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    Hyiot_kbuch

    @Hyiot_kbuch

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    南門。
    書けない。これ以上どうにもならなかった。

    それは緑色の眼をした 南方恭次にとって門倉雄大という男は、自分の先を歩く人間であり、自身の欲しかったものを持ち合わせている者だった。
     研ぎ澄まされた知力と圧倒的暴力。そのどちらも併せ持ち、今の南方が上なのは表での権力くらいのものだろう。ただ、その権力を使った他人を動かす力は裏に精通する門倉と大きな差はない。
     そして門倉ほど南方の人生に影響を与えた人物もいない。
     はじめにその名を聞いたのはおおよそ二十年前。南方と同じく街を牛耳り、その範囲を広げていく勢力があるとの配下からの報告によってだった。それから高架下の一騎打ちにて初めての敗北を味あわされたのは苦い思い出だ。
     勝利の味しか知らない事がいずれ自らを窮地に追い込むこともあるかもしれない。敗北が己をより強くはぐくむ糧にもなりうる。そんな門倉の言葉の通りあの高架下で、そして敗北の味を忘れた頃に再会した迷宮で、窮地に追い込まれたのは南方の方だった。そしてそれを糧に人生を大きく狂わせたのも。
     それほどまでに南方の人生の半分以上は門倉という存在が付きまとっていたのだ。しかし、それでありながら共に過ごした時間は驚くほどに短い。
     他愛ない会話を交わす仲になったのはここ数年といったところで、つい最近、なんと恋人という関係へと変化した。ほんの三ヶ月前の出来事だ
     半生の間南方が抱いていた、嫉妬と憧憬の入り交じった感情には、いつの間にか愛情に似た何かも紛れ込んでいたようで、一度気付いてしまえばあとはもう転がり落ちるだけだった。気安く話す関係となってから知った門倉の様々な面がそれを加速させる。
     そうして転がり落ちた先で当たって砕けろとばかりに門倉へ告白すると、貰えたものは色よい返事。断られるつもりでいただけに南方は一瞬、門倉の答えが理解出来なかった。そんな南方を見て門倉は二人で話す時によく見せる穏やかな顔で笑う。
     南方がやっとその返答を飲み込んだ頃には、門倉と付き合うことが決まってしまっていた。

    「南方」
     名前を呼ばれて何用だとソファーの方を向くと、表向きは会社経営者という肩書きの門倉が平日の朝だというのにラフな格好で寛いでいた。だいぶ黒に近いグレーな会社とはいえこうもゆっくりしていていいのだろうか。家主である南方は時間に多少の余裕はあるとはいえ、現在絶賛仕事へ行くための支度中だ。
    「ケータイ」
     門倉の指差す方をみればダイニングテーブルの上に携帯電話が置きっぱなしになっている。どうやらそれを取って欲しいとのことらしい。
    「それくらい自分で取れ」
     そう文句を言いながらも南方は携帯電話を手に取るとソファーに座る門倉へと手渡した。受け取ると鷹揚に礼を言ってくる門倉に苦笑する。
     だけどもそれが門倉なりの甘えだと分かっているだけに南方はついつい甘やかしてしまうのだ。ひとつ甘やかしたついでにその頭を軽く撫でる。
     サラサラとした髪の感触を楽しむように手を動かせば、門倉はその手が心地よいのかほんの少しだけ色素の薄い目を細めた。三白眼であるが故分かりづらいが、光の角度によっては淡い緑にも見えるヘーゼルの目。その瞳を南方はまじまじと眺める。
    「なに見とんじゃ」
     それが気に食わなかったのか、それとも単なる照れ隠しなのか門倉は南方をじとりと睨んだ。並の相手であれば怯えるであろう視線を南方は難なく受け止める。暫く見つめあったあと、門倉は小さく舌打ちするとその目をそっと逸らした。どうやら照れ隠しだったようだ。
    「……いつまでも撫でとらんで支度せえ」
    「そうじゃな」
     南方がそう言って撫でる手を離すと目付きが名残惜しそうなものへと変わる。二人きりのときの門倉の目は口以上に雄弁だ。もう一度だけ撫でてやると南方は支度へと戻る。
     とは言っても粗方終わってはいたため残すは身嗜みのみ。ウォークインクローゼットの方へ移動し、ネクタイを締めてジャケットを羽織ると鏡を見て確認する。特に問題は見当たらない。
     門倉のいるリビングへと戻るとダイニングの椅子に置いていたカバンを手に取る。
    「そいじゃあ行ってくるけぇ、帰「おん、待っとるね」」
     帰る時は鍵を閉めて出ろと言おうとした南方の言葉を遮るように門倉が答えた。その言葉に南方は眉を顰める。
    「待っとるて……わしの家に居座るつもりか」
    「おん、だって居心地ええし」
     当然だと言わんばかりの門倉の態度に南方は諦めて小さく息を吐いた。
    「仕事はええんか」
    「今はパソコンあれば何処でも出来るんよ」
     ニィと笑ってローテーブルの上に置いてある持参したらしいノートパソコンを指差す。WiFiのパスワードを教えた記憶はないため、このあとルーターを探すつもりなのだろう。
    「……ルーターは書斎にあるけぇ。あんまり漁るなよ」
    「はいはい」
     おなざりに返された言葉に南方は一抹の不安を抱く。だけどもう時計の針はもう家を出る時刻を刺しており、これ以上話す暇はない。
     後ろ髪を引かれる思いもありながら、仕方なく南方は玄関に向かったのだった。

