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    あとり

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    あとり

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    アイドルじゃない普通の学生な薫くんと新卒担任の颯馬くん

    けれどまだ、気付かないふりをした憂鬱な高校生活二年目、去年との変化なんてクラスの面子と教室の階層くらいしか無いつまらない日常に気が滅入ってしまう今日この頃。
    適度にサボって適度に出席をして、そんな風に誤魔化しながら毎日代り映えのしない日々を送っている訳で、せめて担任が若くて美人だったり保険医が綺麗なお姉さんだったりしてくれたらもう少し張り合いが出たのになあなんてくだらない事を考えてしまうのも仕方ないだろう。
    しかし現実は残酷で、保険医は気は良いがくたびれた見た目のいい歳したオッサンだし、担任も残念なことに男だ。……いやまあ、担任に関しては若くて美人なのは合っているかもしれない。男だけれど。

    濃紺の長髪は頭の高い位置で結ばれ、真っ白な肌や伏せると影が出来るほどに長い睫毛なんかはクラスの女子達から大層羨ましがられているのを良く見かける。
    俺も進級時に廊下で擦れ違った時は高身長の女性かと思ったくらいだが、その後にあった新任教師の挨拶でその予想は見事に砕かれることとなった。
    黙っていれば美人とか、あの担任のためにある言葉な気がしてならない。
    喋り方変だし、一人称とかまさかの我だし。
    まじで我ってなに、武士かなんかなの??

    このクラスになって早数か月が経ったいまではもう、その変な喋り方も意味の分からない一人称も慣れてはきたけれど、冷静に考えると本当に変な人だなと思ってしまう。
     
    そして俺はその担任に恐らく嫌われている。
     
    いやまあ、理由は明白なんだけどさ。
    真面目を絵に描いたようなあの担任からしたら、俺みたいなサボるしたまに授業に出たとしても基本的に机に突っ伏している奴が許せないんだろう。
    事あるごとに嫌味や小言を言われるので俺も積極的に関わりたいとは思えなくて、意図的に避けることもしばしば。
    だから少なくともあと半年以上はこのクラスに属さなくてはいけないことに既にもう嫌気が差しているわけだが、進級できないのはそれはそれで困るからあまり相手にしないようにしようと決め、最近では何を言われてもはいはいと受け流すことにしている。
    なんなら今現在もその担任の授業中ではあるが、いつも通り俺は机に伏せて夢と現の狭間を行ったり来たりしているところだ。

    (……声は良いんだよなあ、だから余計眠くなるんだけど。)
     
     








     
    時間は流れて放課後。

    誰もいない教室に残り、適当に日誌を埋めていく。
    今日は父親が家にいるからあまり早く帰りたくなくて、日直の片割れに俺が書いておくよと言って仕事を譲ってもらったのだった。
    授業の内容とか覚えていないし、今日何があったとかも大して覚えていないから本当に適当にさらさらと空欄を作らないことだけを意識して書き進めていく。
    まああまり早く書き終わってしまったら残った意味がないから、わざと時間をかけて無駄に文章を作って長くしてみたり工夫をして、担任が見たらびっくりしそうだなとかちょっと思ったりして。
     
    「まだ帰っていなかったのか」
    「げ、」
    「げ、とは何である」
    「なんでもないですよ~、日誌書いてたんですよ日誌」
    「なるほど。全然提出に来ないと思ったら」
    「綺麗に書いてるんだから許してよ」
     
    突然聞こえてきた声に驚き勢いよく顔を上げれば、担任が前のドアからこちらを覗き込んでいたものだから思わず素の声が出てしまった。
    これはこれで面倒な事になったなと内心で舌打ちをしながら、適当に会話をしていれば何故か彼は立ち去ってくれずにそのまま教室の中へと入り、これまた何故か俺の前の席に腰かけてきた。
     
    「書き終えたらそのまま貰うぞ」
    「え、良いよ持っていくし」
    「二度手間であろう、帰りも余計遅くなる」
    「俺まだ帰んないから」
    「試験が近いのだからさっさと帰宅して復習でもしろ」
    「はいはい、後でね」
     
    お互いにああ言えばこう言うタイプなせいで会話が平行線を辿りそうになったので、適当に話題を変えることにした。
    家の事を聞かれるのは面倒だから避けたいし。
     
    「センセ、そんな頭固くて大丈夫?うるさい男は嫌われるよ~」
    「お前も大概煩いであろう」
    「はあ?俺空気は読めるし。ってか先生彼女とかいないの??」
    「……いたとして、貴様に言うとでも?」
    「なにそれ、どうせいないんでしょ良いよ見栄張んなくて」
     
    露骨に嫌な顔をした先生に思わず笑ってしまいそうになる、何その顔。

    脳内で馬鹿にしたのがバレたのか、きろりと真正面から睨みつけられて思わず背筋が伸びた。
    いや怖、美人の怒り顔は迫力がある。
     
    「怒ってはいないが、なんだこの餓鬼とは思ったな」
    「いやそれ結構怒ってんじゃん」
    「……しかし、」
    「?」

     
    「恋は罪悪であるぞ。なあ、羽風?」
     

    一瞬、時が止まった気がした。
    夕陽に照らされながら、淡く口元に笑みを浮かべた彼に目を奪われた。
     
    「な、にそれ」
    「貴様、次の試験の範囲を把握していないな?」
    「……え?ああ、待って、こころか」
    「ほう、」
     
    笑みを浮かべたのはほんの一瞬ですぐにまたいつもの仏頂面に戻ったと思えば、俺がそれを知っていたのが意外だったのかおや、という表情をした先生を何故だかわからないけれど少し、ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった自分に鳥肌が立つ。
     
    「貴様、やれば出来るのだからもう少し真面目に授業を受けろ」
    「え~、だって面倒じゃん頑張るのって」
    「それでも、将来の幅を広げるのは自分自身であるぞ」
    「それは、そうかもだけど」
    「それともあれか、何か褒美があればやる気になるたいぷであるか?」
    「はい?」
     
    カタカナ部分がやたらと舌っ足らずだったのは置いておいて、何を言ってるんだこの人は。
     
    「次の試験、上位に入ったなら何か褒美をやらんでもないぞ」
    「……教師としてどうなのそれ」
    「ふは、まあそれで貴様がやる気になるなら良いであろう」
    「なにそれ」
     
    初めてこの人とこんなに話したけれど思っていたよりも随分と良い意味で、大胆な人間なのかもしれないと自分の中での評価を改めることになりそうな予感がする。

    呆気に取られている俺を横目に、先生はもう一度笑みを深めてから席を立った。
     
    「まだそれは書くのか?」
    「え、ああ、最後まで書いてないから、」
    「では書き終えたら教卓の上に置いておけ、後で回収しておく」
    「はーい、」
    「早めに帰るのであるぞ」
     
    職員会議があるので失礼する、そう言い残して席を立った彼の背を眺めながら見送った。
    先生が歩くたびに揺れる髪が綺麗だったとか、笑った顔が妙に色っぽいとか、あまりよろしくない感想が次々と脳内を過ることに焦って、誤魔化すように急いで日誌を書き終える。
    明日からどんな顔して会えば良いのか分からないが、試験、少しは頑張ってあげても良いかなとか思ってしまった時にはもう手遅れだったのだろう。


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