ふと、そんなことを考えている時だった。
ウサミの動きがコロッケをくわえたまま止まった。
どこか遠くを見ているのか、と思っていたら誰かがこちらへ近づいてきた。
「かーどくら部長!」
「ん?……ああ!」
今年入っばかりの女性事務員だ。
わざわざ駆け寄ってくる様子を見て、俺は立ち上がって挨拶する。
オフの日に遠目から見つけたとしてもスルーしてくれていいんだよ、こんなおじさんのことはさ。
曰く、来るのをたのしみにしていたんです、とか。天気がよくてよかった、とか。あれが美味しかったから部長もぜひ、とか。そんなとりとめない会話。
ごめんね、こっちから振れる話題とか咄嗟に出てこなくて……と思うくらいに話してくれた。
友達を待たせているので失礼します、と。また賑わいの中に戻っていった。
一息つき、それからやけに大人しく、静かに隣に座ったままのウサミを見る。
もう見えなくなった彼女の方をまだ凝視していた。
「おまえ、その目はまずいってぇ……」
「──あの人、門倉さんのこと、好きですよ」
「はぁっ!?!?」
自分でも驚くようなな声が出てしまい、思わず口を押さえる。
「ばっ……おまえ、なに言ってんの?あるわけないだろ!」
「なぜですか?」
「なぜって……あのな? 俺の娘より年下よ?ないない、ないって! そういうのは、ないの!」
「門倉さんって──」
ぎょろり、とウサミの目玉だけこちらに向く。
「本当に僕のこと信じてくれませんよね」
「え? いや……」
「もう、いいです」
すっ、とウサミは立ち上がる。
振り返りもせず、そのまま人混みの中に、すたすたと歩いて消えていった。
いつも隣でべったりだったもんだから、離れて遠ざかっていく後ろ姿を見たことなかったな。ちゃんと歩けている。
なんて、まったく関係ないことが浮かんでくる。一連の出来事があまりにも突然で言葉も動作も追いつかない。
すぐに追いかける、という選択肢も浮かばないまま、ぽつんとベンチに残された。
「えっ…… 俺、今……」
──怪異にフラれた?