音もなく光っている音もなく光っている
中国の奇書、山海経には、赤子の声を真似て人を狩る妖怪が載っている。
「赤ちゃんの声が聞こえますね」
眞鍋はそう呟いていた。
初めてハーフライフで勝利し、銀行の隠し扉から出てすぐのことだった。
初勝利は痛みの記憶として刻まれた。眞鍋の背中には現在、どす黒い青痣がある。銀行の医務室で一晩泊まった。生徒や保護者、学校からの電話がない、静かな夜だったのに、じっとりとした脂汗を掻きながら細切れの睡眠だったのは少し勿体無いと感じてしまう。
「はい、聞こえますね」
眞鍋を先導していた蔵木が、ただの事実を羅列したことに対しての疑問を隠しもせずに頷いた。
何を分かりきったことを?お前はここに空気があることにも驚くのか?
「表側の営業時間は始まっていますから。ATMか、窓口か。親が連れてきているんでしょう」
「見ていきたいな。いいですか」
「眞鍋様は本当に、子供がお好きなんですね」
蔵木の言葉に、眞鍋は少し笑った。
自分は一体いつから子供のことをこんなにも愛おしく思うようになったのだろう。そして大人を憎むようになったのは?世界が完璧ではないと知ったのは、一体いつから?
痛みとそれを静める鎮痛剤で、眞鍋の頭はふわふわとしていた。
果たして、窓口の前の椅子に、母親の胸に抱かれながら泣いている赤ん坊を見た。まだ髪も生えそろっていない赤ん坊。疲れた様子の母親は通帳を手に持って自分たちが呼ばれることを待っている。
暑いのか、お腹が減ったのか、それともうんちだろうか。元気に泣いている赤ん坊を眞鍋は横目で見遣った。
今にもそのエネルギーが光となりそうな、そんな。
真正面から見るには、今の眞鍋はあまりにも罪深かった。
「眞鍋様は…人を食べる妖怪が赤ちゃんの声で鳴いていたら、万に一つもない可能性に賭けて、赤ちゃんを探しにいきそうな人ですね」
蔵木があのいつもの笑顔で言った。
「そうですね。行くと思います」
眞鍋は頷く。
蔵木が山海経を知っているとは思わなかった。こんな場所でそんなことをいう意味を、眞鍋は理解もしている。
きっと、ではない。自分は絶対に泣いている赤子を探しに深い森の中を行くだろう。それがどんなに恐ろしい怪物で、獲物である眞鍋を舌舐めずりしながら待っていようと、必ず。