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    nmhm_genboku

    @nmhm_genboku

    ほぼほぼ現実逃避を出す場所

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    nmhm_genboku

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    蒼に身を委ねる

    ##海底の魚

    蒼を纏う設定と内容

    九条夏樹(♂)

    東リべをこよなく愛したトリッパー。
    タケミチが地獄の中を突っ走る度に泣き、ひなちゃんが死ぬ度に血涙を流した男。
    現在:魚

    死んでタイムリープしちゃった系男子。


    パシャッ、と水溜りを踏む音が聞こえる。雨が降っていて、それを鬱陶しいと思うことも無く走って目の前の男共の意識を落としていく。ぶわりと広がるバンカラマントが美しい蒼を広げ、深海を映し出す。

    「っらァ!!!!」

    ゴガンッ!!と相手の肩に乗って、両手で作った拳を横薙ぎにぶん回して、こめかみにぶつける。バシャッ、と相手が倒れ込む前に飛んで、周りを囲むヤツらの顔面に着地。近くのヤツの顔を蹴り、拳をぶん回してくる奴らの攻撃を飛ぶことで避け、確実に潰していく。

    「(数多いなぁ…)おっらぁ!!」

    地面に足を着いて、一気に加速。流れる水を意識しながら、顎やみぞおちを狙って一撃必殺をぶち込む。

    広がる蒼いマント、靡く金の肩紐、伸ばされた銀の髪が、美しい夜の海を思い出す。あの日、流される恐怖を抱かせた青い海ではなく、全てを飲み込むような、真っ暗な深海が、形をなし、魚となってひとつの人間の形として、集約していた。

    「ー…」

    ぐっ、と髪を掻き上げ、声を出す。息切れしていないその姿を見て、震える声を発したのは、チーム全員を引き連れた長の声だった。

    あれから約2年。深海の魚の噂は暗いところでずっと渦巻いている。ずっと関東の仄暗い所を泳いで小さくも大きい日本という場所の、中心地を守っていた。
    人が往来する場所ではない。もっと薄暗い、地獄と現の狭間を、九条夏樹と言うたった1人の人間だけで守り続けていた。

    「聞いたこと無かった?関東で後暗いことしちゃダメだよって」
    「ひっ、ひぇっ…」

    ゆら、と揺れながら確実に男の元へと歩いてくる九条に、震える声で申し訳ございませんと祈るように土下座する男の頭にかかと落としを入れ、はぁ、と息を吐いた。

    今回ちょっと手荒なことをしたけれど、いや、もうね、ほんと申し訳ない。でも誘拐はいかんでしょ〜!!!

    「…寝てる?生きてる?死んでる??」
    「うぅっ…」
    「ぎゃっ!?生きてる!?」

    バッ、と飛び退いてモゾモゾと動く彼を見る。ドッドッ、とうるさい心臓を落ち着かせながら、大丈夫?って聞けば、んんー!と口が塞がれていることを知らせてくれたので慌ててガムテを外す。

    「大丈夫か?名前言える??」
    「ば、ばじ、けいすけ…」
    「あぁ〜…!!Fuck you!!!」

    ゴスッ、と気絶した男の腹を蹴りあげてとりあえず自分に言い聞かせる。大丈夫。マジでお家に帰してあげるから!!!

    「どこも怪我してないな?痛いところとかあるか?」
    「大丈夫…です」
    「お家か分かるか?分かんねぇとか言いたくねぇって言うんだったら知り合いの家でもいいんだけど…」
    「えっと…じゃあ、知り合いの家で…」

    うんうん、偉いな、ちゃんと警戒できて、なんて思いながら、慌てて縛られてる縄を解いてやる。

    「とりあえず送るわ。さすがにこんな夜更けに子どもひとりで帰すなんて怖いし…」
    「は、はい…」

    きゅ、と差し出した手をにぎりしめるその小さな手に、マジですまんと泣きそうになったよね。いやぁ、マジで。これがあの芭流覇羅50人を速攻でぶっ倒した場地くんだろうと、今はこんなちっせぇ子どもなんだよ…それを誘拐するとかほんと殺意しかねぇわ…やば…

    「ごめんなぁ…」
    「いや、その、助けてくれるって思ってたんで、そこまで怖くなかったです。あ、あの!名前…」
    「んあ、とりあえず君の知り合いの家に送ってからな。道案内よろしく」

