「今日は茨が帰るまで私も一緒に居残りするね」
寝袋とコンビニのビニール袋を両手に抱えた閣下が大層キラキラした顔で俺のデスクの前にやってきた。午後七時、副所長室でのことだ。重たい案件がやっと片付きそうだとホッとしていたところだったので、ダメージが重い。なんだそのぱんぱんに膨れたビニール袋は。中身は何だ。あと寝袋なんて買い与えた記憶もEdenの誰かが持っていた記憶もないがどこから持ってきたんだ。ジュンか?
「光くんに借りたんだ。お泊りレジャー隊の備品なんだって」
「天満氏〜〜〜!」
がくり。
心を読まれたことにつっこむ間もなく、頬杖をついていた手のひらから頭がずり落ちる。もはや顔を上げる元気もない。俺はそのままデスクの表面に額を当てたままどうしたらこの人を寮に帰せるのか考えようとして、やめた。限界を超えてしまって普通に頭が回らなかったし、やる気満々の閣下に何を説いて聞かせても馬耳東風なのだ。このキラキラした顔はなんとしてでも発掘に行くと固い決心をしていた日を彷彿とさせる。その時も結局俺が折れた。
「ほら茨、がんばれ、がんばれ」
真横にやってきてしゃがみ込んだ閣下が至近距離で俺を見上げてくる。あーん、と何かを差し出してくるので考えるのが面倒で言われるがままに口を開けた。甘い。
「夕飯は食べた?」
「……いえ、食べると、眠くなるので」
「そう? 色々買ってきたよ、おにぎりとか、サンドイッチとか、お菓子とか」
チョコレートを自分の口にも一欠片放り込んだ閣下が、床に置いていたビニール袋を膝に引き寄せ中身を開陳する。お菓子の量の方が多くて、ちょっと笑ってしまった。
「本当にここに泊まる気なんですか?」
「お友達の家に泊まるみたいでなんだかすごく楽しいね」
「父親の職場に遊びに来て浮かれている子どもの間違いでしょう」
俺はビニール袋からおにぎりを一つ頂戴してぐっと伸びをした。それに合わせて閣下も立ち上がる。
「なるべく早く終わらせて必ずベッドに寝かせてやりますよ」
「そう」
閣下は余裕の笑みで俺の頭をひと撫でして、応接ソファの方へ去っていく。
「お腹が空いたり、疲れたりしたら、こちらへおいで。休憩にしようね」
「寝袋は勘弁であります」
「意外とふわふわしてるよ?」
「だめです!」
にこにことソファにかけておやつを選んでいる閣下を尻目に、俺はおにぎりを片手に、再びパソコンへと向き直った。
「カロリーは後で計算しますからね!」
返事なのかなんなのか、閣下の可笑そうな笑い声が届いた。