言い訳は後回しにして「そうまくん」
「何であるか?」
「そーまくーん」
「だから如何したのかと聞いているであろうが」
だらしなく床にごろごろと転がりながら我の名を呼ぶ姿がどこか幼子のように見えてしまって(実際は立派な成人男性なのは一先ず置いておいて)そのままにも出来ず、一つこれみよがしに溜息を吐いてからすぐ傍へとしゃがみこみながら休日だからとせっとのされていないそのままの髪に指を通す。
光を集めてきらきらと輝く自分とは正反対の淡い色の髪は思いの外柔らかく、指の隙間からさらさらとこぼれ落ちていく。
なんだかその触り心地が気に入ってしまって無遠慮にさらさらと掬ってはこぼしてを繰り返し手遊びのように触れていれば、薫殿はこそばゆいのかなんなのか、けらけらと楽しそうな笑い声を上げていた。
暫くそうしてなんとなく髪を撫でていたのだけれどふと視線を感じて彼の方へと顔を向ければ、猫のように瞳をほそめて満足そうにしている薫殿と目が合った。
「そんなに俺の髪気に入った?」
「まあ、楽しくはある」
「なにそれ、でも触り心地なら颯馬くんの方が良いと思うけどね」
「それはしっかりとけあをしているので当然である」
「わあドヤ顔」
そう言いながら寝転んだ体勢のままで此方に手を伸ばした薫殿に引き寄せられるようにして、自然と頭を降ろしてしまった自分に思わず笑ってしまった。
そのまま大きな手のひらで後ろ髪を撫でられ、何か大事なものでも触れるようにそっと指を差し込まれる感覚にびくりと身体が跳ねてしまったことには気付かないふりをする。
そんな我を見つめる彼の表情は腹が立つくらい柔らかく暖かなものだったせいで、擽ったいのである!なんて文句を言おうと開いた口は、そのまま言葉を紡ぐことが出来なくなってしまった。
「そうまくん」
「……なんであるか」
「んー、なんだろ、呼びたくなっちゃったみたいな?」
「何なのだそれは」
「えー、そういう時ない?」
「特には」
「そっかあ」
少し冷たかっただろうか、なんて一瞬気にはしたが当の本人は特に気にもしていないようでやたらと機嫌が良さそうににこにこと笑みを浮かべている。
ああ、この端正な容貌でどれだけの婦女子を誑かしてきたのだろうか……なんてくだらないことを考えてから、けれども今はその柔らかな笑みの全てが自分だけに向けられていることに一種の優越感のようなものを感じている自分に気付いてしまって、何だか勝手に負けた心地になる。
「な、なになに、」
「何でもないである」
「なんでもない顔じゃないよ」
「いや、ただ腹が立っただけだ」
「え!?俺なんかした??」
「……へらへらとしておるなあ、と」
ふにゃふにゃと緩んでいる頬をきゅっと指先で摘み上げれば途端に薫殿は驚いた表情を浮かべた。
まあ当たり前か、急に頬を抓られたら誰でもそんな顔になるであろうなあなんて他人事のように考えながら想像するより幾分も柔らかい頬をもう一度軽く伸ばしてから、少し肌を赤くしてしまったお詫びにそっと頬を撫でてみる。
「も〜痛かったんだけど」
「そんなに強く抓っておらんだろう」
「やだこの子、反省してない」
「なぜ我が反省せねばならぬのだ」
「最近ちょっとは優しくなったなあって思ってたのに」
「??優しいであろう、こうして構ってやっているのだから」
「……まあ、たしかに」
真面目な顔して納得しているその顔があまりに面白くてくすくすと笑っていれば、薫殿もつられてなのかふふ、なんて小さく笑い声を上げていて、なんだかあまりにも平和すぎて力が抜けた。
思えばここのところ有り難いことにお互い仕事に恵まれ忙しい日々を送っていたものだから、こうして二人揃って日中に家にいるなんて随分と久しかったことに気付く。
たまにはこんな風に何も考えずに過ごす休日も尊いものなのかもしれないなと思えるようになった自分も、少しは成長したということなのだろうか。
「颯馬くん」
「ん?」
再び名前を呼ばれてゆったりと視線を向ければ、穏やかに微笑む薫殿が此方に手を伸ばしてくる。
悔しいがそれだけで何をしたいのかが分かってしまって、大人しく顔を近付ければそっと唇が触れ合った。
ほんの少し触れるだけのそれはひどく心地良くて、なんだか少しだけ、ほんの少しだけ泣いてしまいそうになった。
きっと情けない顔をしてるであろうから見られないようそのまま頭を薫殿の胸の辺りに預けてみれば、彼は息だけで笑い、それからゆっくりと梳くように髪を撫でてくれる。
触れ合った部分からとくりとくりと小さく聴こえる鼓動に合わせて小さく呼吸を繰り返して、もう少しだけこのままでいても良いだろうかなんて、そんな事を考えた。