    カポッ、と頭にヘルメットを被せて、青のZRXに乗せ、自分も乗る。ガルンッ、とエンジンを起こし、スピードを上げながら道案内を頼む。いやマジで県超える前で良かった。ほんとビビるわクソ野郎。なんて悪態を脳内で着きながら、彼の道案内に従いながら車道を走っていれば、まぁなんだ。見知った道じゃん。怖。えっ、まって、めっちゃ嫌な予感する。

    すいっ、と角を曲がれば、ちょっと先でパトカーとかが止まってて、見知った人影があって、しまったー、なんて思ったよね。後の祭りってやつだけど。

    キッ、とブレーキを入れれば、全員がこちらを向いてて、後ろから場地くんがマイキー!って笑って手を振るから、あー、なんでこんな可愛い子があんなにヤベェやつになったんだろって思ったよね。まぁ、人間大きくなると人格変わるって言うし、しゃーないか…しゃーなくないけど。

    「降りれっか?」
    「ん」

    たんっ、とゆっくり降りて俺にヘルメット帰してくる当たりええ子やな、って思った。まぁ、ちょっちぶかぶかだったから心配だったりしてたけど。

    「夏樹!」
    「やぁっほ、佐野くん。どしたん、こんなに集まってて」
    「俺の弟のダチが誘拐されたって聞いて今から探しに行く予定だったんだよ」
    「あぁ、なるほど」

    連れ戻しちゃった。なんて言えば、ありがとうって言われたのでまぁ、ええ事したんやなって思ったよね。まさかもう出会ってる仲とは思わなくてちょっとビビッてるけど。

    「すみません、お話聞いてもよろしいでしょうか?」
    「あー、明日でも良いですか?流石にこの時間なんで寝たいんですけど…」
    「あ、お時間とりません」

    そう言って2、3時間持っていくやん〜!なんて思いながら、はぁ、とため息を吐いてバイクを路肩に止めて、軽い質問に答える。いや、ほんと気づいたのたまたまなんですよ。スモーク貼ってるバンってめっちゃ目立つくない?そう思ってるの俺だけ?

    「なるほど…。ご協力感謝致します!」
    「あ、すみません、あの子取り戻すために連れ去ってた人達と、そのお仲間さん?気絶させちゃったので、申し訳ないですけど回収して貰ってもいいですか?」
    「あらら…喧嘩も程々にお願いしますね?それで場所は?」
    「うっ、美人さんに注意されんの辛…あー、場所は?あの子が知ってます。俺土地勘薄くて…」

    すんません、なんて言えば、分かりましたってにっこり笑ってくれたのでまぁ、これで俺の質問は終わり、と。

    「なぁ!名前!!」
    「んぁ?えー忘れててよ…。あー…九条だよ。九条夏樹。今回は俺が近くにいたから良かったけど、次はわかんねぇから、ちゃんと車道に近づき過ぎない距離で帰るんだよ?」
    「はい!」

    んじゃ、俺はこれで。なんて言ってそそくさと帰ろうとすれば、泊まってってよ!なんて佐野くん(小)から言われて頭を抱えた。

    「枕が変わると寝れないから無理」
    「やだやだやだやだやだやだ!!!なっちはバジの命の恩人じゃん!!!泊まってってよ!!!!」
    「ダリィ〜…」

    お前の弟?って聞けば可愛いだろって言われてハイハイ、ブラコン、ブラコン。って対応する。もうなんかここまで来ると笑えてくるわ

    「まぁ、茶ぐらいは出すからよ。マイキー寝たら帰ればいいんじゃねぇの?」
    「あぁ、なるほど」
    「帰ったら怒るからな!?」
    「ガキの怒った顔なんて怖くありませーん」

    うぎぎっ、と悔しそうなその顔を横目に、そう言えば、と声を出す。いやぁ、年上の特権ってこういうのあるよね。

    ポンポン、と佐野くん(小)の頭を撫でながらのったりと家に入っていく。場地くんが右手を掴んで、こっち!って中に入れてくれるけどここ君ん家じゃねぇでしょwwって笑ったよね、いや笑うわこんなんww

    ☆☆☆

    「なっちって兄貴が言ってる“魚”なんでしょ?なんで“魚”って言われてんの?」
    「えっ、知らない」

    名乗った覚えないし。なんて言えば、場地くんが俺の戦い方を佐野くん(小)に詳しく説明し初めて、すげぇ!ってめちゃくちゃ目ェキラキラさせてこっちを見る。アッ、やめて!!そんな無垢な目見せないで!!あと帰らせないように膝に頭乗せんのやめて!?なんでそんなに好感度高いの!?