     門倉は南方が家を出たことを確認するとソファーから立ち上がる。勿論家探しをするためだ。
     南方の家へは何度か訪れているものの一人きりとなるのは初めてで、合鍵はわりと早い段階で貰ってはいたがなかなかその機会がなかった。予定が合わなかったのではなく合いすぎたのだ。
     上手い具合に噛み合ったスケジュールは、南方が家を出る時には門倉も立ち会いや仕事で家を出なければいけない形となっていた。だから今日はリモートで仕事すると部下を言いくるめ南方の家に居座る。
     とりあえず寝室の方からだなと、昨晩共に過ごした部屋へと足を向けた。寝室に入れば、昨晩の情事の色が残っている。片付けこそしてはあるも、匂いの色が目に映る門倉にとってはそのままといって同然だ。組み敷かれ肉欲を満たした夜のことを思い出し門倉は窓を開けて換気する。
     告白され付き合うこととなって、酔狂で抱かれてやることにした日に比べれば、南方も慣れたものだなと思わず口元が緩む。初夜の南方は男相手は初めてだとかで終始門倉がリードしたものだ。
     あの時は受け入れる器官でもない場所へ逸物を収めるというのに、余裕を崩さない門倉に南方が疑問を投げかけてきたのだった。その問いに門倉が過去に何度か経験があると答えれば南方は何も口にはしなかったが、あからさまに嫉妬の色を浮かべた目にひどく興奮したことを覚えている。
     南方恭次という男は門倉に向けて嫉妬の様相をよく見せる男だ。初めて対峙した高架下でも、二十年ぶりに再会した警視庁地下でも余裕ぶった表情を一枚剥がせば同族嫌悪と嫉妬、そして少しの憧憬を込めた視線を真っ直ぐにぶつけて来た。その視線を門倉はいたく気に入っている。
     そんな南方が自分を追いかけて賭郎へと入ったと聞けば構い倒してしまうのも仕方ないだろう。南方が徐々に自分へと慣れていく様子は野良犬を手懐けるようでとても楽しかった。
     初めこそ號を継いだこともあって門倉の入院中、散々比較されてきたのか虚勢を張った態度に嫉妬の色を隠さなかった南方だったが、持ち前の実力でその声をねじ伏せてきたのだろう。徐々にその色が薄れ別の何かが混ざり出すのも早かった。門倉はその変化に気付いた時のことを思い出しながら換気していた窓を閉め、書斎へと移動する。
     あれはたしかたまたま立ち会った女性会員に見目を気に入られ、言い寄られていた時だっただろうか。辟易としていた門倉にタイミングよく助け舟を出してきたのは南方だった。表情こそ穏やかなものだったがその目は懐かしくも見慣れた色をしていた。こんなのが好みだったかなんて思ったのはほんの一瞬で、その視線が女へと向けられていたことに気付く。
     なるほど、そういうことか。敏い門倉が南方の視線の意味を察してしまうのは当然で、試しに少し優しく接してやればすぐに告白してきたのも面白かったなと思い出し小さく喉を鳴らす。
     すぐについた書斎はそんなに使っていないのか散らかっていて、部屋の隅には引っ越しの時からそのままであろう段ボールがいくつか積みあがっていた。それでも机まわりは整頓されていて、デスクトップのパソコンの近くには目当てでもあるルーターが設置されている。
     門倉はそれを無視してその隣の本棚へと視線を向けた。一番目立つのは腐っても警視正というべきか六法全書だ。しかし、なんの面白味もないそれを門倉はスルーする。
     下段のとりあえず詰められているといった箇所を最初に見ることにした。こういうところに個性や性癖が出るのだ、なんて考えながら背表紙のタイトルを目で追う。
     手前と奥と二列に並んだ本は一応なんとなく高さ毎に分けられてはいるが、ビジネス書のようなものから有名作家の小説まで雑多に並べられていた。管理する暇がないのか本に興味がないのか。恐らくは後者だろう。
     適当に手に取った一冊は世界四大悲劇とも言われるもののひとつで、嫉妬で身を滅ぼす人を描いたものだ。
    「全く……緑の眼をした怪物はどっちじゃろうな」
     嫉妬心を抱く南方かそれを煽る門倉か。例え嫉妬に狂った南方にでも殺されてやるつもりもないがな、なんて口元を歪める。それでもそんな最期も悪くはないなと思ってしまう程度には自分も南方のことを好いていることに門倉は気付かないふりをした。


    “O, beware, my lord, of jealousy It is the green-eyed monster, which doth mock the meat it feeds on.”

    (ああ、将軍様、どうぞ嫉妬には気をつけてください! それは緑色の眼をした怪物で、餌食とする人間をもてあそぶのですから。)

    − William Shakespeare, Othello

    『世界文学の名言』(IBCパブリッシング)より

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