珈琲のようにほろ苦い恋心好きだと言う気持ちは誰にも止められない。それが、たとえ男同士だとしても関係はない。愛すると言うことは、こんなにも心を強くしてくれる…。
三途春千夜はボーとしながら、ベランダで煙草を吹かす男の横顔を見つめていた…。三途はこの横顔が大好きだった。三途も男だが、この男に特別な感情を抱いていた。これは恋心と言うのだろうか?三途は男に近づいた。そして声を掛けた。
「隊長…、オレと付き合ってください…」
三途はずっと我慢していた。この男に自分を認めてもらいたかったのだ。恋人になりたい、そう思っていた。男は三途の言葉に絶句した。何を言われたか理解が出来なかった。
三途が隊長と呼ぶ、この男の名は武藤泰宏だ。武藤はようやく三途の言うことを理解した。
「ちょ、ちょっと、待て…。今なんつった?」
慌てた面持ちで、三途に質問する。
「だから、オレと付き合ってください、って言ったんですけど……」
「待てよ、オレたちは男同士だろ…」
武藤は三途から視線を逸らす。武藤の言葉に三途は真剣な顔で言った。
「今どき男同士なんて、おかしくないですよ…。だから早く付き合いましょ。たいちょ…」
三途がニッコリ笑いながら、少し甘えた声を出す。
「いや、いや、おかしいだろ…」
「何がおかしいですか?隊長はオレのこと嫌いですか…?」
下を向き、しゅんとする三途。しかし次の瞬間、三途は武藤に、さらに近づいた。鼻がぶつかってしまう程、近かった。武藤が再び視線を逸らす。しかし三途は武藤の顔を両手で挟み、無理矢理こちらを向かせた。
「さ、三途…。何するんだ…?」
三途の行動が理解出来ない…。武藤は思った。普段から理解に欠けるところがあるのに…、さらに理解が出来なくなる。
「隊長…、お願いです…。オレの気持ち受け取ってください…。オレは隊長が好きです…」
武藤の心の中で何かが、弾けた。オレもコイツが好きなかもしれない…、そう思ってしまった。そう思わせる、何かを感じた。
思えば、三途はよく武藤の家に遊びに来る。三途にとっては遊びに行く…、と言う感覚ではないのかもしれない。三途の中では、女が好きな男の家に通う感覚なのだろう。
「悪い…、三途。少し考えさせてくれないか…?」
武藤は思った。オレ…何言ってんだ…、考えることじゃねぇだろ…。と。でも何故か三途に対してハッキリと断ることが出来なかった。一瞬でも、好きなのかも?と思った自分が恥ずかしくなる…。三途は男にしては女のように長い睫毛で、華奢で白い肌をしていた。それでも三途は男だ…、女じゃない…。好きになってはいけない…、と言う思いが武藤の心を支配していた。
「そうですか?分かりました…」
三途は一応引いてくれた。武藤はとりあえずホッした。しかし三途は続ける。
「いつまで待てば良いですか?明日?明後日?オレ今すぐ返事が欲しいんですけど…」
武藤は眉をしかめた。何だよ…、コイツ面倒くせー…、オレの気にもなれよな…。
「そんなこと分かんねぇよ…。とりあえず少し待ってくれ…」
「じゃ一週間待ちます。それまでに返事考えておいてください」
一週間…。一日だろうが、一週間だろうが武藤には変わりなかった。
それから三途は武藤の家には来なくなった。武藤はあれから、三途が気になって仕方なかった…。急にいなくなると無性に寂しさを感じる。集会で会っても武藤を敢えて避けているようにも見受けられた。相変わらず武藤の命令には従うのだが、お互いぎこちない感じがした…。
そんなこんなで約束の一週間がやって来た。三途は一週間ぶりに武藤の家にやって来た。
「で…、気持ち決まりましたか?オレと付き合ってくれますか?」
三途が早速、用件を切り出す。しかし一週間経った今でも武藤の気持ちは定まらない。男が男を好きになるなんて…。そんなこと、ありえない。
「あっ…、いや…。その…」
「何ですか?ハッキリしてください」
三途が詰め寄る。三途は武藤に近づく。武藤は近くに来た彼の瞳を見つめた。長い睫毛が色っぽい…。女の子のように透き通る白い肌…。正直、ドキドキした…。
男が男を好きになって何が悪い…。人を好きになることは自由だ。それが男同士だろうが、関係ない。武藤の心は揺らいだ。その時、三途が武藤の背中に腕を回して、抱きついた。武藤のあやふやな気持ちを一気に加速させる。
「隊長…、もう一度言います。オレは隊長が大好きです…」
三途の思いはもう止まらない。背の高い武藤には、三途は背伸びをしないと届かない。三途は背伸びをして、武藤の首筋に顔を押し当てる。武藤は体が固まる。どうして良いか分からない…。抱き返すべきなんだろうか?沈黙が長く続いた。
しばらくして気づくと武藤は、三途を抱きしめていた…。決して強くはない。まだ少し迷いのある、震える手で抱いていた。
「たいちょぉ…」
三途の美しい緑色の瞳に涙が溢れて来る…。
「悪い…、三途。オレの気持ちにはまた迷いがある…。だけど、お前のこと嫌いじゃねぇよ」
「隊長…。オレ…、オレと付き合ってくれますか?」
三途は涙のせいで上手く言葉に出来ない…。ぐずついた鼻声で言った。
「あぁ…。三途、ありがとな…。これからもよろしく頼むな」
三途は武藤の胸の中でひとしきり涙を流した。武藤は優しく受け止めた…。
「ねぇ、隊長!オレたち、もう恋人で良いですよね!?」
「だから人前でそういうこと言うな…、しかも声でけーぞ」
数日後のあるカフェにて。三途が周りの人にも聞こえてしまうくらい大きな声で叫んだ。三途は毎日が楽しくて仕方なかった。大好きな武藤といると興奮して声が大きくなる。
「良いじゃないですか、別に!好き同士なんだから恋人ですよ!」
「だから…、声がでけーよ…」
武藤たちの会話を聞いて、周りの人が見てくる。三途はニコニコしながら、武藤の困り顔を見ていた。幸せだった…。三途は武藤の手に自分の手を重ねる。暖かく、大きな武藤の手…。武藤が微笑んだ…。大好き…。三途は思った。
珈琲を一口、口に含む。三途には大人の味だった。しかし武藤と同じものを飲んでみたかったのだ。
「珈琲…、苦いです…」
「だから言ったろ…、ジュースにしろって」
「良いんです!隊長と同じものが良いんです!」
三途はむきになって叫ぶ。そんなことを言う三途を武藤は可愛く思った…。
最初は珈琲のようにほろ苦い恋心も、慣れてくればまろやかになる…。二人はこれからも、深い絆を刻んで行くのだろう…
ーおわりー