    「なっちなら何人でも相手できる?」
    「流石に潜りすぎるからなぁ…雨の日なら限界までいけるかなって感じ?」
    「マイキー、今こいつ色んなチームから声掛かってっから仲間にするのは諦めるんだな!」
    「えー!だってまだフリーじゃん!」
    「残念ながらチームに入るつもりはねぇんだよなぁ…」
    「なんで!?」

    そんなに強いならトップ狙えんのに!?なんて言われたけれど、俺は関東で十分だからなぁ…。

    「んー、俺はさぁ、俺より下のやつらがチーム組むって時に面倒なことになんねぇようにしてんの」
    「面倒なこと?」
    「そ。例えば今日みたいな誘拐事件とか、殺傷事件とかをなるべく無くすように俺がいるだけ。お前らが楽しく不良して、楽しかったって言って引退する。そういう世界が欲しいわけ」

    だからチームなんて縛られる立場はゴメンだ、なんて言いながら、お茶を啜る。

    「でも勿体ねぇよ?なっち強いんだろ?」
    「多分?自分の強さなんてひけらかす立場じゃねぇし。俺はちょっとおイタしてる奴らから怖がられる存在って感じが丁度いいんだわ」
    「ふぅん?」
    「まぁ、マジでこれはガチな話、こいつのおかげで事件になる1歩手前で自首してくるやつ多いって聞いてるわ」
    「警察の方々には毎度お世話になっておりまして…」

    面倒だから度々逃げてるんだけどさぁ、なんて。そう言えば、なっち最大何人とやり合ったの?って聞かれたらまぁ、前世の記憶探っちゃうよね。あん時確か700人ぐらい伸しちゃったけど、記憶にないしなぁ…。

    「んー…記憶にないなぁ。実際数える必要なくね?」
    「えー…俺数えちゃう」
    「俺も」
    「おれもー」
    「兄貴弱いから数えても数人じゃん」
    「ヴッ…」
    「完全にディスられててウケるww」

    さ、小学生は寝る時間だろ、なんて言えば明日休みだもん、なんて言われてそう言えば明日日曜日だったわ。帰ったら1日寝とこ。

    「でもなっちありがとね」
    「ん?」
    「なっちが助けてくれなきゃバジ、なっちが手ェ出せないところまで連れられちゃったってことだろ?」
    「あー、微妙?大阪までなら…なんとか行けると思う」
    「あれ?拡げてる感じ?」
    「んー、ちょっと面倒な奴らが居てさ。関東から外に出られちゃったから、今そいつら追ってる感じ」
    「お前が面倒って思うの相当じゃね?なに?薬?」
    「だったら良かったんだけどさぁ…。人身売買ってやつ。今日潰したやつがその下請けみたいな感じだから、ついでに捕まって欲しいなぁ、って言う心。まぁ、捕まんなかったら釘刺しに行く予定なんだけどさ」

    山ん中に拠点持ってるから行くのダルい。なんて言えば一緒に行ってやろうか?って言われたので丁重にお断りしたよね。死なれても困るし。

    「つーかお前らいつになったら関東制圧して日本一になんの?面倒だからさっさと達成して欲しいんだけど」
    「おま…あのな、分かってねぇから言っとくけど、お前がソロで動いてるせいでお前を倒さねぇと関東制圧も、日本一にもなれねぇの分かって??」
    「まさかの俺がラスボスだった説。まじか」

    俺抜きで頑張れよ…。めんどくせぇ。なんて言えば、お前がどっかのチームに入ってくれれば全部片付くんだけどなぁ!なんて言われたので耳を塞いでおいた。そういうのは要らねぇっすわ。

    「とりあえずお前今度俺のチームとやりあう?今なら100人ぐらい着いてくるけど」
    「ははっ、片腹痛いわ」

    言い方ァ!!って泣きそうな声で言われたけれど、しらねって思ったよね!俺しーらね!






