「それから肉まんを一つ」「……ねえ茨」
「ダメです」
「……まだ何も言ってないよ」
コンビニのレジ列に並んでいると閣下が俺の裾をくいと引いた。着いてこなくていいと言ってもきかない人なのでさっさと必要なものを購入して店を出ようと思っていたのだが、思ったより店内が混んでいてレジで足止めをくってしまった。
「どうせそのケースの肉まん食べてみたいとかでしょう、ダメです」
レジ横にある肉まん30円引きとでかでか貼られたケースを指して答えれば図星だったのかぴくりと閣下の眉毛が動いた。表情が変わらないからわかりにくいだろうけれど、その顔をよく観察すると感情のいろいろなヒントが隠れている。
「……おでんかもしれないよ」
「おでんでもダメです」
「どうして? こんにゃくならカロリーないよ」
「こんにゃくだけじゃすまないでしょう。昼に殿下とケーキも食べたんですからこれ以上の間食は認められません」
それにコンビニおでんの鍋にはふたが付いておらず具が剥き出しで不衛生だ。店員の目の前で不衛生だなどとのたまって威力業務妨害だと言われても困るので決して口にすることはないが、本音はそちらだった。だいたい、最近は演技をしていない地の閣下で売り出しているとはいえ、Adamのイメージにコンビニおでんはそぐわないだろう。イメージ戦略は大切なのだ。
「どうしてもだめ?」
「ダメです」
「私、明日死んじゃったらおでん食べられなかったこと後悔しながら死ぬことになっちゃうよ」
「自分が死なせないので心配ありません」
「明日の撮影中あの肉まん美味しそうだったなって涎垂らしてるかも」
「……拭いて差し上げます。ていうかやっぱり肉まんなんじゃないですか」
レジの列がまた一歩進む。あと一人でこの問答もおしまいだ。さっさと会計して退店しよう。
「ほら、大根美味しそう。すごく染みているよ」
「って何してくれちゃってんですか! 買わなきゃいけなくなるじゃないですか!」
「一度手をつけたものを戻すのはルール違反だものね」
俺が列から動けないのをいいことに閣下は俺より一歩先に進んでおでん鍋の前に移動した。そのうえ容器を手に取り一番端の大根をトングで摘み上げている。間違いなく確信犯だ。明日の撮影で使えそうなくらいとてもいい顔をしている。閣下は最近ちっとも俺のいうことを聞いてくれないし、あまつこういう小技を使うようになってきた。そんなに食べたかったのか。いや、味にも興味があるだろうが、コンビニでおでんを購入するという体験がしてみたかったのだろう。それはわかるが勝手をされては困る。
「とっても美味しそうだね、茨」
「〜〜もう閣下は連れてきません!」
「……じゃあジュンにお願いしようかな」
「閣下!」
俺のお小言などどこ吹く風の閣下が満面の笑みでおでんの具を物色している。こうなればもはや俺に打つ手はなく、身バレしないうちにすばやく会計を済ませ車に戻るしかない。その支払いに、閣下が選んだおでんももちろん含まれている。
俺は深い深いため息をついた。閣下のお戯れに対するため息であり、ケーキとおでんを加味して夕飯を決め直さねばならない労力へのため息であり、なんだかんだ閣下が楽しそうだからいいかと絆されている自分へのため息であった。