    ゆら、と揺らめく身体が、まるで水の中を泳ぐ魚のように美しかった、と後に場地は語る。強さだけを見せつけてくるやつなんてこの世界にいたら数えなくても沢山いる。けれど、強さの中に、美しさを持ったやつなんて、この世界にゃ滅多に居ないだろう。

    揺らめくバンカラマント、夜の星のように煌めく肩紐、翻した際に見える、桜色した内布。全てが彼のための色のようで、怖かったあの時間が、全く別の物に変わったのを、場地忘れないだろう。

    切られそうな糸を、何とか繋いで、手に収めて、離さないようにするのが大変だと思った。それでも、何とか離さないように、彼がどれほど先に行っても、自分も追い付けられるように、必死で握りしめていた。
    そうして握りしめ続けて、彼のそばに居ることだけは許してくれ時は、口角が上がったんだ。その間約半年、彼の邪魔にならないように、それでも、見たことを話して、彼の欲しい情報を今じゃ直ぐに掴めるようになっていた。

    「あ、夏樹さん!」
    「んあ?場地くんじゃん。今日佐野くんは?」
    「あいつ今日サボり」
    「ウケるww小学校の頃からそんなんでいいのww?」

    ケタケタと笑いながら、ゆら、と身体を揺らす彼を見て、場地はなんでここに?と尋ねる。

    「んー、ちょっと見回り?場地くんにも言っとかないといけねぇこともあったから。昨日やぁっと君を誘拐しようとしていた本元がお縄に着いたよ」
    「えっ!?早かったっすね!?」
    「んー、俺からしたらちょっと時間かかったかなって感じなんだけどね。ごめんね、直ぐに行動に移せなくて」
    「なんかあったんすよね?夏樹さん単体じゃ動けなかったって感じですか?」
    「んー、まぁ、平たく言えば」

    面倒なことに巻き込む前に終息して良かったよ。ぼんやりとそう言って、ちら、と場地を見る九条に、場地はタバコぐらい吸ってもいいっすよ、なんて言っているが、流石に副流煙がなぁ、なんて言えば、少し拗ねたように真一郎くんは俺の前で吸ってますよって言われた。マジかよww

    「それに夏樹さんのタバコ、臭くねぇし」
    「あー…気ぃつけてんのよ、これでも」

    そこそこ良いやつしかお前の前では吸ってねぇの。そう言ってガードレールに腰掛け、肺を汚す為にタバコを取り出し、火をつけた。場地はそうやってのんびりと肺を汚す九条を見るのが好きだ。ぼんやりとしながら、無意識でもこちらに視線を送ってくれることが、特別な気がして、そんな九条を見るのが、好きなのだ。

    「そう言えば、どっかのチームに入るんすか?」
    「んにゃ?なんで?」
    「真一郎くんの誘い全然乗ってこねぇから…」
    「あぁ…前も言ったようにさ、俺チームに入るん好きじゃねぇんよ。理想って言うのがもう出来ちゃってっからさ」

    くあ、と欠伸を漏らしながら、そう言った九条に、ふぅん?と首を傾げながら、場地は中途半端に返事を返した。
    理想。理想…。

    「理想って何?」
    「辞書で調べぇや」

    留年したら流石に泣くよ?なんて言えば、流石にねぇよ!って言ってるけれど、するんだよなァ…お前、中学で留年すんだよなぁ〜…。

    「あー!!なっちー!!!」
    「うっわ、うるさいの来た」
    「まてまてまて!!まだ夏樹さんタバコ吸ってんだろ!!」
    「えー!!なんで吸ってんだよ!!早く消せよ!!」
    「あー、ハイハイ。ほら、消した!!」

    えへへ、なんて言って腰に抱きついた佐野(小)くんを抱きとめ、片腕で抱き上げる。順調に昔の筋肉になってきている自分にあと少し絞ったらあとは足の筋肉を程よくつけるかなぁ、なんて自分のベストを想像する。

    「…なっちって意外と力あるよな」
    「むしろ無いと困るからなァ」

    俺の戦闘スタイルは一撃必殺。ぶっちゃけ意識を狩り落とす乗って結構大変なんだよ。俺の場合確実と言っていいほどタイマンじゃねぇし。

    「なっち?」
    「佐野くんは蹴り技得意なんだっけ?」
    「おう!シュバっ!って1発で相手倒しゃ俺の勝ちだからな!」
    「なるほど。じゃぁ、もうちょい体幹鍛えなァ。お前たまにぐらついてんよ」
    「うっ…なっちみたいに出来れば良いなぁって思ってやってんだけどさぁ、全然なんねぇの。なっちはムチみたいにしなるじゃん?俺の場合なんか針金みてぇに硬いの入った感じになってさー。なんかアドバイスねぇの?」
    「むしろお前が俺と同じ蹴りしたら骨、折れっぞ」
    「えっ、うそ!?」

    マジマジ。なんて言ってまず俺を参考にしちゃあかんよ、なんて言った九条に、場地とマイキーは何故?と首を傾げた。だって強いやつのそれは、強いと決まっている。

    「人それぞれに筋肉の付き方が違うんだよ。俺の場合はしなやかさ。佐野(小)くんの場合は重さ、場地くんは蹴りよりも拳かなー」

    おら、着いたぞ。そう言ってマイキーの家まで送ってくれる九条を、2人はじっと見つめる。なぁに?と上からじゃなくてしっかり目を合わせてくれる九条が、あの噂で聞く恐ろしい魚には、どうしても見えなかった。

    今や小学校の奴らも口を揃えて言う。
    “関東で悪さをしたら深海魚が襲いに来る”
    なんて。

    美しいとバジも兄貴も言うそれを、1度だけ、見せてもらったことがある。その足蹴りは、美しい軌道を辿って、じいちゃんの構えるキックミットに吸い込まれ、吹っ飛ばした。しなやかに、水を泳ぐ魚の鰭のように美しいと、そう思ったのに。

    「ちぇー。なっちもじいちゃんと一緒のこと言うんだなー」
    「むしろお前の爺さんがちゃんとしてるわ」

    拗ねんなよ。そう言ってぐしゃぐしゃと頭を乱暴に撫ぜるその手が、好きだと思った。ふわりと香る、なっち独特のタバコの香りが、いつ嗅いでも嫌な感じはしなくて、吸ってみたくて、バジと一緒に調べたことがある。めちゃくちゃ高かったけど。

    「なっち」
    「ん?」
    「俺らが小学校卒業しても、ちゃんと街護っててよ」
    「んー、まぁ、飽きない限りは守ってやるから安心しな」

    ゆっくりと笑ったその顔が、この街を絶対護ってくれる顔だって無意識に思った。

    ☆☆☆

    「夏樹ィ…なぁー。俺ん所入ってよー…」
    「えー、今何人?」
    「え!?あと夏樹が入ってくれれば関東制圧って感じ!」
    「まぁ、丁重にお断りするけど」
    「なんで!!!!」

    まず土俵がちゃうねん。なんて言えば、変わんねぇとおもうんだけどなぁ、なんて言われて、じゃあさぁ、と拗ねたように言葉を繋ぐ真一郎くんをチラリと視線だけで見て続きを促せば、俺らと乱闘出来んの?って言われたからそうだなぁ、と考える。

    「やろうと思えば、全員倒せるよ」
    「まじかぁ…」
    「後、俺夏休み忙しいから弟くんたちに伝えといて」
    「は!?なんで!?」
    「なんでって…ちょっと全国津々浦々、泳ぎに?名前だけが独り歩きしてんだよねぇ、実は。だからまぁ、その通りにしようかな、と」
    「マジでお前てっぺん目指すの?やめて???」
    「だァから土俵がちゃう言ってんじゃん」

    お前らは表、俺は裏なんだよ。そう言ってため息を吐いた九条をみながら、真一郎は関係ェねぇじゃんって言って来るのほんとどうにかしたい。関係なくないんですゥ!!

    「まァ、とりあえず夏休み俺いないから、よろしく」
    「…えー…分かった」

    気ぃつけて帰ってこいよ。そう言って送り出してくれた佐野くんにはぁいと呑気に言ってバイクにまたがる。さて。

    「(何も無ければいいんだけどなぁ…)」

    ☆☆☆

    「何もねぇとかマジで都市伝説ッ!!!」

    8月最後、軽井沢に行ってねぇなって思って行ってみれば目の前で軽やかに誘拐されてるの見てびっくりしたよね!ほんとマジでやめて!!?

    「しかも見た事ある後ろ姿だったァ!!!」

    ギャララララッ!!と一気に急ブレーキしながらUターンして飛ばす。カーッ!!まぁたスモーク貼ってるバンじゃねぇか!!!

    「チッ、クッソが」

    ブォンッ、とアクセルを回して一気に距離を詰める。逃がさない距離を確保しつつ、追跡していれば、公園あたりで止まった。

    「誰か!!助けてください!!」
    「このっ!黙れクソガキ!!」
    「黙れやクソ野郎!」

    ゴッ!と飛び蹴りして誘拐していた子どもを回収。ふぅ、と息を吐いて、当たりを見渡す。

    「少年、ちょっと揺れっけど大丈夫か?」
    「え!?あ、ハイ!大丈夫です!」

    わぁい!やっぱりちっさい時のタケじゃーん!!記憶ないっぽいけど、そんなのどうでもいいぐらいめちゃくちゃ可愛い〜!!そりゃ誘拐されますわな〜!!

    「んじゃ、ちょっとジェットコースター気分で楽しんでな」

    そう言って、くんっ、とタケを片腕に乗せて走り出す。横でキャッキャしてんのマジでおま…危機感持って!!って思ったよね。言わないけど。

    「おっら死ねやァ!!!」

    ☆☆☆

    ひらひらと揺らめくそれを纏った少年が、タケミチにとって、ヒーローのような存在だった。
    深い海のようなマントを靡かせ、襲ってくる敵を倒す。しなやかに放たれる蹴りよりも、人の顔を容赦なく踏みつけるそれよりも、タケミチは裏拳で相手を倒したその技に、魅力を感じた。俺も出来るだろうか。この人みたいに、困っている人を助けられるような、ヒーローに。ドクドクと胸が高鳴る。この時、タケミチは初めて、海底深く潜る魚に憧れを抱いた。

    「これに懲りたらもうすんなよー…」

    倒された不良に言いながら、片腕に抱いていたタケミチを地面へと下ろす。マッジ軽かった。タケってこんなに軽かったか?なんて思いながら、でも小学生に上がる前だしな、こんなもんか、なんて自己完結した。

    「あ、あの!!」
    「んぁ、そういや酔わなかった?」
    「大丈夫です!あの!名前!!名前教えてください!」
    「その前に親御さんに連絡しな?携帯ある?」
    「あっ…ない…」
    「番号分かる?」
    「知らない人に教えちゃダメって言われてる…」

    ちゃんと言えんの偉いね、なんて言ってまたひょい、とその小さな体を持ち上げる。

    「んじゃ、親のところに連れていくわ。道案内は出来っしょ?」
    「うん!」

    パァッと嬉しそうにそういった小さいタケに、懐かしいなぁ、なんて思いながら、バイクに乗せてヘルメットを被せてやる。つーかマジで誘拐現場に出会いすぎ。もうちょっと捻れやなんて脳内で悪態をつきながら、エンジンを掛け、言われた通りの場所に行く。うわー!タケの母ちゃん若ェ〜!!なんてちょっと感動しながら、近くにとめ、タケに被せていたヘルメットを外して、母ちゃん探してっぞ、なんて言えば、ぱっ!と笑顔でバイクから降りて、母親のところに走っていく。うわ、泣きそ。めっちゃ感動シーンじゃん。帰ろう。
    情緒の上がり下がりが激しいな、なんて自分で思いながら、エンジンを掛け直して、その場を去る。いやぁ、タケに会えるなんて奇跡だわー、なんて思いながら、夏休み終了の5日前に帰宅。

    帰った翌日何故かバジくんとマイキーくんとついでに真一郎の夏休みの宿題を手伝うために呼び出されたのは遺憾の意だと言いたい。つーかお前らちゃんと夏休みの宿題ぐらいしろ!?

    ☆☆☆

    タケミチはあの後、母親に九条のことを紹介しようとした。けれど、そこには彼の姿はなくて、泣きながらそれを話したら、母は“魚”が助けてくれたのね、と笑って答えた。

    悪さをすれば深海から魚がやってくるのよ、なんて笑いながら言った母親の言葉に、タケミチは確かに魚のようだったと記憶を辿った。ゆらゆらと揺らめくバンカラマントが尾びれのようで、放つ拳は噛み付かれたみたいに痛そうで。

    「俺もお魚さんみたいになれるかな?」
    「なれるわよ。でもまずは好き嫌いから克服しないとね?」
    「うっ…頑張る…」

    彼みたいに強い人になって、日本で1番の不良になるために。そしたらまた会えるかもしれないから。

    「あっ!名前!!!」

    聞きそびれた!そう言ってショックを隠しきれない顔で母親に言ったタケミチを見て、彼女は、いつか会った時に、名乗ればいいわよ、なんて笑って言った。

    きっと会うことは無いと思っている。だって“魚”は悪事を働いた人の元に来るから。
    その小さなまやかしのような言葉が、今のタケミチにとって、希望の糸みたいなものだった。

    いつかまた、会えるその時まで。
    とりあえず好き嫌い頑張って克服しなきゃ!





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